父の思い2
「――ジークを呼べ。」
命じた声が廊下に響いてから、さほど時間は経たなかった。
扉が静かに開き、銀髪の騎士が足を踏み入れる。
ジーク・ヴァイス。
私が最も信頼する男であり、互いに遠慮のない言葉を交わせる、数少ない存在だ。
「ずいぶんと慌ただしいな。何があった。」
鋭い蒼眼が私を見据える。
私は躊躇なく告げた。
「セレフィーナが、宮殿を抜け出した。」
ジークの眉がわずかに動く。だが、それ以上は表情を変えず、低く問うた。
「……そうか。して、俺に何をさせるつもりだ?」
「追え。そして、必ず連れ戻せ。」
「ふむ。」
短く唸ったジークは、静かに歩み寄ると、窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「少し……自由にさせてやる気はないのか?」
私はその言葉に眉をひそめた。
「ない...」
低く冷えた声で答える。
だが、ジークは臆することなく、さらに続けた。
「だが、アルフ。あの娘も年頃だ。自らの目で外の世界を知りたがるのは、当然のことだろう。」
「だからこそ、許すわけにはいかん。」
私はきっぱりと言い切った。
娘への情がないわけではない。だが、それ以上に守るべきものがある。
「もしも万が一があればどうする。奴らは常に王家の隙を狙っている。セレフィーナが囚われでもすれば、国を揺るがす事態になりかねん。」
その厳しい声に、ジークは小さく息を吐く。
「わかっているさ。だが、だからこそ縛りつけすぎれば、あの娘はますます手の届かない場所へ行くだろう。」
「……ジーク。」
睨むようにその名を呼ぶと、彼は肩をすくめて笑みを浮かべた。
「アルフの気持ちも痛いほどわかる。だがな、無理に連れ戻しても、心までは縛れない。俺が出向いて無理やり引き戻すより、アーサーに任せるのはどうだ?」
「アーサーに?」
意外な名に、私は目を細める。
「あぁ、あいつはセレフィーナと幼い頃から一緒に過ごしているし、何よりあいつはセレフィーナに強い気持ちを抱いているからな。俺よりかは柔らかく接することもできるだろう。無論、放任はしない。必要とあらば、きっちりと連れ戻す。……だがまずは、あの娘の本心を探らせてはどうだ?」
私は沈黙する。
ジークの言葉は理にかなっていた。
セレフィーナは強引に連れ戻されれば、さらに反発を強めるだろう。
だが、アーサーなら――。
考えを巡らせた末に、私はようやく口を開いた。
「……よかろう。ただし、必ず戻すという約束のもとだ。」
「もちろんだ。」
ジークは軽く笑う。
「安心しろ。あの娘を野放しにはしないさ。俺にとっても可愛い娘のようなものだからな。」
私は重くうなずいた。
胸の奥に、わずかな不安が渦巻きながらも、それを押し殺す。
王として、父として。
私は絶対にあの子を連れ戻す