6話 【魔究空間】ー1
さて、無事に木材を仕入れ王都への帰路についていたエデンだったが、ここで今回の外出において最も重大な問題が発生してしまった。
「アイシャ……? おーい、アイシャ?」
「うーん、ちゃんと起きてるよぉ……ちゃんと帰れるよ……」
「…………」
目の前で軽く手を振ってみるが反応がない。
アイシャがおねむである。
現在の時刻は既に夕方、あと一時間もあれば王都に到着するだろうが、アイシャはもうくたくたでフラフラだ。
「遊びすぎたか……」
「だいじょうぶだよ……アイシャねむくないよ? …………zzz」
「もう歩きながら寝てるな。うーん、これ以上歩くのは無理か」
「じゃあ、アイシャをエデンの魔法の中に入れて……おうちについたら出して」
「人が入って大丈夫なのか、あそこって」
多分ダメだろうな……とエデンはアイシャの提案を受け流す。
その代わり、エデンはアイシャの前にしゃがみ込んで――
「よし、ここからは俺がおんぶして行こう」
「んぅ、でも、それだとエデンが大変……」
「大丈夫だって、ほら」
「…………うん」
アイシャが背中に体重を預けたのを確認し、ゆっくりと立ち上がるエデン。
歩き出してほんの数分で、背中からはすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
(そりゃ疲れるよなぁ)
結局、アイシャはあの後もしばらく花を集めていて、帰り際にはそれらを全て持って帰りたいとエデンにお願いした。その結果【収納空間】は花だらけになったのである。
(アイシャを落としでもしたら大変だし、これは預けとこう)
エデンは【収納空間】を発動してアイシャからプレゼントされた花束を保管する。
帰ったら花瓶にでも活けようかと思っていたのだが……。
「待てよ、【収納空間】の中で木材とぶつかってバラバラになったりしないかな」
なんて不安をつい口に出してしまったところ。
『イイエ。その考えは杞憂です』
と、まるでエデンの言葉に答えるような声がした。
無機質で平坦な、女性のような声色。
アイシャの声ではなかったので周りを窺ってみるが、近くに人影はない。
「……? 俺も疲れてんのかな?」
『クリカエシマス。その考えは杞憂です。空間内に存在するものは全て独立した座標にて管理されています。使用者の意図なしで他の物体と重なることはありません』
「……誰だ? どこから俺に話しかけている?」
『ヘントウニコマリマス。【括弧】は個体ではありません。また、これは音声ではなく【収納空間】を発動している使用者の意識への通達です』
「えっとつまり、簡単に言うと俺にしか聞こえないってこと?」
『ハイ。その解釈で問題ありません』
「なるほど……で、どこから話しかけてるんだ?」
『ドコトイワレマシテモ。【括弧】は質量を持っていません。【収納空間】に供給される使用者の魔力を幾分拝借して起動しています』
「魔力で? 括弧は魔法なのか?」
「ハイ。その解釈で問題ありません」
一言前の言葉を、括弧は全く同じ発音で繰り返した。
エデンの考えが合っている時はこの言葉が返ってくるらしい。
「いやでも、【収納空間】が喋れるなんて話、今まで聞いたことないぞ」
『デショウネ。【括弧】はこのオリジナルの【収納空間】を統制するために造られた存在ですから』
「オリジナルって?」
『アアモウメンドウデスネ。数百年前、最初に開発されたこの【収納空間a】は広大すぎたので扱える人間が少なく、その後、物体を保管できる規模を縮小したタイプの【収納空間b】が開発されました。現在使用されている【収納空間】は全てbタイプです』
「え? じゃあなんで俺のはaなの?」
『シラナイデス。おそらく参考にした魔導書が古かった――いえ、年季の入った物だったのかと』
「…………」
なんか変なオプションがついてきちゃった。
頭を抱えようにもアイシャを支えているので手は動かせない。
「まあでも、別に性能が低いわけじゃないんだろ?」
『アタリマエデス。強力すぎたが故に【括弧】を用いて発動をサポートしなければいけないだけです。そして、【括弧】が思いのほか使用者の魔力を吸収するのでタイプaは闇に葬られた。それだけです』
「そんなに燃費悪いんだ……」
『オオグライナノデス。しかし、これだけ【括弧】と意思の疎通ができる使用者は久しぶりです。従来は「君、誰なの?」と質問をしてその答えを聞けずに気絶してしまう使用者ばかりでした』
「魔導書に『魔力が足りないと死にます』って書かれてたのはお前のせいか!」
『ハイ。その解釈で問題ありません☆』
「…………」
いくら会話が成立しているとはいえ括弧はあくまでも魔法だ。本来、人間のような感情や性格なんてものは存在しないはずなのだが……。
今回の肯定は、なにやら随分とお茶目な言い方だった。
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