31話 イオランテ潜入作戦ー3
さて、呼ばれたからには行かなければならないだろうと、エデンは席を立ちあがって二人の元へ向かう。
というか、元々はこのために来たんだった。
「危ない危ない……夜の魅力に飲み込まれるとこだった」
ローザと会話していて周りを見ていなかったため、エデンは改めて状況を整理する。
まず、メナトたちはうまく証拠を掴んだらしい。ヴァイスの胸元に刺さっているアレがそうだろう。だから目の前の大商人は瞼をピクつかせて怒っているわけか。
「アイスちゃん、メニトちゃん……今ならまだ間に合うよ? 大人しくそれを返せば許してあげるから。ね?」
「悪いけど無理な話ね。もうアンタの機嫌を取るのは嫌」
「ああそうかい……やんちゃな子だね。ううん、でも、ここから無事に帰れると思ってるのかな? おい、お前ら!」
大商人の怒号を合図に五人の取り巻きがエデンたちを囲む。
そしてさらに、店にいる大勢の黒服たちも応援に集まってきた。
「ぐふふ、捕まえてじっくりねっとり尋問してあげるからねぇ。一応男も呼んでるみたいだけど、たった一人じゃ多勢に無勢だよ?」
「一人ではありません」
指をポキポキと鳴らして戦闘態勢に入りながら、メナトは言う。
「1人と1メイドです」
「それは二人って言うんだ、メナト」
「ほんのジョークです。それよりご主人様、私の槍を一本お願いします」
「はいよ。だけどこういう狭い空間じゃ槍は不利だぞ」
「ふむ、それもそうですね。……では」
そう言ったかと思うと、メナトは【魔究空間】から受け取った槍を両手で水平に持ち――勢いよく膝に叩きつけた。
バキッ! と鈍い音がして槍は真っ二つに割れ、メナトは切っ先が付いていない片方を床に捨てる。
「これで扱いやすくなりました」
「…………」
エデンやヴァイス以上に引いているのは敵の方だった。
彼らはボディーガードとしてやってきたであろうエデンを最も警戒し、横の二人は眼中になかったからである。
それがどうだろう。さっきまで慎ましくソファに座っていた美女がいきなり槍をへし折ったのだから驚くのも無理はない。
それで戦意を削がれたのだろうか。
「――とうっ!」
「ぐえ!」
その隙を衝かれてまずは一人が、メナトの蹴りによって無力化された。
「お、お前たちかかれ!」
大商人の号令によって四人の取り巻きは二人ずつに分かれ、それぞれがエデンとメナトへ襲いかかる。
メナトは敵に突っ込んでいき、エデンはヴァイスを守るべく、彼女の前で立ちはだかるようにして相手を待ち構えた。
「よし……やるぞ括弧!」
『リョウカイ。【魔究空間】を戦闘状態で展開。現在【種火生成】、【水分生成】、【魔風錬成】を発動可能。いつでも出力できます』
「建物の中だから火や水はマズいよな。ここは一番被害が少なそうな――【魔風錬成】!」
魔術名を叫んだエデンの手から【魔究空間】を介して突風が吹く。
風は取り巻き二人をまとめて吹き飛ばし、たくさんのグラスが並べられたカウンターへと突っ込ませた。
ガラガラガシャン! とガラスの割れる大きな音が店内を埋め尽くす。
「な、なんか一番被害が出てないか……!?」
『シカタアリマセン。使用者の身を守るためですから出し惜しみは無しです』
「思った通りにはいかないな……色々と」
色々――エデンにとってもう一つ誤算があったとすれば、【魔風錬成】の凄まじい風圧によってヴァイスのドレスが捲れあがったことくらいか。
どうにか太ももまでで済んだものの、あと少しでも風が強かったらアウトだった。
「……エデン? なにあのエッチな魔法?」
「わざとじゃない。咄嗟の判断でああなっただけだ」
『シヨウシャ。やはり【括弧】の言った通りの使い方になりましたね』
「うるさい。それよりもメナトの加勢をするぞ」
『ドウヤラ。その必要もないようです』
「……?」
メナトの方を見たエデンの視界に入ったのは、最後の一人を鮮やかなハイキックで片付ける彼女の姿だった。
「殲滅完了です。ご主人様」
「…………」
エデンは思う。
槍いらないじゃん。買うなよそんなの。
いやまあ、彼女が本気を出すほどの相手ではなかったということか。
「さてと……じゃあ」
静まり返った店内にて、エデンは腰を抜かしている大商人の前に立つ。
周りの黒服たちは今の騒ぎで戦意を失っている。主にメナトのせいだろう。
彼らは戦闘職ではないのでそれも仕方ない。
「ひっ……! お、お前ら……! ワシをどうする気だ!」
「別に危害を加えたりはしない。欲しかった証拠は手に入れたしこのまま帰るさ」
「くそっ、【テオ・ジュピトリス】の奴らはボスが今夜始末すると言っていたのに……なぜここに……」
「……どういうことだ?」
大商人の口から漏れた一言が引っ掛かり、エデンは思わず尋ねた。
「どうもこうもないだろう。お前ら【テオ・ジュピトリス】が【イオランテ】を失脚させようと嗅ぎ回っていたことは筒抜けだ。だからボスはそれを逆手にとって奴らを始末しようとした。お前たちはその別動隊だろう」
「なるほど、な」
エデンは、大商人があの重要な書類を持ち歩いていた理由が腑に落ちた。
【テオ・ジュピトリス】も同じ目的で動いていて、大商人はそちらを警戒していたのだ。
「始末するのは今夜だと言ったな。そのボスとやらは今どこにいる?」
「ぐふふ……心配か? お前らのところのエースであるカインのパーティだぞ? 行っても助けにはならんだろう」
「……!」
カイン。
王都直属ギルドに席を置くその人物はエデンを騙し、王都へ置き去りにした。
アイシャに出会えなければ、今頃エデンがどうなっていたか定かではない。
今までの行いの報いを受ける時が来た、とも言えるだろう。
それだけの仕打ちを様々な人間にしてきたのだから。
しかし。
カインがいるということは、当然、その場にはセラもいる。カインの横暴のせいで彼女が巻き込まれるのは看過できない。
行かなければ。
そして、向かう以上は全員助ける。
顔を知っている人間が死ぬのは気持ちのいいものではないし――なにより。
こんな時、アイシャなら迷わず助けるはずだ。たとえ自分を貶めた相手だろうと、その相手が危機に瀕していれば彼女は絶対に助ける。
そんな心優しいギルドマスターが治める【エル・プルート】のメンバーであるエデンは、彼女の信念に従うことにした。
「まあ、流石にもう一度エデンとして会う勇気はないけど」
エデンは立ち上がって【魔究空間】から仮面を取り出し――それを装着する。
第六通りで売りつけられた仮面、案外付け心地は良かった。
「ヴァイス、メナト、今すぐここを出るぞ。早く行かないと手遅れになる」
「お、お知り合いなのですか?」
「ああ、勝手に死なれたら後味が悪い程度にはな」
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