6話 共犯者に
「……は?」
レオンハルト様が目を見開いて驚いている。
手元の書類をそっと机に置き、私はもう一歩だけ彼へ近づく。
「共犯者になりましょう、と言ったんです。あなたが財務報告書を改竄している理由は、ヴィクター殿下の派閥を裏から崩そうとしているからですよね?」
言い切ると、レオンハルト様はわずかに目を伏せる。
薄い金髪が額にかかり、その奥の灰色がかった瞳が、まるで眠そうに見える。
「まさか……そこまで読まれているとはね。正直、君が改竄に気づいた時点で『しまった』と思ったよ。弱みを握られたかな、とね」
「弱みを握るも何も、私がそれを暴露すると思いますか? だって私も同じように、ヴィクター殿下を……倒したいんですもの」
倒す、という言葉を口にするとき、私は強く唇を結ぶ。
死の寸前まで追い込まれた記憶が蘇り、心臓がざわめくように震える。
だけど、二度とあの地獄は繰り返さないためにも、この人と手を組む価値がある。
「あの方は、国王になってはいけない人物だと私は思うんです。殿下もそう考えているから、少しずつ資金調達を妨害しているんでしょう?」
「……確かに。兄上が次の王になるなんて、考えるだけで背筋が寒くなる。周囲に集まる連中は利権を求めて動いてるだけで、国を良くしようなんて意思はさらさらない。結果、罪のない平民や貴族が被害に遭うだろう」
レオンハルト様は一気に言葉を吐き出すと、大きくため息をついた。
私が「無能王子」の仮面の下に隠れた本音を聞いたのは、これが初めて。
彼は心底、この国の先行きを案じているのだろう。
「それにしても、共犯者になれだなんて。僕はてっきり、君に弱みを握られて脅されるかと思ったよ」
「脅したところで、私に得はありませんわ。むしろ、あなたと協力し合ったほうがずっと効率が良い。私も、ヴィクター殿下をこのままのさばらせるつもりはないですから」
言葉に力をこめると、レオンハルト様は黙って私の目を見つめる。
「君こそ、どうして兄上を倒したいんだ? 財務報告書を読んで対策する程度で済む話じゃない。本気で追いつめるとなれば、僕たちは処刑される危険だってある」
「それは……」
「特に君は兄上の婚約者候補になっている。それなのにそこまでのリスクを背負う覚悟は、なぜなんだ?」
そこで来るか、と思いながら、私は少し迷う。
本当は「一度殺されたから」と叫びたい。
けれど、それを話すわけにはいかない。
代わりに、心に宿った復讐の炎を隠さず伝えることにする。
「――あの人は、私の尊厳を壊したんです。人生を、奪われかけた」
いや、実際に奪われたのだ。
人生を、命を。
だから――。
「――死んでも許さない」
「っ……」
声が少し震えたのを悟られないよう、私は背筋を伸ばして彼を見据える。
レオンハルト様が息を飲むように肩をこわばらせるのがわかる。
周囲には誰もいない書庫の静寂が、余計に私たちの会話を際立たせているようだ。
「エステル……君は本気で言っているんだな。尊厳を壊されたって……何があったんだ?」
「そこまでは言えないですが……」
どうせ信じてもらえないだろうから。
苦い笑みを浮かべながら、私はそっと拳を握る。
前の人生で受けた屈辱を思い出すと、いまでも体が震える。
あのヴィクターに裏切られ、最後まで裏切り者と貶されながら死んだ――それだけは二度と繰り返さない。
「でも、あの人をこのままにしちゃいけないという思いは、レオンハルト殿下と同じです」
「……まぁ、ね。僕は誰にも期待されてないから、こういう裏工作をしても気づかれにくいんだ。兄上が大っぴらにやっている資金集めを、ちまちまと減らす程度なら、表沙汰になりにくい。でも、君みたいに鋭い人がいるなんて思わなかった」
レオンハルト様は小さく笑みをこぼし、苦笑しているようにも見える。
私は一度死んで舞い戻っているから、彼が無能じゃないと勘づいていただけだけど。
「……君の覚悟は、わかったよ。そこまで言うなら、僕だって協力しない理由はない」
「じゃあ、共犯者になってくれますか?」
私が問いかけると、彼はうっすらと目を細め、少し悩むそぶりを見せる。
レオンハルト様は短く息を吐き、ほんの少しだけ肩をすくめる。
「……君の意志はしっかりしてるんだね。いいよ、わかった。僕たちはこれから共犯者だ。そう呼ぶのなら、あえて堂々と名乗ってやろう」
そう言いながら、彼はすっと手を差し出してくる。
淡い金髪が微妙に揺れ、灰色の瞳がこちらを射抜いている。
「ええ、よろしくお願いします。――共犯者同士、今後も仲良くまいりましょう」
私は微笑みながら彼の手を握る。
柔らかな手触りなのに、その奥には鋭い剣のような力を隠している人。
レオンハルト様もまた、無気力に見えて実は大きな火を抱えた存在。
彼が「無能王子」と言われているのは単なる隠れ蓑で、本当の敵はヴィクター殿下――。
「バレたら処刑されるな、僕たち」
彼は苦笑いしながら言う。
「でも、バレなきゃいいんでしょう? いくら殿下が王族でもまだ足を引っ張ることは可能です。私もあなたの改竄を手伝いますから」
言い切った後、私たちはもう一度だけ握手を強める。
暗い書庫で交わされる密約のような形。
まさに「共犯」に相応しいやり取り。
こうして、私とレオンハルト様は手を結んだ。
ヴィクター殿下を追い落とすための秘密の同盟。
前の人生で得られなかった協力者を、今度はきちんと味方に迎えられたのだ。
私は心の奥で、決意の炎をさらに燃やす。
――必ず成功させる。
この二度目の人生は、私が人生を勝ち取るためにある。