36話 アイシャ・リラ・シャングリラという少女ー1
「……エデン…………エデン?」
「…………っ」
誰かに名前を呼ばれているような気がして――エデンはゆっくりと目を開く。
一番最初に焦点があったのは、こちらを心配そうに見ている少女の顔だった。
美しい黒髪の――天使のような少女がこちらを覗き込んでいる。
事前に彼女との面識がなければ「ああ、死んで天国に召されたんだな」なんて感想を抱いたことだろう。
「……アイシャか」
「うん。エデン大丈夫?」
「もちろん大丈夫に決まって……待てよ、どうしてここにアイシャがいる?」
エデンは状況を把握しようとするが身体が動かない。
こちらを覗き込んでいるアイシャの背景は【種火生成】によって崩壊した天井であり、そこから星空が見えている。
なので場所は移動していないはずだが……。
「あのね、エデンの帰りが遅いから、ヴァイスたちと一緒に衛兵さんを連れて様子を見に来たの。【イオランテ】のギルドマスターさんは捕まって、今はメナトさんや【テオ・ジュピトリス】の人たちの容態をチェックしてる。エデンは外傷無しだって。よかったね」
「いや、様子を見に来たのって……戦闘が終わってなかったらどうするつもりだったんだ。絶対に来るなってヴァイスには言ってたのに、まさかアイシャまで連れて来るなんて……」
「ごめんね。でも、怒ってるのはアイシャも一緒だよ?」
「……え?」
「エデンだって、アイシャが無理しちゃダメって言ったのに、また約束を破ってるよね?」
「…………」
エデンは思わずアイシャから目を逸らした。
そこを突かれると痛い。
「いや、別に無理してない……俺は元気だよ」
「倒れて一歩も動けないのに?」
「倒れてたわけじゃない。ちょっと疲れたから寝てたんだ。もう普通に動けるから」
「じゃあ、帰りはアイシャを抱っこして帰ってくれる?」
「…………」
「アイシャは重いから無理?」
「無理じゃない。絶対に無理じゃないけど、今はちょっと……」
「……もう」
虚勢を張るエデンを見て、アイシャは呆れるようにため息をつく。
そして、その小さな手でエデンの頬を静かに撫でた。
「約束、全然守らないんだから」
「……ごめん」
「ギルドマスターの言いつけは守らなきゃダメなんだよ?」
「…………ごめん」
「仕方がないから許します。アイシャは心が広いギルドマスターなので」
「ありがとう。ウチのボスは寛大で助かる……ん?」
アイシャに許されたエデンはそこでふと、違和感を覚えた。
だいぶ意識がハッキリしてきたから気付いたけど……なんだか距離が近い。
てっきり地面に倒れてる自分の傍にアイシャが座っているのかと思っていたが、それにしては顔が近すぎる。
無機質な屋敷の床に横たわっているはずなのに、後頭部も痛くない。
どころか、むしろ柔らかかったとなれば――辿り着く答えは一つである。
……なんで俺は、小さな女の子の膝の上に寝ているんだろう。
「ええっと、アイシャ、俺はどうしてこんな状態に?」
「そ、それは……」
顔を紅潮させ、モジモジと恥ずかしそうにしながらアイシャは答える。
「わ、私たちが来た時、エデンはここに倒れてて、それで、身体は何ともないから衛兵さんたちは他の人の救護を優先することになって、アイシャだけで様子を見てたんだけど……その、エデンが、硬い床に寝てるのが辛そうだったから…………」
「だから膝枕なのか」
「……ごめんね? 頭以外は痛いよね?」
「いや、むしろ元気が出た。また一週間くらい寝てなきゃいけないのかと思ったけど、こんなにも早くアイシャに会えるなんて」
「そう? ならよかった。ここに来てからずっと一緒にいた甲斐があったかも」
「ああ……なるほど」
エデンが見上げるアイシャの首元には、月光を受けた龍結晶がキラキラと輝いている。
彼女がずっと近くにいてくれたことで【魔力増幅】による回復が一度も途切れることなく進んだのだろう。
魔力を使い切って疲弊した身体がドンドン楽になっていくのを感じる。
しかしそれは、ただ単純にアイシャの魔力が流れ込んできているから――だけではない。
こちらを見下ろして「えへへ、エデン大好き」と無邪気に笑う彼女を見て、心からそう思った、
魔力以上に大切な物を――俺はアイシャから貰っていたらしい。
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