3.Abnormalities of Life
「つまり明星、あの家に審問官達を呼び寄せたのはお前じゃないという事か」
私が問い掛けると、明星は挑発するような視線を僕に向けた
「『そうだよ』って答えたとして、それに意味はあるのかな?」
道理だった
自然と溜息が出た
我々は現在、旧市街の一軒家に潜伏している
部屋には机も椅子も無く、私たちは物置の様な散らかった空間で、それぞれガラクタに寄り掛かって座りながら情報を整理していた
審問官を殺害した罪は軽く無い
明星自身もまた、今回の件で教会から悪魔であると断定されているのでは無いだろうか
しかしながら、いずれこういう日が来るという事を私は心の何処かでは知っていた
審問官の椅子を狙う者は教会内にも多い
そして陰謀とは多くの場合、最後まで誰にも一切の説明が成されないのだ
加えて、明星の存在も謎が多かった
「明星、お前は悪魔なのか?」
明星は目を細め、口の端を笑みに釣り上げた
「『そうだよ』って答えたとして、それに意味はあるのかな?」
これ以上の情報を得る事は不可能のようだった
とはいえ、もし明星に害意があった場合は既に私は生きていない筈だ
この潜伏先も明星の手配した場所だった
素性の解らない「悪魔」の指示に従うのは抵抗があるが、事実として明星はこの旧市街に詳しかった
情報は足りないが、考えたい事は多い
しかし私の思索は玄関の開閉音に遮られた
家の主が帰ってきたようだった
……よろめく足音
音の様子から、玄関の扉を閉めることさえ出来ない様子が伝わってきた
恐らくだが重傷を負っている
私が立ち上がると明星もそれに続く
扉を開き、家の主が苦しげな声を上げながらこの部屋に入ってきた
─いたい…いたい……
この家の主である女性、マトは全身に打撲を負った汚れた姿でひたすら呻いていた
痛みの事しか考えられない程の重症を負っている可能性がある
彼女は眼に涙を浮かべ、時折むせるように咳き込んでいた
「また街に乞食に行っていじめられたの?」
明星がマトに尋ねる
マトは帰宅した安心からなのか、ついに立っていられなくなり顔からうつ伏せに床へと倒れ込んだ
そして頭を両手で抱え、獣のような声でむせび泣いた
私にはそれが、彼女の魂自体の慟哭に思えた
「彼女は『悪魔憑き』だ」
屈んで覆い被さるようにしてマトを抱きしめながら、明星がこっちを見ずに言った
その手が汚れる事も厭わず、彼は泥の付いた髪を優しく撫でた
「だから仕事に就く事さえ出来ない、親が生きていた時はそれでも生きる事が出来たんだけど…」
─たすけて…たすけて…
マトが、うわ言のように助けを求める
私は正視に堪えなくなり目を背けた
「明星、お前は悪魔なんじゃないのか?どうにかする事は出来ないのか?」
それが合理的考えでない事は明らかだったが、それでも私は絞り出すようにそう言う事しか出来なかった
「出来ればどうにかしてるさ」
こちらからは明星の表情は伺い知れなかったが、答える明星の声は暗いものだった
しばらくの間、マトの泣く声だけがこの部屋で唯一の音だった
マトは泣き止むと、どこにそんな力が残されていたのか静かに立ち上がった
まるで決意に満ちたような、力強い立ち方だった
恐らく、また『あれ』が始まる
胸に嫌悪感がこみ上げて来た
《次回 第4話 "Rest in Peace"》