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3. ICプロダクション

 事務所で由美子はこれから先のプロデュース内容について資料をまとめ終えると、時計を見た。午後十時を過ぎていた。森田は外出先から直帰すると連絡があった。他の社員は全て帰宅していた。このところ、火急の事案などは無く社内は落ち着いたものだったが、テトラの案件でまた忙しくなることだろう。

 由美子は社長室の電気を消すと戸締りを確認して事務所を後にした。ビルを出ると、冷房に慣れた身体に外の空気は生暖かかった。見上げるとぽつりぽつりと星も見えている。東京の郊外に事務所を移して二年、由美子が社長に就任したのも同じ頃だった。


 由美子は、大学を卒業して、とあるコンピュータメーカーの子会社に勤務していた。大学時代、友人たちからは、由美子は就職は楽でいいよね、と、羨望ともやっかみともとれる発言を受けることがあった。

 それは、冬海という家系に対するものだった。確かに、親や親族からは、就職先についてこの会社はどうだとか、いろいろと言われることもあった。

 それを嫌って自分の力を試したくて、冬海と関連の無い企業で就職活動を行ったりした。それでも、自分の経歴を知られると冬海財閥との質問が出ないことは無かった。そもそも苗字で既に話題に事欠かない。

 それでもどうにか独立系と言われる企業に入社し、人事部門の事務職で社員の勤怠管理などの事務処理を先輩社員に教わりつつこなしていた。

 ここでも冬海の名前にたいするやっかみを受けることも無くは無かったが、子供の頃から、ある程度耐性とでもいうようなものは出来ていたので気に病むほどの事も無かった。

 会社での仕事は順調で時には社内システムの改良などの会議に現場担当者として参加したりもして、それなりに充実した仕事をしていると言えなくもなかった。


 ある日、大学時代の友人にゼミの先輩がネット関連の会社を立ち上げていて、開業三周年の記念パーティーがあるということで、由美子も誘われて参加した。その先輩は、気さくで格好良く、成績も優秀と、男女別なく人気があった。由美子も大学時代密かに好意を抱いていたが、先輩が卒業してからは、疎遠になっていた。パーティーの席で、由美子にその先輩は自分の事業の意義や夢を滔々と語り、由美子にも良かったら手伝ってもらえないか、と、由美子が想像もしなかったことを告げた。

 社会人三年目。この先も同じような日々が続いて、そのうち結婚したりして行くんだろうと漠然と考えていた由美子だったが、思いがけない誘いに悩んだものの、話を受けることにした。

 それは、自分の力を試したくて冬海と関連の無い企業で就職活動を行ったりしたことの延長線上にあるものではあった。


 先輩のネット関連企業は、由美子のこれまでの仕事や現場の雰囲気とはまったく異なるものだった。社員が全員事業についてディスカッションし、意見を求められ、縦割りで日々の業務をこなせば良かったこれまでとは全く違っていた。どこか、大学時代のゼミやサークルを思わせるような雰囲気だった。

 そんな会社の雰囲気に楽しさを覚えるようになっていたある日、社長である先輩に呼び出された。由美子に社長としてより、個人的な依頼ということだった。

 その話の内容は、由美子を戸惑わせるものだった。由美子の家族や親族に、仕事の依頼が出来ないか、というものだった。頭をよぎったのは、会社の事業があまり上手く行っていないという噂と、自分がこの会社に誘われた理由についてだった。

 失望を感じつつも、由美子はとりあえず話の出来そうな人物にあたってみる事にした。叔父は冬海インダストリアルの役員だったが、たまに顔を合わせても仕事の話などしたこともなかった。子供の頃から仲の良い従兄弟が研究開発部門で主任をしていたので、気安さから話をしてみると、関連会社でネット上で公開する研究開発製品中の紹介動画などを作るところを探しているという話を貰った。そういった仕事は先輩の求めているものとは違っていたが、今後のことを考えて引き受けることにし、由美子が中心となって対応することになった。自分で取材までして作った製品案内は好評で、それから他の仕事も入ってくるようになった。


 それでも会社の経営は苦しいままで、由美子が入社して一年後には、とうとう事業を売却して会社は解散することになった。巨額の負債などは会社の規模からして無かったが、後になって思えば、これも有る程度は見越して由美子を会社へ引き入れたのかもしれなかった。大きなバックを持つ人物に責任を負わせてしまえば良いという。その後の流れを見ると、そうした見方も存外外れてもいなかったと言える。


 会社が解散するとき、由美子の担当していた部門は、独立してプロダクションとしてやっていかないかと、会社の支援者から依頼もあって、由美子が所属していた部門の部長を社長とし、IC(Internet contents)プロダクションが誕生した。

 このときの条件に、ある芸能事務所との合併が含まれていた。実際は、支援者が関係していた芸能事務所の救済というダシにされたわけだったが、芸能事務所は解散同然に人が去っていき、残ったのはプロデューサーの森田と、アイドルから女優としても活躍していた酒匂由里奈さこうゆりなという多少名の知られたタレントと、カリンズというアイドルユニットだけだった。

 支援者や芸能事務所の関係者からすると会社の整理として恰好が付けばよかったので、由美子の新会社が立ち上がってからは逃げるように去っていった。

 会社に由美子を引き入れた大学の先輩も、それを支援していた支援者達も、体の良い厄介払いとして由美子を利用したとも言えた。法的には問題が無いとはいえ、財閥の令嬢をだまくらかした詐欺的案件と見えなくもなかった。

 実際、芸能プロダクションの解散というニュースでは、まったく芸能とは関連の無い財閥の令嬢が関係していることを暗に匂わす記事を書いているゴシップ系の雑誌もあった。

 この記事を知人から知らされた由美子は、財閥の令嬢、という表現に苦笑いしただけだった。


 成り行きでここまで来たような由美子だったが、しばらくして社長が健康上の問題を理由に引退し、これも仕組まれていたとまでは言えないだろうが、仕事を実質的に手がけていた由美子が若干二十六歳という若さで社長に就任した。由美子の元上司の部長で、社長となった人物は由美子以上に振り回されて健康を害してもいたのを間近に見ていただけに由美子としては非難などは出来なかった。

 由美子が社長となってからは、冬海グループのグループ企業というわけでもなかったが、このころから仕事などで支援をうけることも多くなっていた。

 子供の頃から、人から仕事を頼まれたり押し付けられたりしても、それをこなして評判を上げるようなところが由美子にはあった。周りからは人徳だと言われたりしたが、由美子自身はそれをあまり面白く思ってはいなかった。それに、家系のことを持ち出されることも不愉快だったが、この件で、内心では開き直ったところもあった。


 ※ ※ ※


 七月半ば。ヒューマノイド開発機構とICプロダクションとの間で、テトラに関するプロデュースの契約が交わされた。期間は三ヶ月。アイドルユニットへの参加という、突飛な内容も容認された。ただし、一日八時間というテトラの動作時間に変更はなく、その時間内で活動できる内容に限定され、活動範囲は国立電算機研究所内に限られていて、移動するには別途許可を必要としていた。また、常にヒューマノイド開発機構の関係者を同席させることという条件もついていた。これは、テトラに指令を出せるのが開発関係者に優先設定されているからでもあり、莫大な費用のかかった試作ロボットに監視役が付くのは当然でもあった。担当者は、開発主任の権藤となった。ICプロダクション側の窓口は森田が担当することになった。


「とりあえずは、これで仕事として本決まりになりましたね」

 書類をとんとんと机の上で立てて整えると、由美子が笑った。契約関係もネット上で済ませるようなことも多くなった昨今、紙に印刷して捺印、などという旧態依然とした契約と言うのも珍しいものになっていた。

「そうですね。これからが大変でしょうけど」

 森田も笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていなかった。百戦錬磨とでもいえそうな森田としてもこの先に何が待ち受けているのか想像もつかなかった。経験のないような困難だろうとは思ってはいたが、それは深くは考えないことにしていた。

 先行きをあれこれと考えて思い悩んでも仕方がない。それはこれまでの人生で森田が経験から学んだ諦念とでもいうようなものではあった。

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