8話 戦闘! 王都第七通りにて。
王都第七通り。
多くの商店が立ち並ぶこの場所は王都の中心から少し外れているものの、それを微塵も感じさせないほどの賑わいを見せている。
【エル・プルート】が本拠地を構えているのがこの付近のため、エデンは帰路としてこの通りを経由する必要がある。
そんな第七通りにて。
「…………むにゃ……ん……? もう王都……?」
「おはようアイシャ。ギルドに着くまで寝てていいぞ」
「だいじょうぶ……もう眠くないよ、エデ……エデン……⁉」
眠りから覚めたアイシャが最初に目撃したのは、えらく疲弊した様子のエデンだった。
その疲れは『旅の疲労が一割』、『括弧への魔力供給が一割』、『掴みどころのない括弧との会話で八割』という内訳なのだが。
それを知らないアイシャが思い至る理由はただ一つ。
「アイシャが重かったからだ……ごめんなさい……」
ただそれだけである。
彼女も立派な女の子だ。その顔は少しずつ赤くなっていく。
「私、エデンに迷惑かけちゃった……お、降ろしてぇ……!」
「違う違う。アイシャのせいじゃないって。だからまだ寝ててい――」
「ギ、ギルドマスターの命令が聞けないの?」
「……了解」
赤面して暴れるアイシャを背負い続けていたエデンだったが、ギルドの上下関係を出されると流石に従うしかない。
諦めてしゃがみ込み、恥ずかしがる上司を降ろす。
「ありがとうエデン。で、でも、今度からは疲れたらちゃんと報告してください。ギルドメンバーの状況をキチンと把握しておかなければクエストの成否に関わりますから」
「以後気を付けます」
なんて、エデンがギルドマスターモードのアイシャに怒られて(実際は照れ隠しのようなものだが)いると。
その和やかな雰囲気を打ち破るようにして、目の前の商店から人が転がり出てきた。
「ぐあっ!」
店の人間と思われる青い髪の少年は通りに並べてあった果物がたくさん詰まった箱にぶつかり、その中の商品が散乱した。
地面に倒れ込んだままで呻く少年、その顔からは殴られたような傷が窺える。
「喧嘩か? ギルド周りに比べるとこの辺りはまだ治安が良さそうなのに……」
「違うよお兄さん。ありゃいつもの取り立てだ」
「?」
「今回はいつもより大事みたいだけどな。なんにせよ関わらない方が良いぜ」
と、傍にいた男性はエデンに忠告をして人混みに消えていく。
エデン同様、近くの人々がザワザワと騒ぎ出す中――
「ロート! 大丈夫!?」
「うん、平気だよ姉さん……」
商店の中から駆けだしてきた少女はロートという名前の少年を支え、その身体を起こす。
彼女は長く美しい赤色の髪を振り乱し、彼に乱暴したであろう第三の人物の方を向いて言い放った。
「いきなり何すんのよ! アンタそれでもギルドの人間なの!?」
「――仕方ないだろう? 寄付金が出せないって言うなら、メリットとデメリットを説明しなおさないと」
そう言って商店から姿を現したのは、暗色のローブを羽織った魔術師のような出で立ちの男だった。
「この辺りの風紀を保っているのは我々【イオランテ】だ。我々がいなければ通りの商店は安全に営業ができない。違うか?」
「違うわ。アンタたちがそうやって店からお金を巻き上げなきゃ、みんなもっと楽に暮らせるの」
「まるでこちらが悪役のような言い方だな。安全を得るための対価だろうに」
「じゃあ王都に直接聞いてみなさいよ。『近場の店からショバ代を取ってもいいですか?』って!」
「……ふむ、強情な女だ。しかしいいのか? 我々の庇護下でなければこの店の商品は傷つけられるかもしれないし、盗まれるかもしれないし、悪評も立つかもしれないな」
「そうやって全部アンタらが手を回して、お金を払わざるを得ない状況を作ってるだけじゃない……!」
「待ってヴァイス姉さん……落ち着いて……」
今にも魔術師に飛びかかりそうな少女を、少年がどうにか抑える。
「どうにか切り詰めれば、今月分くらいはなんとか払えるかもしれない」
「ダメよロート。そんなことをして来月まで過ごしてたって埒が明かないんだから」
ヴァイスという名で呼ばれた女性は引く気配を見せない。
その目には強い意志が宿っている。
「…………」
場を静観していたエデンは少しずつ状況を理解していた。
どうやら、金銭問題で商店とギルドが揉めている様子だ。この通りで営業するためには高額の寄付金とやらを納めなければいけないらしい。
エデンは小声でアイシャに尋ねる。
「なぁアイシャ、ギルドってそういう事していいのか?」
「えっと……あんまり厳しい取り決めとかはないはず。商店側がお金を払ってギルドの中で商売をすることもできるし、逆に、ギルド側が利便性を高める為に商店や宿を誘致することもある。っておじいちゃんが言ってた」
「物知りだな」
「うん、頑張って覚えてたの。……でも、こういうのはよくないと思う。ギルドは人の暮らしを助けるためにあるのに」
目の前の争い事を見つめるアイシャの瞳は悲しげだった。
所属は違えど、ギルドという存在に関わりを持っている者として耐えられないのだろう。
「――とにかく! 私たちはもうアンタらの言いなりにはならないから!」
「そうか、お前も痛い目を見ないと分からないか。女の顔に傷は残したくないんだが」
「そんなセリフを言う資格、アンタには無いわよ!」
「黙れ、看板娘の顔の価値が落ちると――売り上げにも影響が出るぞ?」
「あうっ……!」
ギルドの魔術師はヴァイスの胸元を掴んで締め上げる。
まさに一触即発。今以上の惨劇が起きてもおかしくない。
それを見ている周りの人々もヴァイスと同じように不満を抱えてはいるのだろうが、彼女の二の舞になることを恐れて手出しできずにいる。
エデンはそんな光景をこれ以上見ていたくはなかった。
しかし相手はギルドの人間。ここで問題を起こせば面倒なことになる。
エデンの心にそんな迷いが生じた矢先。
「……エデン、いいよ?」
と、アイシャはエデンの服をクイクイと引っ張って合図を送る。
争いに介入したがっている彼の気持ちに許可を与えるように、優しく。
「二人を助けてあげて?」
そう言う。
エデンは、アイシャのその言葉で覚悟を決めた。
相手がギルドの魔術師だろうと、正しくないと感じたら立ち向かうだけだ。
彼女が自分の傍にいてくれるだけで、エデンは不思議と負ける気がしなかった。
「ありがとうアイシャ、ちょっと行ってくる」
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