35話 決戦! VSイオランテのギルドマスター ー3
「へぇ、君も【魔究空間】を使うんだね」
括弧よりも先に結論を出したのはバラクだった。
目の前の空間から次々に氷の弾丸を生みだし、その矛先をエデンに集中させる。
バラクは、氷の雨を【魔究空間】で凌いでいるエデンを眺めながら不敵に笑った。
「初めてだよ、僕以外にこの魔術を使っている人間を見たのは。……うーん、これは面倒なことになったなぁ。【魔究空間】があるとダメージを受けにくいからさ、こうしてどっちも扱えるような状況だと決着が着きにくいんだよねぇ、多分」
「だったらお前が諦めろ。このまま時間が経てばセラたちも戦えるようになる。そうなったらそっちの負けだ」
「いいや? 攻撃の手数が増えたところで何も問題ないさ。それより、君の魔力が尽きるのが先じゃないかな。ふふ、大丈夫かい? ここに来た時よりも顔色が悪いよ?」
「……余計なお世話だ!」
エデンは再び【種火生成】を発動して氷の弾丸を一蹴したが、その炎はバラクの【魔究空間】によって阻まれ、またしても彼の攻撃が始まる。
(まずいな。他の人間を狙う陽動を仕掛けてこないのはありがたいが……それはこっちの魔力を消耗させることが目的だからだ……括弧、俺の魔力はあとどれくらい持つ?)
『カイトウ。既に30%を切っています。相手がどのような方法で【魔究空間】を発動できる程の魔力を確保しているかは未知数です。これ以上の戦闘継続は推奨できません』
(それは俺だって分かってるけどさ……このまま逃がしてくれるような相手でもないだろ)
「……ねぇ、君さ」
戦況は膠着しエデンの魔力が少しずつ削られていく中、バラクはまるで暇つぶしの雑談のようなテンションで喋りかけてきた。
「そういえばさっき、あのほら、最初に炎を出した時、『括弧』の名前を呼んでなかったかい?」
「それがどうした。そっちにもいるんだから珍しい物じゃないと思うが」
「いや、僕の方にも最初はいたけどさ、いらないから使ってないんだよ」
「……使ってない?」
「ああ、僕は体内に大量の魔力を取り込む禁術を幾つか併用しているんだけどね、そんな状態でも燃費が悪すぎるから、もう魔力の供給をやめちゃったよ」
「……括弧、そんなことできるのか?」
『マア……。理論上は可能です。【魔究空間】の発動や管理を全て自分で行うことはできますが……それには途方もない才能と労力が必要です。まさか【括弧】の創造主以外にそんな人間がいるとは』
「悪党なのに天才肌なのかよ、まったくもう……!」
「あはは、これが僕と君の差だよね。耐久力勝負になった時点で勝敗は決まっていたんだよ。だって、君はそんな役立たずを抱えてないとダメなんだから。アッハハハハ!」
バラクが勝ち誇ったように高笑いしている最中、エデンは自身の頭の中から『ブチッ』という音が聞こえた。
それはエデンの身体の何かしらが切れた音ではなく。
どうやら……悪口を言われた本人がお怒りの様子である。
『ヤクタタズ? それが【括弧】のことを指しているのであれば、今のは流石にイラッときました。使用者、あの男に伝えてください。お前は今からその役立たずに叩きのめされるのですと。ああいや、やっぱり直接文句を言ってやりますか』
「落ち着けよ。あれはただの挑発だ」
『オチツケマセン。自らが仕える使用者のサポートをすることは【括弧】の存在意義です。なのにそれを任せてもらえないなんて……そんなの、存在を否定されているのと同義です』
「…………」
頭の中に響く括弧の声は、普段よりも怒りを含んでいて、悲しみを帯びていた。
誰かに必要とされなくなる辛さはよく分かる。
だから括弧が今、同族に抱いている想いも、エデンは理解できる。
「だが、叩きのめすと言っても……どうやって? 相手の守りは堅いぞ」
『ウツテハアリマス。相手が【括弧】によるサポートを受けていないなら、こちらの【括弧】を射出して直接接触すれば相手の【魔究空間】へ強引に干渉できます。使用者はその隙を逃がさずに相手に打撃を与えてください』
「えっと、つまり?」
『ツマリ。【括弧】があの男の守りを崩すので使用者はぶん殴ってください』
「簡単に言ってくれてありがとう。了解した」
『ソレデハ。ここから先は別行動です。使用者、これより数秒間【魔究空間】の展開を維持してください。容量の大きいモノを排出するため相応の負担がかかると予測されます。相手の攻撃を凌ぎながらになるため負担は大きいです――実行は可能ですか?』
「当たり前だ。いつでもいい!」
『リョウカイ。【魔究空間】の制御サポートを解除します』
括弧が告げた瞬間、【魔究空間】の発動に掛かる負荷が全てエデンに集中する。
「ぐぅ……!」
括弧がいないとこんなにキツいのか!
「おや、どうしたんだい? 遂に限界かな?」
「そんなわけ……ないだろ。お前を倒す準備をしてるんだよ……」
バラクの嘲笑に対し、エデンは気丈に答える。
狡猾な優男を捉えている視界がボヤける。頭が痛い。全身から力が抜けていくような感覚で立っているのもやっとだが、それでも――括弧を信じて耐えてみせる。
そんな彼の思いに応えるようにして。
ズズッ――と。
エデンが展開している【魔究空間】から、人の指先のような物が覗いた。それは第一関節、第二関節と徐々に姿を現していき、やがて手のひら全体が露出する。
そこから更に腕、足先、脚、上半身、下半身と空間から顕現して――
エデンの前に一人の少女が舞い降りた。
ソレを「少女」と形容するのが正しいかは分からない。だが、エデンにはそう見えた。
白く繊細な四肢を持つ、金色の髪の少女。
腰元まであるその髪は、風に吹かれると空気に溶けてしまいそうなほどに流麗だった。
少女は降りかかる氷の雨を全て自らの【魔究空間】に取り込み、悠々とエデンへと振り返って、その穏やかな表情を変えることなく口を開く。
それは幾度となく聞いたあの音で、しかしある意味――初めて耳にする声でもあった。
『――お疲れ様です使用者。後は【括弧】におまかせを』
「お、お前、その姿……」
『一体何に驚いているのでしょう。今まで何度も【括弧】は人型になれると発言してきたはずです。ああそれとも、使用者の驚きは、この神々しいビジュアルについてでしょうか? だったら納得もいきますが』
「その性格……マジで括弧なんだな」
『はい、マジで【括弧】です』
「出てこられるならもっと早く出てきてくれよ。死ぬかと思った」
『こっちも大変なんですよ、使用者の残り少ない魔力をやりくりしてどうにか出てきているのでお喋りしている時間はないんです』
「ああそうかよ。だったら急いで決着をつけないとな」
と、二人は大階段の踊り場に立っているバラクへ向き直る。
彼はエデンとその隣の少女を見て不思議そうに目を細めた。
「へぇ、【魔究空間】の中って人も入れるのかい? いやそれとも『出れるのかい?』と言った方が正しいのかな?」
『どちらでも結構です。すぐに叩きのめすだけですから! 使用者!』
「分かってる!」
バラクへ向けて跳躍した括弧に続くようにして、エデンは階段を駆け上がる。
二人の接近を拒もうとするバラクの氷弾――弾幕のようなソレを括弧は全て蹴り払う。
そのまま彼女は空中で一回転し強烈なカカト落としを浴びせるが、それはバラクの【魔究空間】によって受け止められてしまった。
魔力で形成された膜が、括弧の攻撃を無力化している。
「素早い身のこなしだね。だけど近づいたのは悪手だ。残酷だけど、このまま足を【魔究空間】に取り込んで切断し――なっ!?」
バラクが驚きを隠せなかったのは、カカト落しを防がれた目の前の少女が、今度は一切躊躇をせずに【魔究空間】の膜に両手を突っ込んだためである。
「バカな……このまま僕が【魔究空間】を閉じれば腕を失うかもしれないっていうのに……いいねぇその勇気。じゃあお望みどおりに――!」
『残念ながらそうはなりません』
バラクの言葉を断ち切って、括弧はまるで硬く閉じられたドアをこじ開けるようにして、両手で少しずつ【魔究空間】の膜を引き裂いていく。
「なんだ……なぜ【魔究空間】に取り込まれない……?」
『フフ、貴方にも【括弧】がいれば答えてもらえたかもしれませんね』
括弧はそんな皮肉と共に口角を上げ、目の前の【魔究空間】を真っ二つに切り開いた。
そして。
『使用者、今です!』
「任せろ!」
括弧の後ろから飛び出したエデンはバラクに肉薄する。
攻撃が通るのはこの一瞬だけ。
この一撃に全てを込めて。
「――くらえ!」
エデンは右手を握りしめて拳を作り――それを全力で振りぬいた。
「ぐふっ……!」
ようやく叩き込めたエデンの一撃は正確に顔を捉え、その衝撃に耐えられなかった【イオランテ】のギルドマスターは――力なく膝から崩れ落ちた。
打撃をまともに受けたのは久しぶりだったらしく、既に白目を剥いて気絶している。
「や、やっと終わった……起きないうちにさっさと拘束しないと。それからメナトたちの状態を確認して、それから王都の衛兵に連絡、それから……」
エデンが次にやるべきことを考え付く限り羅列していると、唐突にその視界が歪んで全身に力が入らなくなった。
どうやら完全に魔力が切れたらしい。
「まずい……括弧、【魔究空間】の中に戻って、こっちにも魔力を回してくれ……」
『了解です。すぐに戻ります』
括弧はエデンの前に【魔究空間】を展開し、その中にトプンと飛び込んだ。
しかし身体の自由が戻ってくる気配はない。
『モウシワケアリマセン。【括弧】も今の戦闘で全ての魔力を使い果たしてしまいました。使用者の意識を維持するための魔力は譲渡できません。【括弧】はやっぱり……役立たずでした』
「いいや、よくやったよお前は。括弧がいてくれなかったらどうにもならないことだらけだった……まあ、マリーは無傷で済んでるし、セラの意識も戻ったのなら……大丈夫だろ」
冷たい床に身体を預けた感覚を最後に、エデンの意識はそこで途切れた。
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