ヨークさんとギルドマスターのリリアンヌさん
危険な旅をする為にもやはりお金が必要で、ルシア王子とその影武者ピエネッタちゃんと人がいい侍、聡神さんと新米黒魔術師、私エクレアは未だにギルドで説明を聞いていたのだった。
「それでは手続きを始めたいと思います。今回みたいな場合は支払い手続きが明瞭になりますように聡神様とエクレア様、ルシア様とピエネッタ様とでそれぞれパーティーを組まれ、そして2つパーティーが合同でクエストを行うよう手続きを取られてみてはどうでしょうか? 師弟で行動しないというのちょっとグレーゾーンでありますが、危険な場所には弟子は連れていけませんからないわけではない。いかがでしょうか?」
「では、それでお願いします」
雇い主はルシアなので、ここは彼が返事をした。
「はい、かしこまりました。では、まずエクレア様から、ノア様から、エクレア様が抜ける連絡と足の治療費の折半の提案が出ています。まずそこをクリアーしてしまいましょうか」
昨日の今日で、もうそういう連絡が来ているとは、さすがノア。いや、普通の事なのかな? どうだろう……。
「お金は無料だったので、大丈夫です」
「では、保険代わりのパーティーによる共同貯金から、エクレア様の分はそのまま聡神様とのパーティーに持ち越されます。初回分以上の金額は、クエストクリアー報酬と同様にいつでも引き出せます」と言った具合に私のパーティーの手続きは済む。
ルシア達の番になって、昨日の様にヨークさんがペンを、両手の手のひらの間から構築しだした時、今回も私は慌てて横を向いた。
「ダメー」と、その時、ビエネッタちゃんの声が響く。横を見るとルシアがビエネッタちゃん目隠しをされている。
「王子、ここギルドは裏ではやばいって評判なんですよ。軽はずみに魔法を読み解かないでください」そう彼女は王子の耳もとでコソコソと話すが、ヨークさんには聞こえた様で苦笑いをふたたびしている。
「ビエネッタ、見ないようにするからもう目隠しを隠して」
「絶対ですよ、ルシア様は関してはそういう所は信用出来ませんからね」
「それはひどいなー」
そして、今の所はだが、すべての手続きが終わった。
トントン
扉がノックされ、「はい、どうぞ」と、言うと黒髪が美しいウェブをえがいでいる、綺麗な女性が入室してきた。彼女はワイシャツと深くスリットの入った黒いスカートを合わせ、現場方から昇進したって感じの、隙のない女性だった。そして左手の袖は、無造作に動き空を舞っている。
「こんにちは、この国へ、ようこそいらっしゃいました。王子様、ギルドマスターのリリアンヌです。大体の事は人伝に聞いてきました。たぶん貴方の希望通りに事は進んだと思います。だからこちらかの提案をもう1つ、街外れにギルドの保有する保養所があります。そこで住んで貰えないでしょうか? 今の季節には少し寒いでしょうが、いいところですよ。夜さえ越えれば、この街には人目があります。ですので街で自由に過ごして構いません。そう私は考えていますが、どうでしょうか?」
彼女は矢継ぎ早に話すと、ヨークさんの横に座った。声はやわらく、とてもギルドマスターという雰囲気ではない。
「では、そのようにお願いします」
そうルシアが言うと、リリアンヌさんはヨークさんを見る、彼は「失礼します」と言って立ち上がった。彼は何か手続きを行いに行ったのだろう。
「時間がかかるが、今日中にはハウスクリーニングも入り、問題なく住めるようになります。問題があったらヨークに」そう言って彼女はクスっと笑う。
「腕は大丈夫なんですか?」ルシアがそう脈絡なく聞く。
「うーん」彼女は少し楽し気に、そして少し困ったようにそう言った。
「この腕は、私が結婚相手の家というか、しがらみというか、そういう立場の人たちのもととへ、ちょっと挨拶へ行ったその時に。どうやら凄腕の呪術師がいたらしく、呪われてしまいました。教会へも行ったのですが、回復魔法をかけても腐り落ちてしまうのです。けれどそれだけの夫と結婚出来てたと思って諦めてはいます」
「僕がその手に触れてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。これが私です」
ルシアは彼女の横に腰をおろし、彼女の袖の袖口を左手に乗せ、ゆっくりと右手を彼女の肩へとあげていく。
「悪しきものは滅して、人は清浄でなくてはならない。夜の帳は朝日ともにあけるように清らかに、彼女の穢れも滅する」ルシアは呪文を繰り返す。
彼女も、無いはずの左手が痛む様で、その美しい顔をゆがめ「ヴゥ……」と言いながしら脂汗を浮かばせる。
そして少しずつ腕が出現してくる。それは魔法になれた私でも不思議な光景で、艶めかしい情景でだった。
彼女が黒髪で美しい女性だったこともあるもかもしれないが、やはりうまく言えないけれど人間が腕だけでも再生させるような行為は、遥か原初の再現をみるような気持ちにもなるし……なんだろう。
禁忌であり、禁忌であるほどの素晴らしい御業なのだが、不思議となまめかしいとしか言いようがない。
彼女の左手がもとに戻ると、「まぁ、凄い。でも、私はさっきの私のままかしら? ない左手をそれでも、大切なものを手に入れた代償として素晴らしいと、思っていた私はどこへ行ったのかしら? でも、今の私はそれでも……ルシア様、貴方に感謝しています。貴方はこれで2人に心を救ったのです。ありがとうございます」
そう言って彼女は静かに笑った。
トントントン
「はい」と、リリアンヌさんは、扉の前に立つ。
そして「見てヨーク」と、言って後ろに隠していた両手を彼に見せると、彼はいきなり顔を覆う。
「ダメだ!? 見えない」と言って少し泣いている彼は、顔を上げ眼鏡をはずし、そこら辺の台へ無造作に置いた。そしてリリアンヌさんの手を丁寧に調べる。
「ふふふ、実はさっき言ってた夫がヨークなの」彼女はこちらを向きながらそう言った。
彼が、嫁に呪いをかける家の息子さん……。
そしてヨークさんは、そんなリリアンヌさんの体を今度はしっかり抱きしめる。
「あらら、この子ったらお客様の前で」
「俺にはそういうのは関係ない」と言って彼女にキスしだすのを、私たちは茫然と眺めていた。しかしリリアンヌさんに彼は、無理やり剝がされて「公私はしっかり! 仕事を頑張って」と言われると、彼は髪を整え、口に付いた口紅を手でふき取り眼鏡をつける。
「家の方のメンテナンスの依頼も致しました。それが終わる夜には、入れると思います。では、失礼します」と何事もないように仕事をしだした。
「彼はうちの禁忌に触れちゃったんです。そしてそれを利用しておいたをする前に、今の彼の同僚に捕獲されてしまいました。でも、どうも彼のいた組織から逃げられない状態だったらしいので、私預かりに。その後、うちと彼の古巣が本格的に揉めてしまって、私の腕もあんな状態になってしまうしで、いろいろありまして結婚しました。けれど彼は私の腕の事、とても気に病んでいたので、このたびは本当に助かりました。ありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げた。
そしてそんなリリアンヌさん良かったですね、でも、おめでとうでも違う。
私たちはただ彼女という人に、敬意を示し深々と頭を下げるしか思い付かなかった。
そしてさよならと別れの挨拶をして、応接室を出た時、ヨークさんが接客しながら普通の顔をしてこちらに手を振っていた。
なんか、不思議な状態だなと思いながら、手を振りギルドを出る。
「よし! 新居決定ですー! 次は雑貨などを買いましょう!」
「「やったー!」」
そう言って、ふたりは元気よく走って言っちゃうので、ちょっとお兄さんお姉さんの聡神さんと私は、驚きすぎてしばらくそこで棒立ちになっていた。
続く
見ていただきありがとうございます!
またどこかでー。




