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1. ヒューマノイド開発機構

 早朝の首都高。ビルの合間に見える空は、雲一つなく青く澄んでいた。7月の東京にしては、涼しく、初夏の頃を思わせるような天気。

「良い天気ですねー」

 そう言って、冬海ふゆみ由美子ゆみこは膝の上のノートパソコンに目を移した。言葉と裏腹に抑揚のない声。

「明日までは、このままからっとした晴れが続くそうですよ。週末からは、また蒸し暑い天候になるそうですが」

 運転している森田星児もりたせいじが答える。由美子は聞こえないかのようにパソコンの画面から目を離さない。これから向う先で必要となる資料を頭に入れようとしていたが、文字や映像を追いかけても頭に入ってこなかった。

早朝に起きて出かけているせいか? いいや、単に気乗りしないだけだろうな。

顔を上げて流れていく街並みを見る。ドアガラスに映る自分の影の向こうに、白く月が見えていた。


「ヒューマノイド開発機構?」

「ご存知ありませんか?」

 数日前。ICプロダクションと言う、ネット上のコンテンツを主に扱う由美子の会社に、冬海とうかいインダストリアルの広報を名乗る者が訪れていた。冬海ふゆみはコングロマリットを形成する一大財閥として知られていた。由美子自身もその創業家である冬海家の親族であり、由美子のようなまだ年若いといえる女性がまがりなりにも会社を経営しているのも、その末席に連なる者として、その名を時には有利に、時には疎ましく思いながらも、利用してきたからだと言えた。

「十年ほど前から、自立型ヒューマノイド、平たく言えば自分で考えて行動できるロボットの開発を、国際共同開発のプロジェクトとして行なっていたのですが……」

 国内外の産業の異業種間での技術や知識の交流をはかり、それを産業の活性化、技術向上に寄与するものとして立ち上げられたプロジェクトがあった。ロボットの身体となる二足歩行技術などから、人工知能なども含めた統合的なプロジェクトで、俗に『アンドロイド計画』などと呼ばれていた。主導したのは日本で、ヒューマノイド開発機構は、その中核を担う半官半民の研究機関だった。冬海インダストリアルも研究に関わっていたし、子会社に当たるロボテクニカを始め、内外の主だったコンピュータ・エレクトロニクス関係の企業が加わっていた。

「その研究機関が、私の所のような零細プロダクションにどのようなご用件でしょうか?」

 由美子は、少々皮肉に聞こえたかもしれないと思いつつ、相手を伺った。綺麗に撫で付けられた髪に、銀縁眼鏡。年は五十前後といったところか。企業の営業部員という感じではない。どこかの省庁の官僚といった雰囲気だ。

「プロデュースをお願いしたいのですよ。ロボットの」

「プロデュース?  ロボットの?」

 由美子の会社、ICプロダクションは、主にインターネット上のコンテンツ、ネット放送用のラジオ、ドラマ、アニメなどの制作やそれらで使われるキャラクターのプロデュースなどを行なっていた。ほぼ、ネット上での業務に特化していて、既存のテレビなどとの関わりは殆どなかった。

「国家プロジェクトのロボットでしたら、もっと大手のプロダクションとか代理店とかに話が行くんじゃないですか?」

「時間があまりありませんので。それに資金も限られていますし、身軽に動けて、ネット上のコンテンツに詳しい御社を推薦されたもので。従来のようにテレビなどで展開するよりは、ネット媒体の方が、この場合親和性が高いとの判断もあります」

 冬海インダストリアルは由美子の伯父が役員をしていた。従兄弟も研究開発部門だかに勤めていて、要はコネで仕事をしたことがあった。紹介があったというのはそこからだろう。

「私はヒューマノイド開発機構に三月まで出向していたもので、今は直接プロジェクトに携わっていませんが、仲介を頼まれましてね。詳しい話は、ヒューマノイド開発機構に、プロジェクトリーダーの木庭こば博士をお尋ねください」


「着きましたよ」

 車が止まる感覚と、森田の声に由美子は目を覚ました。鞄にノートパソコンを仕舞ったところまでは覚えていたが、何時の間にか寝てしまったようだ。

「すみません」

 由美子は森田に頭を下げた。プロデューサーの森田は、四十代後半のベテランだった。当初、ICプロダクションはタレント等のマネジメントなど行っていなかったが、いろいろなしがらみから芸能事務所を吸収する形になった。そのとき多くの社員やタレントが移籍したり辞めたりしたのだが、森田は数人のタレントと共にICプロダクションに留まっていた。プロデューサーになる以前は多くの業種を渡り歩いていたらしく、中肉中背、少し前髪の後退した、何処にでもいそうな中年サラリーマンといった風体だが、どことなくつかみどころのない雰囲気を持っていた。

「朝早かったですし。社長は昨日も遅くまで仕事してたんでしょう?」

「ええ」

 今回の件で、素案をまとめようとしたのだが、実際にプロデュースするロボットを見るまでは何ともいえなかった。車を降りると、日差しは強かったが、風は心地良い。遠くから蝉の鳴き声が聞こえてくる。由美子は日差しを遮るように手をかざして研究所の方を見た。白塗りの三階建ての低い建物。正面玄関に向う歩道を見て、由美子はまるで学校みたいだ、と思った。

 〝国立電算機研究所〝と脇に書かれた正面玄関を入ると、警備員が応対し、アポイントの確認をして〝GUEST〝と書かれたバッチを手渡した。ここには受付嬢のような気の利いた者は居ないらしい。脇にある応接室らしきところに通されて、二人は椅子に座って待つことになった。部屋の内装は新しいものの、柱などがどっしりと重々しく、全体に古い建物であることを伺わせた。

「武蔵野の研究所は久しぶりだなあ」

 椅子に座った森田が回りを見回しながら言った。

「森田さん、以前に来たことがあるんですか?」

「もう二昔以上前ですけどね。プログラムの納品で、オープンリールの磁気テープを運んできたりしたもんですが」

「プログラム? ああ、森田さん、SEやってらしたんですよね?」

 オープンリールの磁気テープというものが何なのかは知らなかったが、以前見た、森田の履歴書にそんなことが書いてあったな、といまさらながら由美子は思い出した。

「SEなんて上等なもんじゃなくて、ただのプログラマですよ。最近は同じ扱いらしいですけど」

 コンコン、とドアをノックする音がして、ガチャリとドアが開いた。Yシャツに白衣を羽織った男性が入ってきた。禿げ上がった頭に度の強い黒縁の眼鏡を欠けている。残った髪も真っ白だったが、立ち振る舞いは元気で若々しかった。せかせかとした足もとはサンダル履きだった。

「お待たせいたしました、木庭と申します。わざわざこんなところまでご足労頂いて申し訳ありませんな」

「ICプロダクションの冬海と申します」

 由美子は手馴れた様子で名刺を渡した。

「あ、おっと」

 木庭博士は、白衣のポケットをまさぐって、名刺入れを取り出した。

「開発リーダーの木庭と申します」

 由美子が受け取った名刺には、ヒューマノイド開発機構プロジェクトリーダー、Ph.D.木庭雄三とあった。由美子が森田も紹介して名刺交換が終ると席に付いた。テーブルを挟んで二人の向かい側に木庭博士が座る。また、ノックの音。席に着くのを待っていたかのように若い女性が入ってきて、三人分のグラスに入った麦茶を置いていった。木庭博士は、それを掴むと半分ほどごくごくと飲んだ。

「ふー。さてと。何から話しましょうかな」

「ロボットの、プロデュースと伺って参りましたが」

「プロデュース。プロデュースか。そういうことになるかな。ヒューマノイド開発プロジェクトについては、ご存知ですか?」

「資料は一通り頂きました」

 由美子はここ数日何度も見ていた資料を反芻した。

「まあ、大雑把に言うと、人と対話できて自分で動き回れるロボットを作ろう、というもので、一応の成果はあげることができました。昨今話題になっとります、パワードスーツと言われとるものも、このプロジェクトでの技術成果を利用しとります」

 冬海インダストリアルのロボット開発部門が独立して出来た企業、ロボテクニカ社から、人が乗って操縦する体高四メートル程のロボット、俗にパワードスーツと言われているものが開発されていた。従来難しいとされていた柔軟な動きは、新たに開発された人工筋肉とも言われるアクチュエーターによるものと言われていた。

「あれに使われたのは、いわば、動き回れる、という方の技術でして、人と話ができるという方は、去年発表された、アルフィニオンというロボットの方になりますな」

 国内外のコンピュータメーカー数社とヒューマノイド開発機構による共同開発で製作されたアルフィニオンは、人と対話し、自身で考えて会話できるというロボットだった。テレビ番組などにも登場し、タレントと会話する様子などが放映されたりしたが、スムーズな会話に誰か人が喋っているだけだろう、などと言われるほどだった。アルフィニオンに実際知能と言えるものがあるのかどうか、各国の研究機関などでも議論を呼び、検証が行われていた。ただし、アルフィニオンは、銀色の人型のボディは持っていたものの、頭脳自体は、大型の冷蔵庫ほどもあるニューロコンピュータで、遠隔操作でボディを動かしていた。アルフィニオンという名前も、ロボットというより、元々そのAIの名前として付けられたものだった。

「こうした技術は副次的なもので、これらを統合して、現在実現可能な技術で人間のようなロボット、アンドロイドを作るというのが、目標でした。まあ、実現可能だと思っていた者はほとんど居なかったでしょうが」

「そう仰いますと、実現出来たということですか?」

 由美子の言葉に、木庭博士は持ち上げた麦茶のグラスをゆっくりとコースターの上に置いた。

「まあ、そういうことになりますかな」

 目標を達成した、というには、気のない言葉だった。由美子は森田と顔を見合わせた。

「目標としていたロボットというのが、プロデュースの対象なのですね? そのロボットの、プロデュースを弊社にご依頼頂いた経緯をお伺いしたいのですが」

 森田が言葉を選ぶように話す。

「経緯ですか?」

「ええ。国家プロジェクトレベルで製作されたロボットですし、完成したのなら、今更プロデュースなどということは、必要なさそうな気もするんですが」

 木庭博士は手に持ったグラスを見つめている。

「そうですな。あまり、完成したと手放しで喜べんところもありましてな。プロジェクトの本開発期間は過ぎとりますし、ロボットの予備の資材もこれからは調達出来んようになります。時間と金がないわけで」

「結果を出したのなら、開発の継続とかあるんじゃないですか?」

「規模を縮小しての1年延長はありましたが、出来上がったものは、直ぐに応用が利くような実用的なものでは無いし、それを維持していくには莫大な金がかかります。製作には、さまざまな分野から研究資料、論文、資材が提供されとりますし、必要なものは無いなら一から作ったものが大半です」

「オーダーメイドの一品物というわけですか」

 森田の言葉に、由美子はオートクチュールという単語が頭をよぎった。

「オーダーメイドなら、作ってもらえるところに頼めばよいのでしょうが、必要な部品を作るための工作機械から製作したものもあります。それの維持にも人と金もかかる。開発企業に委託したものは、開発体制の維持と必要な資材の保有期間が定められておりまして、それが切れるのは、今年の十月になります」

「あと三ヶ月も無いですね」

 由美子はなんとなく話が見えてきた。プロジェクトの本来の目的、ヒューマノイド開発という、目標が達成出来たのなら、それでプロジェクトは終了である。研究者はまだ続けたくとも、プロジェクトの終了とともに研究開発に使われた資材などは処分される。ロボットも含めて。廃棄はされないにしろ、動作できるような状態で長く保存することはないだろう。博覧会のパビリオンのようなものだ。プロジェクトは国際共同開発とはいえ、中核技術を国外へ手放すことも許されず、頼れるところも限られている。

 おそらく、プロジェクトに深く関わっているロボテクニカ社や冬海インダストリアルに研究開発の継続の依頼をしたのだろう。返事は聞くまでもない。そこで、研究成果を公にし、プロジェクトの継続などを国や世間に訴えるようにしたらどうか、とでも言われたのだろう。体のいい厄介払いだ。

「それで、弊社に研究開発の結果であるロボットを、国や世間にアピールして欲しいということですか」

「まあ、そういうことになりますか。上からの通達ですが、予想もしなかった成り行きでして。こういうことは、まったく、門外漢ですので」

 それで、と口にしたのは変だったかと由美子は思ったが、木庭博士は気に留めた様子は無い。

「学会などで発表はなさったんでしょう? 反響があったのでは?」

 森田が訝しげに言った。

「それが、まだ公の場に出せる状態ではなかったので、ロボットは録画したものを見せただけで。発表した内容も、技術的に言えば、すでにアルフィニオンやパワードスーツの開発で公にされているものばかりで。大きな成果といえば、電子頭脳を小型化して、人の頭脳と同じ大きさにしたことくらいですか。それなりに反響はありましたが、人と同じようなロボットを作る、と言うこと自体にどういう意義があるのか、という疑問も多いようです。不要なものに金や資産を無駄遣いしているという批判もあります。人に似たものでなくとも、考えたり動いたりは出来ますからな」

「企業としての人型ロボット開発は、パワードスーツに集中しているんでしょうね」

「ん、まあ、そういうところもあるでしょうな」

 会話が途切れる。

「では、ロボットをご覧頂きましょうか。実は、プロジェクト関係者以外に実物を見せるのは初めてです」

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