プロローグ
熱気立ち込める会場は本日も盛況ぶりを歓声と熱気で表している。
楕円上に設けられた観客席は、長軸が五百メートルにもおよび、対岸にいる人の顔を見ることはできない。反面短軸は百メートルもなくお互いの応援や怒号がよく聞こえていた。
観客が座るのはただ岩をくりぬいて作った、椅子とも呼べないまちまちな形のでっぱりだった。長い期間使用されてきたからか角は取れて丸くなり、表面は光沢をはなっている。
ここで開催されているのは『撒き散らしレース』だ。流線形の車体に申し訳程度の主翼をつけ、蒸気を噴射してロケットのように宙を飛び、直線を進む。全て搭乗者本人の手作りのため、機体の出来はピンキリだった。そのためレース中にパーツが剥がれ落ちることなど日常茶飯事で、完走出来ずに墜落することも珍しくない。
当然、搭乗者自身の身を守るものも剥がれる可能性がある。ゼロヨンを十秒ちょっとで突っ切る車体から投げ出されれば大怪我をし、当たり所が悪ければ簡単に死ぬ。それでもなお人々は速さを求めて余分な物を削ぎ落としレースへと向かう。
そこには名誉があった。命を懸けて勝負するにはふざけているほどちっぽけな名誉が。ドロッパー乗りは名誉のために鉄の棺桶に乗り、観客はその勇気に多大な歓声を送る。
この街にはそれ以上人々を熱狂させるものがなかった。
そして今日、そんな命知らず共に一人の少女が仲間入りする。
名はクローネ。クローネ・ツインバード。空に憧れる少女の物語が蒸気と雪の街で今始まろうとしていた。