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5. 人工知能と人工頭脳

「この間の依頼の件、いくらか纏りましたよ」

 事務所の制作室に入った森田は、主任の岸田に声をかけられた。制作室はネットコンテンツの実際の作成から、ネット上の情報収集など、ICプロダクションの中核となる部署だった。森田は、岸田にヒューマノイド開発プロジェクトについてのリサーチを依頼していた。

「ここで調べられることに関してですけど。私の知り合いにも当たってみましたが、ネット上の情報と大差なかったですね」

 パソコンのモニターを見ていた岸田は銀縁の眼鏡を押し上げながら森田を見上げた。

「俺も昔のつてを頼ってみたけど、目ぼしいものはなかったんだ」

「社長にも聞いた方が良いんじゃないですか? 冬海インダストリアルの関係者みたいなもんですし」

「みたいというか、そのものだけどな。と言っても、実際にプロジェクトに関わってるわけでもないし、あんまり詳しいことは知らないらしいぞ」

「まあそうかもしれませんね」

 話ながら岸田はキーボードを叩き、マウスを操りながらモニターに資料を表示した。

「ヒューマノイド開発プロジェクトって、結構込み入った背景がありますね。多数の企業が参加するとなるとそんなものかもしれませんけど」

 画面にはプロジェクト参加企業とその資本関係が分かりやすく図示されていた。欧米の企業は、ほぼ二つの大きな企業グループに所属していた。日本の場合はそれが冬海インダストリアルになる。この三つに属さない、またはどちらにも属している企業は、特殊な技術や特許などを有した企業のようだった。

「プロジェクトは、十年前、ロボテクニカ社が創設された頃に始まってます。当初は日本独自のプロジェクトでした。当時からヨーロッパやアメリカ、日本がロボットやAI開発に企業だけでなく、国家予算も投じて研究開発を進めてましたが、今ひとつ成果が上がらなかった。それでAIとロボットに関する国際会議で欧米も日本が先行していたヒューマノイド開発プロジェクトに参加・協賛する形の国際共同開発になったと。それが五年前ですね。当時は日本単独でやれとか、外圧に屈したとかいろいろ言われたようです。参加する方も欧米だけで、ロシアや中国とかハブられた国とも多少揉めたみたいです。まあ、軍事技術も含んでますからそうなるでしょう」

「パワードスーツを作ってるのは、ロボテクニカだよな。他の国は?」

「ヨーロッパは、ERTグループってとこです。ええと、スイスのチューリヒに本社があるようですが、特にどこの国の企業ということもない、多国籍企業ですね。ここは軍用のロボット兵士をほぼ実用段階まで開発しているようです。パワードスーツじゃなくて、自律起動するロボットです。

 アメリカの方はIT企業がAIではリードしてますし、ロボットも国や企業の後援を受けた大学とかで開発が進んでます。パワードスーツにしても、日本みたいにロボットのようなものでは無く、本来の意味で人が着る、という方の、鎧みたいなパワーアシストスーツ、というようなものは既に開発して米軍では使用されてもいるようです。

 そういうこともあって、ヒューマノイド開発プロジェクトにはそれほど本腰をいれてないみたいですね。取りあえず成果が得られれば良いって感じでしょうか」

 ヒューマノイド開発プロジェクトでロボット技術を集約し、その成果を参加各国の企業で活用する。分かりやすい構図とも言えた。

「ああ、でも、ヒューマノイド開発機構は、自律型のロボットの研究開発目的だったよな。それでテトラが出来たわけだが。ロボテクニカ自体は今、パワードスーツを開発しているし、どんな立ち位置なんだ?」

 森田が先日、由美子と訪れた国立電算機研究所を思い出して言った。

「ロボテクニカの前身が冬海インダストリアルのロボット開発部門で、そこは工業用ロボットの製造では実績があり、特殊車両の製造部門と共同でロボット開発を始めたのがもともとの成り立ちみたいですね。ロボットを乗り物にっていうか、乗り物をロボットにするって発想だったんじゃないですか」

 ロボテクニカ社の成り立ちについては、森田も何度かネットサイトを見ていてある程度知っている内容だった。

「それが自律起動するロボットの製作も始めたと」

「AIでは後れをとってますからね。まあ、今AIと言われているものはソフトウェア主体で、ハードウェアの開発が本業のロボテクニカの得意とするところではないでしょうけど。

 アルフィニオンというロボットはロボテクニカとヒューマノイド開発機構が主導してますが、AI、人工知能というより、人工頭脳、という工学的な方向で上手くいった例ですね。テトラもその延長線上にあるんじゃないでしょうか」

「AIじゃなくて人工頭脳か。どう違うんだ?」

「AIは現状ソフトウェアで知的な処理を行おうという方向性ですよね。データ検索や簡単な質問などでは威力を発揮してますけど、AIが主体的に考えているわけでは無い。オウムやインコが人の言葉を綺麗にしゃべっていても意味は分かっていないように、AIも同じだとか言われて、従来のアプローチに欠陥も見えてきましたけど、それは少しずつ克服しつつある段階です」

「まあ、人間も、指示された通りに仕事やってればいい、という環境だと、何のためにその作業をするのかわかっていないとイレギュラーな事態には対応できないからな。これまでのAIは自分で考えていたわけでは無くて、人に言われて膨大なデータの中から言われたものに近いものを見つけ出してきただけってことか」

 岸田が森田の言葉にうなづきつつ、ヒューマノイド開発機構のサイトを表示する。

「人工頭脳の方は、そうした欠陥のようなものはまだ見つかっていないようです。人の頭脳と同じく、右脳と左脳のように知識と論理を別にして、フィードバックすることで推論に破綻が無いようにしているらしいです。哲学的な話だと、推論などに主体、が存在している、ということらしいですね。理論的なことは私も理解はしてませんけど。ハードウェア依存なので、ハードウェアの構築のハードルが高い現在では普及が難しい。テトラはその極致ですね」

 モニターの光が反射する岸田の眼鏡を横から見つつ、森田は首をひねった。

「人工頭脳と人工知能は同じように思っていたけどハードとソフトの違いがあるのか。テトラも頭脳にあたる部分がコンピュータでソフトウェアのAIがインストールされてるのかと思ってたけど、ちょっと違うのかな」

「パソコンのCPUとは意味合いが違うでしょうね。人間の脳を模したニューロコンピュータで、ニューロンの数や反応速度が性能を左右するようです。私も、専門外なので良く分かっている訳じゃないですけど」

「ハードウェアで思考するって訳か。俺みたいな古い人間だと、ワイヤードロジックなんて言葉が思い浮かぶけど、それとも違うんだろうな」

「昔は人工知能と言えばニューロコンピュータという感じで盛んに研究されていたようですが、ソフトウェアによる生成AIが出てきて、そちらが今隆盛を極めているというところですか。

 ニューロコンピュータはアルフィニオンで突破口を見出して、テトラという究極系も出来たというところですが、コストパフォーマンスに問題があって、この方面に追随する研究機関や企業が少ない。先細りを指摘する人もいるようです。世の中、必ずしも高性能なものが普及するとは限らないですし、今は生成AI関連で金が動くので、企業としては儲けたいならそっちでしょう」

「それもそうだな」

 それだけではなく、人型ロボットはAI以上に人間と対比されることが多かった。ソフトウェアという目に見えないものと違い、”人に似たもの”である以上、工業製品というだけではない、人のイデオロギーを刺激するようなことろもあるのだろう。営利企業としては無用な軋轢は避けて通りたい向きもあった。


「テトラを生み出しただけあって、当初のヒューマノイド開発機構自体は、今以上に営利目的ではなくて、ずいぶんと学究主体な感じだったようです。生化学や生物学の研究者もメンバーにいますし。技術的な中核になっていたのは、この人だったみたいです。更科恒次さらしなこうじ博士。人工頭脳の権威と言っていい人だったようですが、本気で人間以上の人工頭脳を作ること目指していたり、マッド・サイエンティスト扱いもされたみたいですね」

「だったってことは、今は関わってないのか?」

 森田が国立電算機研究所で会ったのは木庭博士で、彼がプロジェクトのリーダーだった。

「五年前に亡くなってますね。登山が趣味だったらしくて、山で遭難したそうです」

 モニターに更科恒次博士の写真が映る。グレーの髪をオールバックにした精悍そうな顔で、あまり学者という雰囲気ではなかった。記者会見か何かの時の様で、白衣を着ていた。傍に映る関係者らしき人々の中に、見覚があるような顔があったが、暫く見つめていて漸く思い至った。権藤冴子だった。今よりも若く、髪は真っ直ぐ肩まで伸ばしていて、眼鏡をかけていなかったら気付かなかったかもしれない。

「AIは社会の色んなところで使われてきてますし、ロボットも人型の、しかも人間そっくりなものに拘る必要もないということは以前から言われてますから、博士の死後は、ヒューマノイド開発プロジェクトも国際共同開発になったり、様変わりしていったようです」

 チェスや将棋などのゲームだけでなく、交通管制や企業の商品開発、性能の問題を指摘されつつも意思決定まで人工知能、AIが浸透していた。

 AIと比べて自律的に行動できるロボットは研究開発段階から実用の段階に推移しつつあるという状況で、工場など限定的な運用では時折ニュースで話題にはなるものの、それが一般に実生活で目にするような所までは至っていなかった。

「プロジェクトは失敗扱いなのか」

「そうでもないんじゃないですか。汎用的な高性能のニューロコンピュータの基礎技術とか、人間サイズに収めるために開発された小型の高性能燃料電池とか、人口筋肉を使ったボディパーツは医療用へ転用できるそうですし。色々な技術や理論を纏めたり高度化させるには、こういった大義名分を掲げたプロジェクトも必要なんじゃないですかね」

「大義名分ねえ。それで人が集まれば、金も集まるって訳だな」

「そうでしょうけど。森田さん、最先端の科学技術ってだけでも面白いじゃないですか」

 岸田は傍らの森田を微苦笑しながら横目で見た。岸田はこういった情報収集などが仕事である以上に好きでもあるようだったが、仕事と趣味の線引きが曖昧なことなどなく、森田もそこは信用していた。

「その最先端の科学技術がテトラという実体というわけか。ヒューマノイド開発機構は営利団体じゃないよな。プロジェクトの成果はどうやって生かすんだ?」

「ヒューマノイド開発機構の運営委員会というのがあって、決めごとはそこでやってるらしいですが、ほぼロボテクニカの関係者で構成されてるようですから、実質ヒューマノイド開発機構は、ロボテクニカの研究機関みたいなもんですね」

 各個にロボットを開発する一枚岩とは言い難い国際的なロボット企業。国が後援するも企業に良いように利用されているかのようなプロジェクト。そこから生まれたアンドロイドは何故か邪険に扱われているようにも見え、大企業グループと繋がりがあるとはいえ、零細と言っていいような会社に適当に押し付けられている。勤め人だけに会社の意向で進む仕事は早々否定もできないが、このロボットのプロデュースという風変わりな仕事はどこか胡散臭かった。

「何故うちでプロデュースなんだろうな」

「はい?」

 森田の独り言のような呟きに岸田が戸惑ったように返事をする。

「相当金の掛かったプロジェクトの成果物なんだがな。テトラは。宇宙開発のロケット並だろうに」

「そうですねえ。ヒューマノイド開発機構の成り立ちを考えると、独自にスポンサーを募る訳にもいかないでしょうし。成果を披露するというより、研究の一貫と考えた方がまだ分かりやすいですね」

「と言うと?」

「人型の人間そっくりなロボットが実際に登場して、世間一般の反応はどんなものかとか。工学的な面より、社会学っぽい方面になりますけど」

「そういう説明はどっかで聞いたな。それもあるだろうけど、理由としては弱い気がするんだよな。なんていうか、建前みたいで」

「そうですかねえ。まあ、この件はもうちょっと調べてみますよ。色々と面白そうだし」

「そうか。宜しくたのむよ」

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