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8. テレビ出演

 東都放送のオフィス。森田と由美子は会議室の一室に待たされていた。

「こちらの頭越しに話が進んでたみたいですが、社長にも事前になんの話も無かったんですか?」

「ええ。まったく。テトラの扱いは、ヒューマノイド開発機構が全て最終決定することになってますから、こちらは文句はつけられませんけど」

 不意に、がちゃりとドアが開く。

「お待たせしまして申し訳ありません」

 言葉よりは軽い口調でそういって、三十代後半くらいの、黒いシャツの男が一人入ってきた。

「サタデー・カルチャーのディレクターの今野と申します」

 由美子、森田と名刺交換をする。

「冬海さん。というと、あの冬海グループとご関係が?」

「冬海家は親族に当たります」

 由美子はこういう質問にはもう慣れていた。

「ほー。そうですか。なるほどそういうことですか」

 何か一人納得している。由美子は一瞬何がそういうことなのか問い質したい衝動に駆られたが、予想はついていた。

「えー、テトラ、あの、ヒューマノイド開発機構様で開発されたロボットの件なんですが」

「あー、そちらがプロデュースの契約をしていたそうで。ちょっと行き違いはあったみたいでしてね。そちらへの連絡が後になったようで申し訳なかったですね」

 悪びれた様子もなくにこやかに話す。本当に悪気は無さそうだった。

「ヒューマノイド開発機構様のロボット、テトラと私どものタレントとユニットを組んでおりまして、テトラ単独でのテレビ出演ということですが、ユニットとして紹介いただければ」

 由美子は直接話を切り出した。

「そうみたいですね。ロボットとのユニットなんて面白いこと考えますねえ。まあ、ですが、今回は番組での紹介も急に決まったことですので、正味十分もないインタビュー形式になりますから、ロボットの単独ということで考えています」

 表情はにこやかだがきっぱりとした口調で今野は言った。

「それに、紹介されれば今まで以上に注目を浴びますから、そちらにとっても悪いことでは無いと思いますけど」

 由美子たちには今のところテレビ出演の予定はなかった。全国ネットのテレビで紹介されるのは、テトラだけとはいえ、インパクトがあるのは確かだった。

「それにしても、パワードスーツ以外にこういう隠し玉があったとは思いませんでした。今まで表に出てこなかったのは、どうしてなんですかね?」

「こちらは、プロデュースをヒューマノイド開発機構様よりご依頼いただいて、業務に当たっているだけですので、そういった経緯までは」

 由美子に向って話す今野に、森田がやんわりと言った。

「そうですか? まあ、今回は、単独出演ということで了解いただいて、また機会がありましたらよろしくお願いしますよ」

 今野もあまり深くは追求せずに話を切り上げた。


 ICプロダクションに戻った二人は、急な展開にスケジュールの再編について協議することにした。サマーフェスタまでは三週間しかない。その前にテトラだけとはいえ、テレビ出演。テトラの〝外出〝は初めてのため、番組出演日の前日と当日はユニットとしての活動はできない。あまり日数のない状況で二日の遅れは小さくはなかったが、以前ほどでは無いとはいえ、全国ネットのテレビ番組の影響はまだネット上の人気よりも大きい。こうなっては、これを生かす方が得策だった。

「当日は、森田さんは収録現場に行くんですよね」

 ICプロダクション社内の開発室。椅子を机と逆向きにして、向かい合わせになって数人のスタッフと即席の会議が行われた。

「うちがプロデュースを請け負ってますからね。テトラ単独といっても、権藤さんが一緒ですから、変な質問は受付ないでしょうし、まあ正直、どんなことになるか、興味もあります」

 由美子の向かいに座っている森田が答える。

「来週の週末二日間は、ユニットとしては何もできないんですよね」

 スタッフの一人が言う。

「その間、こちらは指を咥えてみてるっていうのも癪ですね。何か手を打っておきたいんですが…」

 由美子が何か考え込むように言った。

「手を打つと言っても、由里奈の番組で告知するくらいですけど」

「それです。明日の収録分は、来週のテレビ出演の前日になるんですよね」

「そうですが」

「明日の収録で、ユニットの曲の告知をして、来週の放送でPVを流せませんか?」

 スタッフ一同声は上げなかったが驚いた顔になった。

「いやあ、今日はじめて一緒に歌の練習したとこですけど」

「フルは必要ではないですから、アニメのオープニングみたいな一分くらいのものでいいんです」

「素材が全くと言っていいほどないんですけど。レコーディングもまだですよね?」

 ビデオ製作等の担当者が苦い顔をしている。

「今回の曲は、カリンズとしては一度レコーディングしているんですよね? それにテトラの分をかぶせて作れないかしら」

「それだって、テトラの分が必要ですよ? テトラの声を切り貼りして歌を作るんですか?」

「そこまでは考えてないですけど。森田さん、テトラのパートだけ早めに録れませんか?」

 森田はこのやり取りを苦笑いしつつ聞いていた。

「どのくらいのクオリティになるかわかりませんが、来週、月曜くらいまでには必要ですよね?」

「それから編集していると、たいしたものはできませんよ?」

 スタッフは半ば諦め顔で言う。

「とりあえず、どんな曲だかわかるレベルでもいいですから。使用するのは告知の一回だけのバージョンということにして、後で差し替えることにすれば」

 話はこれで決まったようなものだった。森田は、テトラの歌声を聞いた分にはそれほどの心配はしていなかったし、いままで作られた動画から、即席と言ってもさほど悪いものにはならないだろうとスタッフを信頼してもいた。

「後は、『フライデーナイトウォーク』の製作の方に、OKが出るかですけど」

「それは、私からもお願いしてみます」

 何時もより由美子が張り切っているように見えるのは、東都放送で言われたこともあるんだろうと森田は思ったが、由美子は本当に無理だと思えるようなことを無理強いしたりはしない。大抵、誰もが内心はこれくらいは大丈夫、と思っているところを突いてくることが多かった。

「それでは、時間がないところ無理を言ってもうしわけありませんが、よろしくお願いします」


「無茶するわねー。大丈夫なの?」

 由里奈は呆れ顔を森田に向けた。二度目の『酒匂由里奈のフライデーナイトウォーク』収録。番組中でまだ出来てもいないPVを紹介する部分だけを撮ることになっていた。

「とりあえず、午前中に歌のリハーサルはやってみたよ。簡単に振り付で一コーラスだけ撮ってみたけど、なかなか良かったんで、これをとりあえず動画の素材にすることにしといた」

「それで、この子達、この衣装ってわけ?」

 千鶴たちは、白のワンピースに手袋にブーツといった衣装を着ていた。半袖の袖先とベルト、ハイネックの首もとにそれぞれ別のカラーでラインが入っていて、千鶴はオレンジ、佐和香がグリーン、テトラがパープルのイメージカラーになっていた。

「なんか、イベントコンパニオンっぽいなー。他になんか無かったの?」

「他にって、どんなのがいいんだ? カリンズは春からこの衣装にしてるから、テトラもあわせたんだ。衣装の新調とかは、これから考えるさ」

「んー、まあ、いいけどね」

 三人は並んで写真を撮っていた。テトラを中心に向って左に千鶴、右が佐和香。背はテトラが一番低く、千鶴、佐和香の順だったが、テトラのためのユニットというだけでなく、この並びはバランス良く見えた。

「にしても、テトラだけテレビ出演かあ。上手く出し抜かれたわね。それで、それに乗っかろうってことなんでしょ?」

「まあな。この番組はテレビの前日公開だし、タイミングは良いからな」

「でも、あのパワードスーツのイベントは、テトラのテレビ出演の翌日なんでしょ。東都放送も狙ってたのかな」

「そうだろうな」

 パワードスーツのパイロットの発表イベントはパワードスーツの実物も登場させて行われることになっていて、その放送は大和テレビが番組を受け持っていた。パワードスーツ関係は大和テレビがほぼ独占的に放送していたこともあり、ライバル局の東都放送は表立って批判はしないもののパワードスーツには批判的とされていた。

「テトラへの質問も揚げ足取ったりしそうじゃない。大丈夫かな」

「まあ、そこは、権藤さん任せだな。どんな質問するとか、詳しいことは向こうも教えないし」

「ああ、ママゴンもいるんだっけ。じゃあ、大丈夫そうね」

「あんまり、ママゴン言って、本人に向って使うなよ」

「はーい、気をつけます」

 その後の収録は、二度目ということもあって和やかに進んだ。前回の番組を見た視聴者の質問などもあり、テトラとカリンズへの注目度も上がってきていることが感じられた。


 八月も中旬を向えようとしていた。甲子園で高校野球も始まり、夏の真っ盛りといった頃だった。連日猛暑が続き、茹だる様な暑さの中、蝉の鳴き声が喧しい毎日が続いていた。

 テトラとカリンズも次第に注目を集めるようになってきていて、雑誌に取り上げられたり、ネット上にインタビュー記事が載ったりするようになってきていた。『酒匂由里奈のフライデーナイトウォーク』の公開日までには、前回テトラが出演した分がその後の番組の動画よりも多く視聴されたりしていた。配信の当日は、前回同様、配信後のデータチェックが行われた。


「前回と比べてどうかな」

「配信後の視聴数は、前回の三倍弱ありますよ」

 ICプロダクション社内の開発室では、ネット配信が開始されて一時間ほど経過した頃、前回と同じようなチェックが行われていた。

「批判的なコメントは増えてますけど、割合としては若干減ってますね」

 テトラに批判的なグループは、前回同様存在していたが、それに加えて、特に目的があるわけでは無く、単に批判しているだけという、いわゆるアンチも増えていた。しかし、それ以上に二週間の間でテトラに好意的な、ファンだという人々も増えていた。

「PVの部分が一番コメントが増えてるわね」

 PVは、番組配信までに製作を終えて、予定通り番組内で紹介された。PV紹介後の場面などは、後で取り直した部分もあった。

 これまでの動画も、あちこちで切り取られては拡散していたが、大きな波になるところまでは行ってはいない。賛否両論なのは日本はもとより海外も同じようだったが、まだ本物のアンドロイドなのかどうか疑っている人が多いようだった。

 日々、様々な絵や動画がAIを駆使して創造・偽造・捏造とあらゆるものが溢れているネット上では、何が本物なのか見分けもつかない状態になっていて、それも致し方無いところではあった。

「まあ、予想通りですけど」

 由美子が思っていたよりは、大人しいといえる状況だった。毎日さまざまな出来事が起こっては消え、現実の出来事も創作上の出来事も同じように扱われ消費されていくネット上では、現実のアンドロイドといえども大きなインパクトを与えることは出来ないかのようだった。

 「ショートPVの方も着実に再生数が増えてます。まずは順調ってとこですかね」

「そうね」

 番組内で紹介したPVを単独でも配信していたが、こちらも再生数を増やし、過去のカリンズのPVも影響を受け再生数を増やしていた。

 まずは、順調と言えるけど。

「後は、明日のテレビ放送で、どんな影響がでてくるか、ね」

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