5話 床が抜けたので新魔法を習得せよ!
「うわぁ、大きな木がいっぱい。草もたくさん生えてる……!」
「転ばないように気をつけるんだぞー」
「うん!」
「王都はどこも舗装されてるからなぁ、こういう場所はアイシャにとっては珍しいか」
と、楽しそうに森を駆け回るアイシャを見守るエデン。
彼の【エル・プルート】加入から一夜明けての翌日。
二人は王都を出て数時間ほど歩いた場所にある森を訪れていた。
普通なら、いち早くギルドの機能を復活させるために建物の手入れをしているはずだったが、イレギュラーが起こったためやむを得ずここへと足を運んだのである。
その状況を簡潔に重要な部分だけ切り取って回想させていただく。
◇
「さーて、それじゃあ今日は床の拭き掃除でもするか」
「おー」
「とりあえず一階のギルドスペースだけでも使えるようになれば――」
バキッ。
エデンの足元から嫌な音が聞こえ、二人が恐る恐る視線を落とすと――右足が床を貫いていた。
「エデン、だいじょうぶ……?」
「……床板を全面張り替えなきゃいけないみたいだな」
◇
とまあ、そんな具合である。
ギルドの予算は二人の生活費に換算して三ヶ月分ほどしか残っていないので、床一面を張り替えるほどの木材は買えないのだ。
しかし幸いにもエデンの生活魔法は木を切ることもできるので、それで木材を制作し床板として使用することができる。
問題は。
「木を運ぶのは大変なんだよなぁ。人を雇うお金はないし、往復するにも遠すぎる……」
ひとまず来てみたはいいものの、立ちふさがる課題にエデンが頭を悩ませていると、それに気づいたアイシャが声を掛けてきた。
「昨日の箒みたいに、木を浮かせて持って帰れない?」
「うーん、一瞬だけ持ち上げたりはできるけど、長時間の運搬となるとなぁ……」
「アイシャ、王都の人が魔法を使っておっきな荷物を小さいカバンに入れてるのを見たことあるよ。こーんなに大きいの」
と、両手を精一杯に広げて大きさを伝えようとしてくれるアイシャ。
どうやら、カバンには到底入らないサイズの物が持ち運ばれていたので記憶に残っているらしい。
「なるほどな。ちょっと探してみよう」
エデンは懐から魔導書を取り出し、ページをパラパラと捲ってそれらしい項目を探す。
「えーっと、【種火生成】【水分生成】【薬品醸造】に……」
「これじゃない?」
一緒に魔導書を覗き込んでいたアイシャがいち早く指をさした箇所には【収納空間】という文字が大きく見出しのように記されていた。
魔法名に特別な読みが伴っているものは、そうではない他の魔法に比べてグレードが高いことを表している。
「えぇっと、なになに……『自らの魔力を通じて異空間との接続を確立し、そこに多くの質量を保管することができる魔術です。使用には常人離れした魔力が必要となります。魔力量に不安のある方はご使用を控えてください。死にます』」
「『死にます』って書いてあるよ?」
「書いてあるな……」
「エデン、死んじゃうの……?」
「死なないさ。魔力の量なんて測ったことがないから分からないけど……まあとりあえずやるだけやってみよう。ヤバそうだったら中止すればいい」
と、エデンは魔導書に記されている手順通りに段階を進めていく。
「両手の親指と親指、人差し指と人差し指を合わせて、そこに魔力を集中していく……この時、残りの中指、薬指、小指で異空間を検索するイメージ……」
そうしてしばらくの間(アイシャが退屈そうに二回あくびをするくらいの時間)ジッとしていると、エデンが指先で作った空間に魔力の膜のような物が現れた。
「きれい。シャボン玉みたい」
「アイシャ、試しに何か入れてみてくれ」
「わかった」
アイシャは落ちていた木の枝を拾い、それをエデンの指の間に通す。
枝は膜を貫通することなく、ズプププ――とどこかに消えていった。
「うわぁ……! すごい……!」
箒の時と同じように目を輝かせて「もう一本だけ」と二本目の枝を探すアイシャ。
どうやらこの子、魔法を見るとテンションが上がるらしい。
「成功だね、エデン!」
「ああ、これならいけるかもしれないな。早速取り掛かろう」
意気揚々とエデンは立ち上がり、目の前にそびえる大木へと向き直る。
「そういえばエデン、オノは持ってきてないけど……だいじょうぶ?」
「ああ、問題ない。木は村にいる時に嫌というほど切ったからな。アイシャは危ないから離れてろよ――【魔刃伐採】!」
エデンの言葉と同時に発生した魔力の刃は一瞬にして大木を切り刻み、そこには手ごろな大きさに切り分けられた木材の山が出来上がった。
「なんだ? なんかいつもより切れ味が良いな。もっと時間が掛かると思ってたけど……まあいいか、早いに越したことはないし。よし、これを全部収納して持って帰――ん? どうしたアイシャ?」
何か恐ろしい物でも見たような顔をしているアイシャにエデンが尋ねると。
「こ、こんな威力の魔法が使えるのに、エデンは今までどこのギルドにも入らなかったの?」
「いや、なんていうか……俺にもよく分からない。ここまで強力な魔法になったのは今日が初めてなんだよ」
「エデンには戦闘職の才能がある。魔力量が他の人よりも多いんだと思う。じゃなきゃ、こんなすごい魔法使えないよ」
「村だと下から数えた方が早いくらい弱かったんだけど……まあ、いずれにせよ戦うのはなぁ……どうしようもない時は仕方ないけど、極力避けたい限りだ」
無益な争いを好む人間はいない。
無論、エデンもその一人である。
「さ、俺はこれを全部収納しておくから、その間アイシャは遊んでていいぞ」
「ほんと? 何かお手伝いすることがあったら呼んでね?」
「その時は頼りにしてる。あまり遠くには行かないようにな」
「うん、わかった!」
初めて訪れたであろう森の空気感をアイシャが堪能する間、エデンは【収納空間】を使って木材を保管していく。
発動に慣れてくると別に指先を常時くっつけている必要はなく、手を放して膜を広げればより大きな物も収まるようだった。
心配なのは容量だったがこれも特に問題ないようで、疲労感はあるものの、大量の木材を収納しても特に異常はない。
「ふぅ、疲れた。そろそろ食事にするか。まずは火を起こして――」
全ての作業を終えて一息つこうとしていると、不意に背後から呼び掛けられた。
「エデン、終わった?」
「ああ、一休みしたら王都に帰ろうか」
そう言いながらエデンが振り向くと、そこにはたくさんの花を抱えているアイシャの姿があった。
様々な色の花が美しく纏められており、それは綺麗な花束になっている。
「おぉ、よくこんなに摘んだな」
「うん、喜んでほしかったから頑張ったの。はい、どうぞ」
ぽふっ、と。
エデンはアイシャから花束を手渡された。
「お仕事おつかれさま、エデン」
そんな労いの言葉と笑顔まで添えられて。
つくづく天使のような少女である。なんならもう抱きしめたかったし、その無邪気さで疲れは吹っ飛んでいた。
「ありがとうアイシャ、大切にするよ」
「どういたしまして。それも収納するならアイシャが持っててあげる」
「ああいや、せっかくだからこれは手で持って帰ろうかな」
「そう? ねぇ、ところでエデン、今何しようとしてたの?」
「お昼ご飯の用意だよ。冷たいパンじゃ味気ないし、たき火で暖めなおそうと思ってさ」
エデンが余った木材に【種火生成】で火をつけると、アイシャはそれを興味深そうに覗き込んだ。
「焼きたてのパンかぁ、楽しみだなぁ」
そう呟きながらワクワクした様子で火を見つめるアイシャの――前かがみになった胸元にエデンの目が留まる。
……もちろん、その対象はワンピースの隙間から覗く控えめな膨らみなどではなく、彼女が身に着けていた「とある物」にである。
「アイシャ、その首から下げてる宝石って……」
「……ん? これ? これはね、昔、アイシャのお誕生日におじいちゃんがくれたの」
そう言ってアイシャが手に取って見せてくれたのは、とても小さくて――しかし異様な存在感を放つ深紅の結晶だった。
透き通るような、という言葉とは正反対に位置する見た目をしており、内部には亀裂のような模様がいくつも入っている。
「すげぇ、こんな宝石見たことない。なんか高そうだし大事にしまっておいた方が良いんじゃないか?」
「うーん……でも、おじいちゃんが『アイシャが危険な時に必ず守ってくれるから常に付けておきなさい』って言ってたの」
「お守りみたいなものか、それなら付けておいた方が良いかも――――お、そろそろ火がいい感じだぞ」
「やったぁ、ねぇねぇ、アイシャが焼いてもいい?」
と。
そんな風に、遅めの昼食を取るべくエデンたちがたき火を囲んでいる最中。
彼の傍に置いてあった魔導書のページが風でパラパラと捲れ、その最後のページを開いた後――別の方角から吹いた風により再び閉じた。
――――――――
【魔力増幅(禁)】
まず初めに、これは特定の動作を伴って発動する魔術ではなく、更にその対象が自身でないことを記しておく。
【魔力増幅】は自身の周りの対象生物の魔力量やその質を底上げする魔術であり、その効果は数十年に及ぶ鍛錬をも凌駕する。
かつてこの魔術が使用された戦争では、使用側の陣営が十倍の戦力差を覆した事例も存在する程だ。
ただし、使用には【龍結晶】と呼ばれる龍種の魔力が結晶化した物質が必要で、その入手は困難を極める。
人間が【龍結晶】を身に着けている間、当人の魔力と龍の魔力が合成され体外に溢れ出る事象――それをここでは【魔力増幅】と名付けさせてもらう。
そして、本項でなにより伝えなければならないのは、その希少さが呼ぶ「争い」である。
長い歴史の中で頻発する【龍結晶】を巡って行われる龍種討伐や国同士での闘争は、人間の本懐とはかけ離れているように考えられる。
魔法は人を守る術であり、人を貶める方法ではないからだ。
よって、この魔術を禁術とし、本書以外の魔導書への記載を禁ずる。
著 XXX・リラ・シャンXXラ『魔導XXへのXXX』第144項
――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございました!
★5をいただけると作者の励みになりますので、もしよろしければぜひ!