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1:転移とチュートリアル


深夜3時47分。


俺はモニターから顔を上げて、首の痛みに顔をしかめながら伸びをした。デスクの上には空になったエナジードリンクの缶が5本、コンビニ弁当の容器が2つ。我ながら不健康極まりない。


「よし、デバッグ完了...っと」


画面に表示される『ドラゴンズ・クロニクル』のタイトル画面を満足げに眺める。3年かけて開発したRPGがついに完成した。俺、水瀬翔は企画から携わり、特にワールド設定とダンジョンデザインを担当していた。


「明日のマスターアップまでには間に合ったな...」


26歳、独身、趣味はゲーム、彼女いない歴=年齢。典型的なゲーム開発者の俺だけど、別に今の人生に不満はない。好きなことを仕事にできているだけで十分だと思っていた。


オフィスを出て、夜の街を歩く。コンビニに寄って朝食を買おうと思ったが、財布の中身が心もとない。給料日まであと3日か。


「缶コーヒーくらいなら...」


道端の自動販売機の前で立ち止まる。120円の缶コーヒーを買おうと小銭を入れた瞬間――


ガタン、と大きな音がした。


「え?」


自動販売機が、傾いている。いや、倒れてくる。


「うわっ!」


反射的に避けようとしたが、徹夜明けの体は思うように動かない。


(う、うそだろ……ッ!?)


重い金属の塊が視界を覆い――


――痛みはなかった。

代わりに、体が宙に浮く感覚。いや、落ちている?周囲は真っ暗で、上も下もわからない。


(死んだのか?でも意識はある...これが走馬灯ってやつ?)


どれくらいの時間が経ったのか。突然、まぶしい光が俺を包んだ。


「うっ...」


目を開けると、そこは森だった。


見上げれば青い空、木々の間から差し込む木漏れ日。土と草の匂い。頬を撫でる風。


「...は?」


頭が混乱する。さっきまで夜の街にいたはずだ。それが今は昼間の森の中。しかも、見たことのない植物が生い茂っている。


立ち上がろうとして、違和感に気づく。服が違う。スーツではなく、麻のような素材のシンプルな服。ポケットを探るが、スマホも財布もない。


「待て待て、落ち着け...」


深呼吸をして状況を整理する。自動販売機に潰されそうになった。意識を失った。気がついたら見知らぬ森。


「...異世界転移?」


その言葉が頭に浮かんだ瞬間、俺は自嘲気味に笑った。


「いやいや、ゲームの作りすぎで頭がおかしくなったか」


でも、この感覚は夢にしてはリアルすぎる。地面の感触、風の冷たさ、すべてが現実そのものだ。


試しに頬をつねってみる。


「痛っ」


痛い。普通に痛い。


「マジで...?」


もう一度周囲を見回す。この風景、どこか見覚えがある気がする。特徴的な青い花、螺旋状に伸びる木の幹、遠くに見える山の形...


「まさか...」


俺の顔が青ざめた。この風景は、俺が3年かけて作ったゲーム『ドラゴンズ・クロニクル』の初期エリア「始まりの森」にそっくりだった。


「嘘だろ...」


震える手で、思いつく限りの方法を試してみる。


「メニュー画面!」


何も起きない。


「ステータス!」


反応なし。


「システムコール!」


やはり何も起きない。


頭を抱えて座り込んだ。異世界転移は認めざるを得ないが、チート能力もなければ、ステータス画面すら開けない。これでは、ただの一般人が異世界に放り出されただけだ。


「どうすりゃいいんだ...」


不安が押し寄せてくる。この世界には魔物がいる。ゲームの設定通りなら、この森にもスライムやゴブリンが出現するはずだ。武器も、魔法も、何もない状態でそんなものに遭遇したら――


ガサッ


茂みが揺れた。


全身が緊張する。まさか、もう魔物が...?


「誰かいるのか?」


茂みから現れたのは、小柄な老人だった。籠を背負い、杖をついている。典型的な村人NPCのような見た目だ。いや、この世界では本物の人間か。


「おお、こんなところに人が。大丈夫かね?」


老人は心配そうに俺に近づいてくる。その動きは自然で、表情も豊かだ。NPCというより、生きた人間そのものだった。


「あ、はい...大丈夫です」


俺は立ち上がり、軽く頭を下げた。どう説明すればいいのか分からないが、とりあえず友好的に接することにした。


「この辺りは魔物も出るというのに、武器も持たずに一人で...まさか、記憶でも?」


老人の言葉に、俺は渡りに船と思った。記憶喪失ということにしておけば、この世界の常識を知らなくても怪しまれない。


「実は...気がついたらここにいて、何も思い出せないんです」


嘘をつくのは心苦しいが、「異世界から来ました」なんて言っても信じてもらえないだろう。


「おお、それは大変じゃ。とりあえず、わしの村に来なされ。村長に相談してみるとよい」


老人に連れられて森を歩く。道中、俺はさりげなく情報を集めることにした。


「ここは...どこなんですか?」


「レイヴン王国の辺境、ミルトス村の近くじゃよ。王都からは馬車で10日はかかる田舎じゃが、平和でよいところじゃ」


(レイヴン王国...ゲームの設定通りだ)


俺の中で、この世界が『ドラゴンズ・クロニクル』の世界である確信が強まっていく。でも、なぜ俺がここに?そして、どうやって元の世界に戻れば...


村に着くと、木造の家々が立ち並ぶのどかな風景が広がっていた。ゲームで見た通りの風景だが、実際に見ると感動する。空気の匂いも、人々の声も、すべてが生きている。


老人は俺を村長の家へと案内してくれた。


「村長、迷い人を保護しました」


「ほう、これはまた...」


村長は50代くらいの恰幅の良い男性だった。俺を見て、何か考え込むような表情を見せる。その目つきが少し気になった。


「君、名前は?」


「水瀬翔です」


本名を言うべきか迷ったが、偽名を使う理由もない。


「ミナセ...聞いたことのない姓じゃな。異国の人かね?」


「記憶が曖昧で...」


村長は俺をじっと見つめた後、おもむろに立ち上がった。何をするつもりなんだ?


「少し、失礼するよ」


そう言って、俺の肩に手を置く。一瞬、温かい何かが体を通り抜ける感覚があった。魔力?これがファンタジー世界の力なのか。


「ふむ...魔力はあるようじゃな。それも、かなりの量じゃ」


「魔力?」


俺にも魔力があるのか。少し希望が湧いてきた。


「うむ。しかも...」


村長の表情が複雑なものになる。何か良くないことでも見つかったのか?


「君は、Ωじゃな」


「オメガ?」


その単語に、俺は困惑した。ゲーム『ドラゴンズ・クロニクル』にそんな設定はなかったはずだ。一体何の話をしている?


「知らんのか?まあ、記憶がないなら仕方ないか」


村長は咳払いをして説明を始めた。


「この世界の人間には、第二の性別というものがある。α、β、Ωの三つじゃ。αは支配的で強い力を持つ者が多い。βは一般的で、人口の大半を占める。そしてΩは...」


村長は言葉を選ぶように続けた。


「繁殖において重要な役割を持つが、数が少なく、身体的に弱い者が多い。特に発情期という特殊な期間があってな...」


俺の頭の中が真っ白になった。


(オメガバース...?ゲームにこんな設定入れた覚えはない!)


発情期?繁殖?何それ、聞いてない。というか、俺がΩ?男なのに?いや、オメガバースでは男でもΩになれるのか。でも、これは想定外すぎる。


「でも、君は少し変わっているようじゃ。Ωでありながら、これほどの魔力を持つ者は珍しい」


村長の言葉も、もはや俺の耳には入っていなかった。


異世界転移だけでも大事件なのに、まさか自分がΩだなんて。しかも、この設定は明らかにゲームには存在しなかった要素だ。何かがおかしい。


「とりあえず、しばらくはこの村に滞在するといい。記憶が戻るかもしれんし、君のような若者なら、冒険者ギルドで仕事を見つけることもできるじゃろう」


「冒険者ギルド...」


その単語で、俺は我に返った。そうだ、冒険者ギルドならゲームの知識が活かせるかもしれない。この世界で生きていくためには、まず力をつける必要がある。


「ありがとうございます。お世話になります」


村長の家を出た後、用意してもらった小屋で一人になった。


粗末だが清潔な部屋。木のベッドと小さな机、それに水瓶が置かれている。


「落ち着け...状況を整理しよう」


俺は深呼吸をして、現状を整理し始めた。


1. 自動販売機の事故(?)で異世界転移した

2. 転移先は自分が開発に関わったゲーム『ドラゴンズ・クロニクル』の世界

3. ただし、オメガバースという知らない要素が追加されている

4. 自分はΩという第二の性別を持っている

5. 魔力があるらしい


「ステータス画面が開ければ...」


もう一度、思いつく限りの単語を試してみる。でも、やっぱり何も起きない。このままじゃ、ただのΩとして生きていくしかない。村長の話では、Ωは保護される存在らしいが...


「冗談じゃない」


俺は起き上がった。26年間、誰にも頼らず生きてきた。今更、保護される側に回るなんてまっぴらだ。


「ゲームの知識があるんだ。それを活かせば...」


ふと、何かを思いついた。もしかしたら、違う発音や言い方なら反応するかも。


様々な言語や発音で試していく。そして――


「...アナライズ」


瞬間、視界が変わった。

部屋の中のすべてのものに、薄い文字が浮かび上がる。


【木製ベッド】

耐久度:45/50

品質:普通

効果:休息時HP回復+5%


【水瓶】

容量:2リットル

内容物:井戸水(清潔度:良)


「やった!」


思わず声を上げた。これは間違いなく、ゲームのスキルだ。『ドラゴンズ・クロニクル』には「解析眼」というスキルがあった。対象の情報を数値化して見ることができる便利スキルだ。


試しに自分の手を見てみる。すると、自分のステータスが表示された。


【水瀬翔】

種族:人間

性別:男性(Ω)

レベル:1

HP:100/100

MP:1500/1500

筋力:5

敏捷:7

知力:15

精神:20

魔力:???(測定不能)


スキル:

・解析眼 Lv.1

・???(未覚醒)

・???(未覚醒)


「魔力が測定不能...?」


ゲームでも、極稀に測定不能と表示されることがあった。それは、規格外の数値を持つ場合だ。


「これは...もしかして、チート?」


期待と不安が入り混じる。魔力が高いのは良いが、それを使う術を知らない。ゲームでは魔法は魔法書やスキルブックで覚えるものだった。


でも、とりあえず希望は見えた。解析眼があれば、この世界で生きていける気がする。


「明日は冒険者ギルドに行ってみよう」


そう決めて、ベッドに横になった。


不安はある。Ωとか発情期とか、正直よくわからないし怖い。でも、ゲームの知識と解析眼があれば、なんとかなるはずだ。


窓から差し込む夕日を見ながら、俺は静かに目を閉じた。


明日から、本当の異世界生活が始まる。



翌朝、村長に教えてもらった道を辿って、隣町の冒険者ギルドへ向かった。


ミルトス村から徒歩で2時間。オルディス町は、村とは比べものにならないほど活気があった。石畳の道、立ち並ぶ商店、行き交う人々。まさにRPGの町という風景だ。


冒険者ギルドは町の中心部にあった。三階建ての大きな建物で、看板には剣と杖が交差したエンブレムが描かれている。


(ゲームと同じデザインだ...)


扉を押し開けると、酒と汗の匂いが鼻を突いた。一階は酒場も兼ねているらしく、昼間だというのに既に酒を飲んでいる冒険者たちがいる。正直、少し怖い。


「おっと、新顔か?」


カウンターから声をかけてきたのは、20代後半くらいの女性だった。茶色の髪を後ろでまとめ、ギルドの制服を着ている。笑顔が素敵な人だ。


「はじめまして。冒険者登録をしたいんですが」


「あら、新人さんね!私はエリーゼ、ここの受付をしているの」


エリーゼは満面の笑みで俺を迎えてくれた。ゲームではただのNPCだった受付嬢が、こんなに表情豊かで優しそうだとは。なんだか安心する。


「登録には適性検査が必要よ。こちらへどうぞ」


案内された小部屋で、水晶玉のような物体を渡される。


「これに魔力を流してもらえる?やり方は...」


「大丈夫です、なんとなくわかります」


不思議なことに、本当になんとなくわかった。水晶に手を当てて、意識を集中する。体の奥から温かい何かが流れ出していく感覚があった。


水晶が光り始める。最初は淡い光だったが、次第に強くなり――


パキッ


「えっ?」


水晶に亀裂が入った。


パキパキパキ...


「ちょっと待って!」


エリーゼが慌てて水晶を取り上げようとした瞬間――


パリーン!


水晶が砕け散った。


部屋に沈黙が流れる。やばい、何かやらかした?


「...あの、すみません」


「いえ、あなたのせいじゃ...いや、ある意味あなたのせいなんだけど...」


エリーゼは困惑した表情で破片を見つめている。


「ギルドマスター!大変です!」


彼女は部屋を飛び出し、二階へと駆け上がっていった。


(やばい、器物破損で追い出されるかも...)


不安に駆られていると、階段から足音が聞こえてきた。


「ほう、測定器を壊したという新人はキミかい?」


現れたのは、40代くらいの男性だった。黒髪に口髭を蓄え、高級そうな服を着ている。ただし、その目は鋭く、歴戦の戦士を思わせる雰囲気があった。只者じゃない。


「レオナルドだ。このギルドのマスターをしている」


「水瀬翔です。測定器の件は、本当にすみません」


弁償とか言われたら、お金もないし困る。


「謝る必要はないよ。あれは魔力量が測定限界を超えた時に起きる現象だ。めったに見られるものじゃない」


レオナルドは興味深そうに俺を観察した。その視線が少し怖い。


「キミ、Ωだね?」


「...はい」


どうやってわかったんだろう。匂いとか?


「Ωでこれほどの魔力を持つ者は、私も初めて見る。実に興味深い」


レオナルドは顎に手を当てて考え込んだ。


「通常、新人はGランクから始まる。だが、キミの場合は特例としてFランクから始めさせてもらおう」


「本当ですか?」


ラッキー!いきなり優遇してもらえるなんて。


「ただし、条件がある」


やっぱり、そう簡単にはいかないか。


「定期的に私に報告すること。キミのような逸材がどう成長するか、見届けたいのでね」


「それくらいなら、喜んで」


むしろ、後ろ盾ができて助かる。


「よろしい。エリーゼ、登録手続きを」


「はい、ギルドマスター」


エリーゼが書類を用意する間、レオナルドは俺に向き直った。


「ところで、キミはΩの特性について理解しているかい?」


「いえ、実は記憶が曖昧で...」


正直に言うと「異世界人なので知りません」だけど、それは言えない。


「そうか。では、簡単に説明しよう」


レオナルドは真剣な表情になった。


「Ωには発情期という特殊な期間がある。個人差はあるが、大体2~3ヶ月に一度、3~7日間続く。その間は...まあ、色々と大変だ」


嫌な予感がする。


「色々と、というのは?」


「フェロモンが強くなり、αを引き寄せてしまう。理性も低下し、正常な判断ができなくなることもある」


(それって、かなりヤバくない?)


「でも安心したまえ。これがある」


レオナルドは小さな瓶を取り出した。中には青い錠剤が入っている。


「発情期抑制薬だ。これを飲めば、症状をかなり抑えられる。ギルド登録者には特別価格で提供している」


「ありがとうございます」


瓶を受け取った。正直、発情期なんてものは経験したくないが、備えあれば憂いなしだ。でも、男なのに発情期とか、想像もつかない。


「登録完了よ!」


エリーゼがギルドカードを持ってきた。金属製のプレートに、俺の名前とFランクの文字が刻まれている。


「初心者向けのクエストは掲示板にあるから、好きなものを選んでね」


掲示板へ向かった。そこには様々な依頼書が貼られている。


解析眼で依頼書を見ると、詳細な情報が表示される。これは便利だ。


【ゴブリン討伐】

詳細:近くの森に出没するゴブリン3体の討伐

危険度:低(ただし初心者には中)

推奨装備:武器、防具

備考:罠の可能性あり


「ゴブリン討伐か...」


ゲームでは初心者向けの定番クエストだ。ただ、問題は武器がないこと。


「あの、武器とか防具はどこで...」


「ああ、それなら隣の武器屋よ。でも、新人さんには少し高いかも」


エリーゼが心配そうに言う。優しい人だな。


「とりあえず、薬草採取から始めたら?武器もいらないし、安全よ」


確かにそれが無難だ。でも、ゲームの知識があれば...いや、これは現実だ。ゲームじゃない。慎重に行くべきだ。


「そうですね、薬草採取にします」


「賢明ね。薬草の見本はこれよ」


エリーゼが見本の薬草を見せてくれる。赤い葉に白い斑点がある特徴的な植物だ。


「森の入り口付近に生えているから、そんなに危険じゃないわ。10本集めてきてね」


「わかりました」


依頼を受け、ギルドを出た。


### 1-4:初クエストで無双


森の入り口に着いた俺は、解析眼を使って周囲を観察した。


植物の情報が次々と表示される。その中に、目的の薬草もあった。


【血止め草】

レア度:コモン

効果:出血状態を回復

クエストアイテム


「よし、これだな」


薬草を集めながら、森の奥へと入っていった。解析眼のおかげで、毒草や危険な植物を避けることができる。


5本目を採取した時、異変に気づいた。


【隠し通路】

種別:自然偽装

先:???


木々の間に、巧妙に隠された道があった。普通なら絶対に気づかないだろう。


「これって...」


記憶が疼く。『ドラゴンズ・クロニクル』の開発中、没になったダンジョンがあった。「古代の試練場」という名前で、レベル制限を無視して入れる特殊ダンジョンだ。難易度調整がうまくいかず、製品版では削除されたが...


「まさか、データが残ってる?」


好奇心が理性に勝った。薬草はもう5本ある。少し寄り道しても...


隠し通路を進むと、古い石造りの入り口が現れた。


【古代の試練場】

推奨レベル:なし

危険度:???

報酬:???


「やっぱり!」


このダンジョンの特徴は、レベルに関係なく、知恵と工夫で攻略できることだ。開発者として、ギミックは全て把握している。


「行くしかないでしょ」


意を決して、ダンジョンに足を踏み入れた。


中は薄暗く、壁には古代文字が刻まれている。最初の部屋には石像が3体並んでいた。


「えーと、確か順番は...左、右、中央、左、左、中央」


開発時の記憶を辿り、石像に順番通り触れると、カチッと音がして、奥への扉が開いた。


「よし、記憶通りだ」


次の部屋は、床に複雑な模様が描かれている。これも覚えている。北斗七星の形に沿って歩けばいい。


慎重に進み、無事に通過。


三つ目の部屋で、息を呑んだ。


部屋の中央に、大きな宝箱が置かれている。


【試練の宝箱】

中身:???

警告:開けると守護者が出現


守護者は、スケルトンナイト。レベル20相当の強敵だ。普通なら、レベル1の俺に勝ち目はない。


しかし...


「このダンジョンには、裏技があった」


部屋の隅に向かった。そこには一見何もないが、解析眼で見ると...


【隠しスイッチ】

効果:守護者を弱体化


開発時、デバッグ用に設置したスイッチだ。これを押せば、守護者のレベルが1/10になる。


カチッ


スイッチを押してから、宝箱を開ける。


予想通り、骨の騎士が現れた。しかし...


【スケルトンナイト(弱体化)】

レベル:2

HP:50

攻撃力:10


「これなら...」


床に落ちていた錆びた剣を拾い上げた。


戦闘経験はない。でも、レベル2の敵なら、なんとかなるはずだ。


スケルトンナイトが剣を振り下ろしてくる。動きは遅い。横に避けて、がら空きの胴体に剣を叩きつける。


ガキン!


手が痺れたが、確実にダメージは与えている。


この調子で、避けては攻撃を繰り返す。10分後、スケルトンナイトは骨の山と化した。


「はぁ...はぁ...」


初めての実戦で、全身が震えている。でも、勝った。俺が、魔物を倒した。


宝箱の中身を確認する。


【創造の指輪】

効果:創造魔法を使用可能にする

レア度:レジェンダリー


【古代の魔導書】

効果:基礎魔法を習得

レア度:エピック


【金貨×100】


「嘘だろ...」


創造の指輪は、ゲームでも最高クラスのレアアイテムだ。これがあれば、記憶にあるものを魔力で作り出せる。


早速指輪を装備し、魔導書を開く。頭に知識が流れ込んでくる感覚があった。


【習得:火球術】

【習得:水流術】

【習得:風刃術】

【習得:土壁術】

【習得:治癒術】


「基礎魔法全部じゃん!」


興奮を抑えきれない。試しに創造魔法を使ってみた。


(ペットボトルの水...)


魔力を込めて、イメージする。手の中に、500mlのペットボトルが現れた。


「すげぇ...」


これは、とんでもないものを手に入れてしまった。


急いでダンジョンを出て、残りの薬草を集め、ギルドへ戻る。


「おかえりなさい!薬草は集まった?」


エリーゼの笑顔に迎えられる。なんだかホッとする。


「はい、10本です」


「あら、思ったより早いのね。ちゃんと10本...って、これは?」


エリーゼが薬草以外のアイテムに気づいた。ポケットから、銀葉草や他のレア薬草がはみ出している。


「ついでに、珍しそうなのも採取してきました」


「銀葉草!?これ、すごく貴重なのよ!」


エリーゼの声で、周りの冒険者たちも注目し始めた。視線が痛い。


「新人のくせに、銀葉草だと?」


「まぐれだろ」


冒険者たちのざわめきを聞きながら、エリーゼは報酬を計算する。


「通常報酬の銀貨5枚に、銀葉草の買取で金貨2枚。合計で金貨2枚と銀貨5枚ね」


「金貨!?」


周囲の冒険者たちが驚愕する。新人が初クエストで金貨を稼ぐなど、前代未聞だ。


「すごいじゃない!」


エリーゼが嬉しそうに言う。彼女の笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。


そこへ、レオナルドが降りてきた。


「騒がしいと思ったら...ほう、キミか」


「ギルドマスター」


「初クエストで銀葉草とは、なかなかの強運だね。いや、それとも...」


レオナルドは意味深な笑みを浮かべた。何か気づいているのか?


「実力かな?」


「運が良かっただけです」


「謙遜することはない。結果が全てだ」


レオナルドは俺の肩を叩いた。


「期待しているよ、水瀬翔君」


その日の夜、宿屋で一人、今日の収穫を確認していた。


創造の指輪、基礎魔法、そして金貨102枚。


異世界生活、思った以上に順調なスタートを切れた。


(でも、油断は禁物だ)


Ωという爆弾を抱えている以上、いつ何が起きるかわからない。発情期とか、想像もつかないし。


(強くならないと...)


決意を新たに、ベッドに入った。


明日から、本格的な冒険者生活が始まる。そして、いずれは...


(誰かと一緒に冒険したいな)


なぜか、そんなことを思いながら眠りについた。

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