第二話
「はぁ、はー、はー、も、むり、ちょ、ちょっと休憩…」
どかっと勢いよく階段に座る。
制服のズボンが汚れていそうだが、この際は別だ。
とにかく足腰の疲れがひどい。もう1時間はずっと階段を登り続けている。心なしか、景色もずっと変わっていない気がする。
そう思いながら鞄からスマホを取り出して画面をタップすると、時刻は未だに14:22のままだった。
「はー〜?!うそだろ?」
こんなの絶対におかしい。
数分間、俺はずっと携帯を睨み続けた。
…が、時刻は先ほどから変わらない。
ニャー、と猫が急かしてくる。
俺はこんなに疲れているのに、なぜか猫はケロリとした顔をしていた。
なんでこいつは疲れていないんだ?
なんで時間は変わらない?
考えれば考えるほど疑問が増えてくる。
見上げると、木々の間から太陽が覗いていた。
もう随分経ったのに、太陽は全然傾いていない。それどころか動いてもいないようだった。
明らかに何かがおかしい。
そう思った瞬間、背中に冷たい何かが横切ったような気がした。
にゃあ、
「っ!!」
猫が先ほどよりも近い距離で俺を見上げる。
どこまでも深く、吸い寄せられるような瞳だった。
駄目だ。早く帰らないと。ここから逃げないと。
俺は振り返って急いで階段を降りようとした。
最初の一段を下りると、突如景色がガラリと変わり、俺は神社の鳥居の前にいた。
「……は?」
混乱したものの、一刻も早くここから離れたいという気持ちが強く、俺は急いで帰路についた。
「いのりー!」
誰かの呼ぶ声がする。
「ー〜…!ーー!」
何かを言っているようだったが、その声ははまるで水の中にいるように反響する。
「いのり!!」
「っ!!」
勢いよく起き上がって、辺りを見回す。
そこは見慣れた自分の部屋だった。
「はっ、は、」
心臓がバクバクと激しく鼓動する。
俺は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
「は、はー、」
内容は覚えていないが、嫌な夢を見た気がする。
…最近はずっとこの調子だ。
夢の内容は毎度覚えていないが、目覚める直前には、毎回誰かが俺の名前を呼んでいる。
階段を降りて洗面台へと向かう。
鏡に映る自分は酷い顔をしていた。
目元を指でなぞる。目の下のクマは日に日に濃くなっているようだった。
「…はぁ、」
着替えてからリビングに向かうと、母さんがキッチンで皿洗いをしていた。
「おはよう、いのり。」
「うん、」
「ゆうべ、…よく眠れなかったの?」
「…別に、」
俺は食卓に置かれていた一枚のトーストを手に取って玄関の方へ歩いていった。
「出かけてくる。」
「どこ行くの?」
母さんが焦ったようにパタパタとスリッパの音を鳴らしながらこちらに来る。
「…どこでもいいだろ、」
寝不足のせいか、母の度々の行動にイライラする。
そう言って玄関のドアを開ける。
「えっ、ちょっと!待ちなさっ」
バタン、
「……はぁ、」
こちらのことを心配しているのは分かる。だが今はその心配がすごく鬱陶しい。
俺は残りのトーストを口に詰め込むと、自転車にまたがった。