7. アイドル活動
『酒匂由里奈のフライデーナイトウォーク』配信後から、カリンズwithテトラの公式ページのアクセス数も倍増し、今までのカリンズのPVや出演番組への視聴数も増えた。番組配信後になって、ようやく新聞社などのニュースサイトでもテトラに関するニュースが掲載され始め、以前にヒューマノイド開発機構が発表したテトラの開発成果があらためて注目されるようになった。
ICプロダクションとしては、ほぼ予定通りにプロモーションは進行していた。作製されたプロモーションビデオは動画サイトやニュースサイトで公開され、テトラの姿を見かけることも多くなった。それでも、タレントの活動に興味を示さない層や、ロボットなどの科学技術に興味のない層には殆ど存在は認識されていなかった。
「パソコン情報誌でテトラを表紙に使ったものは、明日発売ですよね?」
八月初旬。ICプロダクションの定例会議。
「雑誌は送られてきてますよ」
由美子の質問にスタッフの一人が週間のパソコン情報誌を掲げて見せた。微笑んだテトラが大きな熊の縫いぐるみを抱えて前かがみになっている写真が表紙になっていた。誌名の下には〝美少女ロボットの公開実験〝の文字。既にパソコンの情報だけではなく、ネット上のコンテンツなどを紹介する総合情報誌的な雑誌になっていた。週間の雑誌自他がもう殆ど情報の媒体としては役割を終えているようなもので、実際に手にすることの出来るマテリアルの配布のような意味合いで存在しているようなものだった。
「これはちょっと、あざとい写真を使ってきましたね」
森田が苦笑いしながら言った。
「こちらから提供した素材の一つですから、あまり文句は言えませんけどね」
テトラの人気というものも上がって来てはいたが、アニメなどのキャラクターに対する人気と同じような扱いで、そういったものを愛好する層とテトラの人気はほぼ重なっていた。そういったロボットなどに抵抗の無い層でも、動いて会話するテトラがロボットであるということにたいして、半信半疑といった人々も多かった。
「サマーフェスタ出演が公に姿を見せる場になりますけど、楽曲は間に合います?」
「今から曲を作ってもらうなんて無理なんで、カリンズ用に作って没になったものから三人用に編曲し直したものを使う予定です」
少し不安げな由美子に森田が答えた。
「時間がありませんけど大丈夫ですか?」
「千鶴と佐和香は、一度レコーディングまでしてますから大丈夫でしょう。あとはテトラに歌ってもらったり、振り付けしなきゃいけないわけですけどね」
「テトラは、歌えるんですか?」
スタッフの一人が尋ねる。
「前に童謡を歌ってるのを聞いたけど。まあ、音程は外さなかったかな。上手いって関心するようなこともないけど、下手ってことも無いってレベルだったよ」
「そういうところも人間臭く出来てるんですね」
スタッフは変な感心の仕方をしている。
「カリンズの二人は、国立電算機研究所ですか?」
「ええ、先に行ってます。もう所員みたいに入管証も支給されてますよ。このところずっと撮影で出向いてますから」
八月の最終週に、主にアニメやゲームの主題歌などを歌う歌手や声優などのイベントがあった。カリンズwithテトラは、その前座のような扱いで曲を披露する予定になっていた。夏の間の短期間のユニットとしては、これが最初で最後のイベントになるはずだった。
「八月以降は、ユニット解散でテトラ単体でのプロモーションですよね」
女性スタッフから確認の声が上がった。
「現状はね。評判次第で延長もありえるけど、ヒューマノイド開発機構は、八月以降はあまり活発な活動は控えてもらいたいらしいのよ」
「そこらへんの詳しい事情はまだ聞いてませんよね? 十月半ばまで契約期間はあるわけですし」
「そうですね」
「私のほうから、権藤さんにもそれとなく聞いてみますよ」
「お願いします」
由美子は森田にそういって、手元の資料を見た。
「テトラに批判的なグループは、その後どう?」
「PVや宣伝用の動画とか、いろんなところでネガティブ発言繰り返してますが、こういった荒し行為は普通にどんなタレントにでもいますから、それと比べて特別過激ってことも今のところないですね」
「そう。このまま、問題なく行ってくれるといいんだけど」
外出前に社内の開発室で、森田はテトラに関する資料の確認をしていた。PVなどの再生数も増えたが、ネット上で人気のあるネットアイドルやタレントなどと比較すると数十分の一程度と、ものたりないものと言えた。
森田とすれば、その方が好都合だと思っていたが、ヒューマノイド開発機構からは具体的な目標値など示されたわけではなく、テトラのプロデュースという行為にどれほど重きを置いているのか測りかねていた。以前権藤に尋ねたときは、ロボットが実際に一般社会で活動する際の影響に関してのシミュレーション的な側面もあるということだった。それも目的とすれば、このプロデュースもテトラというロボットの製作後のテストの一環ということになる。それで辻褄は合うのだが、どことなく釈然としないものが残った。
「このサイト、すごい詳しいですよ。テトラの情報サイトですけど」
「どれ?」
森田がスタッフが示したサイトを見てみると、ヒューマノイド開発機構の成り立ちから詳しく解説されていて、作ったのは一個人らしかったが、データの更新は不特定多数で行えるようになっているようだった。ヒューマノイド開発機構から提供された資料に無い情報や、森田たちが国立電算機研究所で見た、公開していない情報も一部載っていた。中には森田も知らない情報もあった。
「ん?」
森田は、サイトの隅に、書き捨てられて様なコメントが目に留まった。
『人造人間に恋をするピグマリオンか、パンドラに見惚れるエピメテウスか。いずれ災いとなるだろう』
「どうかしましたか?」
「いや、胡散臭い話も多いけど、技術的なことがずいぶん詳しく書いてあるな、と思ってね」
森田は我に返ったように、コメントのことは口にしなかった。
「こういったとこって、案外関係者が書き込んでたりしますからね」
若いスタッフは森田の様子を気にとめなかった。
「あ、由里奈さん、お疲れ様です」
スタッフの声に森田が振り返ると、由里奈が部屋に入ってきたところだった。
「おはよー。あら、おじ様もいたの」
由里奈は、時々冗談めかしておじ様と言っていたが、実際に森田の母方の親戚だった。森田は周りには有名になった人に急に増えるような親戚程度の血縁関係だと言っていた。
「よう。珍しいな。ここに来るのは」
「んー。なんとなく。明日は向こうで収録だし。前のやつ見ておこうかと思って」
『酒匂由里奈のフライデーナイトウォーク』に、テトラが二度目のゲスト出演が予定されていた。
「今日も向こうで何かやってんの?」
「ああ。サマーフェスタの曲の練習とか、振り付けとか。時間もないしな。これから俺も行くところだ」
「ふーん。歌って踊れるアンドロイドか。今月いっぱいで解散はもったいないんじゃないの?」
「元々の予定だしな。先方の意向もあるし」
「解散てことになると、あの子達も寂しいかもね。けっこう上手くやってるし。テトラも普通に人と変わらないし」
「そうだな。テトラよりも無表情で無反応な娘もいるくらいだしな」
「プロデューサーとしては、もっとロボットってことをアピールしたいってとこ?」
「いや、今のままで良いと思ってるよ。ロボットがアイドルとして馴染んでいるっていうことが」
森田が見ているモニターには、テトラのイメージ素材として撮られた写真がスライド表示されていた。一部では動くマネキンと陰口を叩かれてもいたが、いろんな衣装、コスプレをしたりしている姿は、その非現実的な整った顔とも相まって、写真の中では奇妙にしっくりと馴染んでいた。
「パワードスーツが騒がれてなきゃ、もっと注目浴びてたかもね」
「そうだな」
パワードスーツ関連のイベントも八月に予定されていて、公募したパイロットの発表や、パワードスーツを使った映画の製作も同時に公式発表が行われると言われていた。
「テトラも出所は同じなんでしょ? 扱いの違いはやっぱり何かあるの?」
「出所が同じっていうか、関連企業に同じところがあるってことだけどな。どんな組織も大勢人間が集まると、似たような考えのやつ同士で集まるし、集まった人数の多い方が声もでかくなるもんだろう」
「パワードスーツ派の声がでかいってことか。そういうところは、何処も裏じゃドロドロしてるってわけね」
テトラを作り上げている技術はまだ不安定で、パワードスーツ並みに安定して作製されるまでには技術的に問題が多いとのことだった。それに、いろいろな現場にロボットが活用されているとはいえ、人間と見紛うようなロボット、アンドロイドを社会は望んでいるとは言えなかったし、そういう需要を喚起してまで利益に繋がるまでに成熟した技術が確立されるのは、まだまだ先のことだろう。
「現代のオーパーツってとこだな」
「え?」
「生まれるのが早すぎたってことさ。テトラは。他に同類もいないし」
「それは、ちょっとかわいそうね」
由里奈は森田の前のモニターの、テトラの映像を指でスクロールさせた。図書室で撮った、書架にもたれて本を抱え、こちらを見ているテトラが表示された。
「仲間もいなくて、独りって、寂しいんじゃないかな」
森田が駐車場に車を止めたのは、太陽も西に傾きかけた頃だった。
「ちょっと、遅くなっちまったな」
国立電算機研究所の正面玄関を入ると、受付を済ませてゲストの入管証を貰って別館へ向った。
「俺も業務用の入管証発行してもらおうかな」
研究開発施設がある建物と違って別館には入管証だけで入場できたが、最初に来たときに登録した指紋や網膜認識は使うこともなく、無駄なことをしたような気もしていた。
「そちらは関係者以外は立ち入り禁止ですよ」
研究施設へ向かう通路に体を向けていた森田に、横から声がかかった。振り向くと、白衣を着た男が森田を睨むように見ている。
「あ、いえ、そちらへ行こうとしたわけではなくてですね。別館の方へ用事があるもので」
「ああ、テトラを見世物にしている連中ですか。まったく、くだらないことを始めたもんだ」
丸眼鏡に肩まで髪を伸ばしたやせぎすの男は履き捨てるように言った。森田は首から下がっているIDカードの名前をちらりと見やると、申し訳なさそうに会釈してそそくさと退散した。IDカードには、ヒューマノイド開発二課主任、斉田政治とあった。何度かここを訪れていたが、警備員とも顔なじみになっていただけに、少し冷や水を浴びせられたような気持だった。研究開発の成果を森田たち部外者に取り扱わせることに不満を持つ者がいることは当然予想できたことではあった。
「あ、森田さん」
別館の廊下でマネージャーの木村と出会った。
「どうです。歌のほうは」
気を取り直して森田は笑顔で訊ねた。
「今、向こうで練習してます。テトラって、やっぱりロボットだからでしょうか、曲も直ぐに覚えましたし、目に見えて上手くなっていくようで」
「そりゃ、頼もしいですね」
「ええ、サマーフェスタ、大丈夫そうだと思えてきました」
言葉の割りには、あまり木村は嬉しそうには見えなかった。まだロボットであるテトラには警戒心があるのか、森田はそのことには触れなかった。
楽曲の練習に使っているのはグランドピアノが置かれている、食堂とは別の、カウンターバーのような施設だった。現在は使用されず、椅子やテーブルは片付けられピアノだけが置かれていた。研究所に福利厚生とはいえ、こういう場所が必要なのか疑問に思わなくも無かったが、それが今は役にたっていた。防音されているような場所ではないので、森田がドアの前に立つと、中から歌声が聞こえてきた。そっとドアを開けて入っていくと、テトラが主旋律で千鶴と佐和香がコーラスに回ってハーモニーの練習をしていた。テトラの低めな声が綺麗に伸びて、三人のハーモニーも綺麗に整って聞こえる。以前聞いたテトラの歌声よりは、確かに格段に良くなっている様だった。
「森田さん」
練習を終えて、佐和香が先に気付いた。
「あ、森田さーん、遅刻ですよ、遅刻」
千鶴が嬉しそうに言う。
「時間に遅れることを遅刻っていうのよ。テトラはまねしちゃ駄目だよ」
「はい」
テトラが素直に答える。
「こらこら」
森田が苦笑いしながら入っていく。トレーナーや権藤と挨拶し、一人、部屋の窓際にあるパイプ椅子に座っている佐和香の横に立った。
「どうだ、調子は」
「悪くないですよ。テトラが覚えるの早くて、サマーフェスタは無理かもって思ってたけど。大丈夫な気がしてきました」
佐和香はひざを挟むように両手を椅子について足元を見ていたが、そういいながら背筋を伸ばすと森田に笑顔を向けた。
「テトラとは上手くやってるかな」
「そうですね。可愛くてとても素直な妹ができたみたいです」
長い髪を大人びたしぐさで背中に掻き揚げ、ピアノの前の千鶴とテトラを見る。千鶴は自慢げにテトラに〝 猫ふんじゃった〝を披露していた。
「千鶴とテトラは、まあ、問題なさそうだな」
「ちーづが変なこと教えないか心配だったんですけど、テトラがいろいろと知識があって、逆にちーづに教えたりしてるんですよ。見てて面白いです」
「三人のユニットはうまくいっているみたいだな」
「ええ。私たち三人は。木村さんは、テトラのことが苦手みたいですけど」
佐和香は視線を落とすと足元を見つめる。
「人間相手でも、好き嫌いはあるし、ロボットの相手なんて、普通することはないからな」
「森田さんはどうなんですか?」
さりげなく言う佐和香の目は、まっすぐ森田を見つめている。
「疑うことを知らない箱入り娘が一人増えたって感じかな」
「ちーづや私は箱入りじゃないですからね」
佐和香はそう言って悪戯っぽく笑った。森田は、とっさに佐和香に言った言葉の中に、テトラを壊れ物扱いの商品としてみている自分に気付かされた。
「何か、困ったことがあったら、早めに相談してくれ。俺でも、由里奈でもいいし」
「はい。ほうれんそう、でしたっけ」
「そうそう。おっと。ちょっとごめんね」
森田の携帯が鳴った。
「もしもし、あ、社長。はい、え? テレビ出演?」
由美子からの電話だった。緊張した声。
『ええ。東都放送から出演依頼があって。ただし、テトラだけなんです。来週の公開収録番組にゲストで。今日中に返事をくれということだったので、ヒューマノイド開発機構に問い合わせたらOKが出てて』
「今、権藤さんもいますので、ちょっと聞いてみます。また折り返します。はい」
権藤は木村と話をしていた。
「すいません、ちょっとよろしいですか」
「なんでしょう?」
「来週末の、東都放送の情報番組の収録に、テトラを出演させて欲しいと言う依頼があったんですが」
「はい、聞いてますけど?」
「何時その話が?」
「昨日ですか。広報から連絡があって。森田さんはご存知では?」
そういうことか。森田にも自体が飲み込めてきた。
「私は事務所に戻りますんで、木村さん、後はお願いします」
「あ、はい」
戸惑い顔の木村を残し、権藤や佐和香達への挨拶もそこそこに森田はその場を離れた。