男の子の正体?①
ーー朝
セレフィーナは、湯を沸かし、布を温めて男の子の額を拭いた。
彼の体は汗に濡れ、時折うなされては、かすかに指を震わせる。
「3日も経っているのにまだ目を覚まさないわ……」
魔法で身体中にできた傷を治し一命をとりとめたものの、出血で失われた血がすぐに戻るわけもなく回復に時間がかかっているみたいだ。
セレフィーナは今日も男の子のそばに椅子を置そっとき、読みかけの本を開いて、声に出して読み聞かせる。
「……“そして小さな王子は言いました。星は、あなたが見上げたときにだけ、輝くものなのだと。”……」
男の子は反応を見せないけれど、少しでも早く回復して欲しいと思いながら読んだ。
◆◆◆
四日目の朝。
セレフィーナは男の子の着替えをしようと、あの日男の子が着ていた服に目をやった。
魔法で綺麗にしたばかりの服を手に取ったとき、何かがポロリと落ちた。
「……これは」
布の隙間に隠すように縫い付けられていた、小さな革袋。
中を覗くと、干からびたパンくずと、硬貨が数枚、それに――
金属で作られた小さな紋章が入った指輪だった。
それは、王都からは遠く離れた東方の辺境領・ディルア家の家紋だった。
(どうして……こんなところに。しかも、こんな小さな子どもが持っているなんて)
ディルア家といえば、辺境の古い名家だが、数年前に何者かによって一族みんな殺されてしまったはず...
幼い跡継ぎだけは遺体が見つからなかったため生き残っているのでは――とそんな噂をセレフィーナも耳にしたことがある。
(まさか、この子が……?)
自分の知る限り、刻まれている家紋は本物だ。
セレフィーナは男の子の顔を見る。
汗で濡れた前髪をそっとかき上げ、魔法を唱えた
すると、額にディルア家の家紋が浮かび上がった。
(……家印だわ。身分証明のために、貴族が幼いときに魔法で額に家紋を刻む儀式の跡ーー)
一気に、胸が熱くなる。
彼は、生き延びるために傷だらけでも必死に逃げてきたんだ。
セレフィーナは、その重さをしっかりと受け止めながら、男の子の手を取った。
「ねえ……。あなたが何者かに命を狙われているとしても、私があなたを守るわ」
声に出すと、不思議と決意が強くなる気がした。
この数日間、彼を看病してきたことで、セレフィーナの中には確かに芽生えたものがあった。
それは“憐れみ”ではない。
どこか、自分と似た影を感じたからだ。
王族という高い身分の中であるために、自由を奪われ、本当の自分を誰にも見てもらえなかった彼女自身。
そしていま、どこにも居場所がなく、名前も、命すらも奪われかけているこの子。
(……私たちはきっと、似ている)
だからこそ、放ってはおけなかった。
◆◆◆
五日目の夜。
セレフィーナは、男の子の手を握ったまま、眠ってしまっていた。
窓の外では、静かに雨が降っていた。
その音に混ざって、小さな声が、闇の中でぽつりと響いた。
「……や……めて……っ……」
かすかな寝言。うなされているのだ。
セレフィーナはすぐに目を覚まし、男の子の頬に手を当てた。
「大丈夫。ここは安全よ」
すると――その声に反応するように、表情が穏やかになり、
ビクッと瞼が動いたあと、男の子の目が少しずつ開き始めた。
「っ、やっと目を覚ましてくれた!!」
……まだ焦点があっていないのか、瞬きを繰り返しているが確かに意識が戻っている。
「……誰……?」
やっと焦点があったのか、かすれた声が聞こえた。
「私はセレフィーナよ。」
男の子は戸惑ったように目を動かし、
それから――
「……セレ……フィーナ……?」
名前を、呼んだ。
その瞬間、セレフィーナの胸が締めつけられるほど熱くなった。
「……っよかった。ほんとうに……生きててよかった……」
そのあと、彼はすぐにまた目を閉じて寝てしまった。けれど、もうそれで十分だった。
意識が戻った。
命が、戻った。
それは確かな“始まり”の合図だった。