第一話
ちりん、
鈴を転がす音がする。
妙に目が覚めて、うたた寝をしていた体をベンチから起こす。
その鈴の音は耳によく馴染んだ。
「…って、猫か。」
視線を向けると、そこには石段に座る猫がいた。
首元の小さな鈴を結び留めている組紐が、木漏れ日に反射して淡く光を放っている。
「…なんだ、向かいの猫じゃん。」
大したことではない。ただ昼寝にと選んだ神社のそばのベンチで、向かいの家の猫を見かけただけ。
なのになぜか酷く落胆する自分がいた。
「ねこー、」
チッチッチ、と呼びかけてみるも猫はこちらをチラッと一度見ると、背を向けてしまった。
しっぽだけがそんな猫の心情を代弁するようにゆらゆらと揺れている。
「…はぁ、何やってんだろ。」
すっかり眠気も覚めてしまった。
ぐぅ、とお腹が鳴る。
とりあえず何か食べようと枕にしていた鞄をゴソゴソと漁ると、奥の方にノートや教科書によって少し潰された魚肉ソーセージがあった。
ラッキー、とソーセージの封を切ると、今度はかなり近くで、再びちりん、と鈴の音がした。
横を見ると、そこには期待の目でこちらを見つめる猫の姿が。
「んだよ、あげないからな。」
魚肉ソーセージを握る力を少し強める。
すると猫は甘えた声でニャー、と鳴きながらすり寄ってきた。
「な、」
さっきまではこちらが呼びかけても見向きもしなかったくせに。
「………はぁ、半分だけだぞ。」
そう言って俺は魚肉ソーセージを二つに折った。小さい方を猫に差し出す。
「ン、ほらよ、」
猫はそのソーセージを見て、俺の持っているソーセージを見た後、少し不満そうに鳴いた。
「分けてやってるだけありがたいと思え。」
そう言うと、猫は渋々といった様子で魚肉ソーセージにかぶり付いた。
ひと足先にソーセージを食べ終わった俺は毛並みのいい猫の背中を見つめた。
…俺の昼飯あげたし、ちょっとぐらい撫でてもいいよな?
恐る恐る手を伸ばす___が、猫は俺の手をするりと抜けてベンチから飛び降りた。
あ、と思うも束の間、猫はあっという間に石段の元へと走っていった。
「はぁ、調子いいヤツ、」
ため息をつきながらベンチにごろんと寝っ転がる。
腹も膨れたしもう一睡するか、と目を瞑ったが、何やら腹の上に重みを感じる。
目を開けるとそこには先ほどの猫がいた。
「…なんだよ?」
猫はニャー、と鳴くと、俺の腹を軽く蹴って地面へと着地した。
猫の姿を目で追いかけてみると、少し歩いてからこちらを見て、またニャーと鳴いている。
「着いてきて欲しいのか?」
そう言うと、猫はニャー、と先ほどよりも力強く答えた。
ベンチから起き上がってスマホを見る。
時刻は14:22。
家に帰るにはまだ少し早い時間である。
俺は鞄を肩にかけると、早くしろと言わんばかりにしつこく鳴く猫の後ろを追いかけた。