自由を求める王女
イルミエル王国の第一王女・セレフィーナは、宮廷の広間に立ち尽くしていた。豪華なシャンデリアがきらめいている下では、絹のドレスに身を包んだ貴族たちが優雅に会話を交わしている。きっと世の中の大半の女性はこのような場所に来てみたいと夢みるものだろう、だが彼女の心はここにはなかった。
(はぁ...こんな世界、息が詰まりそう。いっそのこと、抜け出してしまおうかしら)
この国の王女として生まれた瞬間から、彼女の人生は決められていた。王族としての品位を保ち、人々の模範となるように礼儀正しく振る舞うーー。何もかもが窮屈で、自由がなかった。
そんな生活が続くうちにセレフィーナは思うようになっていた。
『一度でいいから、普通の生活を送ってみたい』と。
(そうだ!!お父様に許可をもらえばいいんだわ!!)
「マリア、お父様に明日お話がしたいと伝えて来てくれる?」
「....お話、ですか?」
「ええ、そうよ!」
「....セレフィーナ様、"もしかして外で暮らしたい"などとおっしゃるわけではありませんよね?」
「ち、違うわよ!」
「はぁ、あの方がそれを許可してくれるとでも思ってるんですか?」
「と、とにかく、伝えて!」
「どうなっても知りませんよ?」
「わかってるわ」
侍女がため息をつきながら去っていくのを見送り、セレフィーナはぎゅっと拳を握る。
(許可してもらえるかはわからないけどずっと何もしないよりはいいはずよ...)
ーー次の日、セレフィーナは意を決して、部屋を出た。向かった先は王の執務室。分厚い扉の前で深呼吸し、そっとノックをする。
「入れ」
中から響く低い声に、セレフィーナは身を引き締めて扉を開いた。室内には重厚な机が置かれ、その向こう側には国王であり父親でもあるアルフォンスが座っている。銀髪を整え、厳格な雰囲気をまとった彼の前では、どんな貴族も一切逆らうことなく頭を垂れる。しかし、セレフィーナは怯むことなく父を見つめ返した。
「お父様、お時間をいただきありがとうございます。今日はあることについて許可をもらいたいのです。」
王はペンを置き、娘を見つめる。その眼差しには威厳があったが、どこか柔らかさも滲んでいた。
「...なんだ?」
彼女は唇を引き結び、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「——私に、宮殿の外で生活する許可をいただけませんか?」
そう言った瞬間、室内の空気が凍りついた。王の表情からは穏やかさが消え、代わりに険しい皺が刻まれていた。
「何を言い出すのだ。王女が宮殿を離れるなど、許されることではない」
「どうしてですか! 私はただ、普通の生活を——」
「王女であるお前に、普通の生活など必要ない」
王の声は冷たく響いた。それ以上の反論を許さぬように、厳しく突き放す言葉だった。しかし、セレフィーナの瞳は揺るがない。
「……やはり、許可はいただけませんか」
「当然だ。もう二度と、このような話はするな」
王は、もう話すことは無いと言うかのように再び手元の書類に目を落とした。
(やっぱり、簡単には許してくれないか……)
セレフィーナは静かに頭を下げ、部屋を出る。扉が閉まった瞬間、拳を強く握りしめた。
(なら……自分で自由を掴むしかない)