エピローグ1
「おぉ、遂に俺たちのギルドが開けるのか……!」
エデンはとうとう完成した【エル・プルート】の前で感嘆の声を漏らす。
【イオランテ】に関する一連の事件から一夜明けた今日、ギルドには第七通りの人々が多く集まっていた。
理由はもちろん【エル・プルート】の発足を祝うためである。
ヴァイスやロートを初めとした商人たちに加え、ブラオが率いる大工たち。それから、たった一夜しか経っていないのにケロッとした様子のメナトもいる。
「メナト、もう出歩いて平気なのか?」
「はい。私はメイドなので」
「いや、傷の治りにメイドは関係ないって……階段を頭から落ちてたよな? 目とか耳とか怪我してたら大変なことになるぞ。ちょっと見せてみろ」
「ふぇ⁉ いや、だっ、大丈夫です! なんともありませんから!」
エデンがメナトの銀髪を触ろうとすると、彼女は飛び跳ねるようにして後ろに下がった。
「……なんでそんなに嫌がるんだ?」
「嫌がってなどいないです。ご主人様でしたら身体のどこを触っていただいてもかまいません。ただ、私ごときにご主人様の手を煩わせる必要はないと判断したまでです。ポーションを使わせて頂いて【テオ・ジュピトリス】の方にも治療していただきましたので」
「でも、昨日は暗がりだったから見落としがあるかも」
「メナトはご主人様の前で耳を出すくらいなら胸を出します」
「なんで……⁉」
「なんででもです。……あっ、そうでした、私はこれからヴァイスさんに紹介していただいた第七通りの方々と親睦を深めようと思っているので、また後ほど」
メナトはペコリと頭を下げ、まるで逃げるようにしてこの場を去っていく、
「……いや、まあ、本人が大丈夫って言うならいいけどさ」
いくら括弧のポーションが上質とはいえ、怪我の具合から考えると流石に回復が早すぎるのだが……プラスな出来事だしまあいいか、とエデンはそれ以上深く考えなかった。
ギルドの壮大さに彼が見惚れていると、ブラオやロートが手を振りながら近寄ってくる。
「いやぁめでたいな兄ちゃん、ここを増設するときはまた俺らに任せてくれ!」
「ありがとうございますブラオさん。本当に助かりました。ロートもありがとうな」
「いえいえ、僕はそんな感謝されるようなことはしてませんから。それより、中に入らないんですか? 第七通りの皆のことを紹介しますよ?」
「ああいや、ちょっと人を待ってるんだ。また後でお願いするよ」
「わかりました。それじゃ先に失礼しますね」
エデンがギルドの中に入っていくロートたちを見送っていると、頭の中で声が響いた。
『オメデトウゴザイマス。使用者の目的が達成されたことを【括弧】は嬉しく思います』
「ありがとう括弧、ここまでやって来れたのはお前のおかげだよ。これからもよろしく」
『コレカラ……。あの、使用者。今回の【魔力増幅】によって供給された魔力が尽きれば、今度こそ【括弧】と使用者はお別れです。なので、それまでに【魔究空間】内の荷物を整理しておくことを……オススメします』
「ああ、そのことなんだけどさ、実は――」
『イエ。別に【括弧】は寂しくありません。今まで多くの人間と巡り合ってきたのですから、使用者との別れもそのうちの一つです。ただ、使用者のサポートを任せていただいている間、退屈しなかったのも事実ですから……ぐすっ……うぅ、本当はお別れなんて嫌ですぅ……エデン……』
「あの、泣いてるとこ悪いんだけど、案外別れないで済むかも」
『……ハイ? どういうことですか?』
「今、ヴァイスが王都に掛け合いに行ってくれてるんだ。【イオランテ】の検挙に貢献した功績で、アイシャの【魔力増幅】の使用許可を特例で貰えないか、って。【テオ・ジュピトリス】のパーティも助けたわけだし、いけるんじゃないかって、ヴァイスが」
『ト。ということは……』
「ああ、これからもよろしく――ってことだな」
『……ッ! も、もう! そういうことは早く言ってください! いいですか? 情報伝達を怠るのは非効率で、非生産的で、非――』
「ごめん、ヴァイスが戻って来たから切るぞ」
『使用者のバカ!!!! たまには【括弧】を優先してください!!!! もう!!』
「うるせぇ……」
脳内で響くとんでもないボリュームの声に頭を揺らされクラクラする中、エデンは小走りでこちらに駆けてきたヴァイスへ声を掛ける。
「……お疲れさま、早かったな」
「え、大丈夫? なんかフラフラしてるけど……」
「平気だって。魔法の扱いが下手なだけだから。それよりどうだった?」
「えっとね、とりあえず『駄目』とは言われなかったわ。申請さえできれば許可は貰えそう」
「おぉ、なら良かった」
「でもやることが山積みね。アイシャちゃんの件の前に、そもそも【エル・プルート】の活動が長い間止まってたから、諸々の手続きのためにギルドマスターが直接お城までお越しください、ですって」
「えー……なんか大変そうだな……」
「そんなこと言わないの。今日は皆でパーッとお祝いして、明日行けばいいじゃない。私もついて行ってあげるから」
「お前はもっと休めよ。今日だって俺が行ってよかったのに」
「それはお互い様。魔力を使い果たして倒れたんだから、エデンの方こそ私に任せてゆっくり休んでればいいの。さぁ行きましょ。アイシャちゃんの挨拶を見逃しちゃうわよ?」
「ちょ、わかったからグイグイ引っ張るなって」
走って帰ってきたばかりだというのに全く疲れの見えないヴァイスに腕を引かれ、エデンは【エル・プルート】へと入る。
「あっ、エデン……!」
大勢の来客で賑わう中、彼の姿に気付いた少女が人混みをスルスルとすり抜けてきた。
「エデン聞いて! アイシャ、こんなにたくさんの人の前でお話なんてできないよ……!」
彼女が不安げに言っているのは、この後に行われるギルドマスターからの挨拶のことだ。
一つのギルドが発足する以上それを宣言する場は必要不可欠で、挨拶を行うのは当然、そのギルドのトップである。
なので彼女がその大役を担当するわけだが……どこからどう見たって緊張している。
「どうしようどうしよう。何を言えばいいか分かんないよ……! ていうか、なんでこんな急にやるの⁉」
「本当だよな。俺も何日か経ってからやるもんだと思ってた。なぁヴァイスなんで?」
「なんでって、善は急げって言うじゃない?」
「だってさ」
「で、でも、どうしてそれをギルドマスターが当日に知らされるの⁉」
「もう諦めようアイシャ。覚悟を決めて落ち着こう。ほら、ゆっくり深呼吸するんだ」
「……う、うん。すぅー……はぁー……」
アイシャは胸に手を当てて呼吸を整える。
エデンたちの顔を見れたことで少しだけ緊張もほぐれた様子だ。
「不安なら一回練習しておこうか。まずは俺たち二人だけに向けて話してみるといい」
「あ、いいわねそれ。私も聞きたいわ」
「わかった。……わ、笑わないで見ててね?」
と、アイシャは恥ずかしそうに前置きをしてから話し始める。
「えっと、今日……じゃなくて本日、この【エル・プルート】というギルドが再び日の目を見ることができたのは、ここにいるみなさんのご厚意があってこそです。私たちを信じて協力してくださったみなさんに改めてお礼を申し上げたいと思っています。そして……うーんと、あとは何を言うんだったっけ……」
「無理に畏まった言い方をしなくてもいいんじゃないか? もっと自分の言葉で、いつも通りに喋ってもいいと思う。そっちの方が皆も喜ぶよ」
「そ、そうかな? じゃあもう一回……」
エデンのアドバイスを受けて、アイシャはもう一度――今度はリラックスして口角を上げた状態で言う。
「こんにちは。私はアイシャ・リラ・シャングリラ。この【エル・プルート】のギルドマスターです……! みんな、本当にありがとう! ……こ、これでもいい?」
「ああ、最高に良いと思う」
それはもう底抜けに愛らしくて、どこまでもキュートで。
良く言えました。と褒めてあげたくなるような可愛らしさだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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