30話 イオランテ潜入作戦ー2
よし、ここからが正念場ね。
と、ヴァイスは大商人の隣で気持ちを切り替える。
言動からして重要な役職に付いていそうなこの男から、彼女は情報を引き出さなくてはならない。
しかし。
「では私のお尻は果物で表すと何ですか?」
「えぇ? 何って言われてもなぁ……困っちゃうよ」
「…………」
席について早々これだ。
このまま変にメナトへ興味を持たれるのはまずい。
ヴァイスは会話の流れを先導するべく営業スマイルで切り出す。
「あはは、メニトちゃんおもしろーい。あ、大商人さんは何を飲まれます?」
「うん? えーとそうだなぁ、この店で一番高いの!」
「きゃー! 大商人さん太っ腹♡」
「おじさんは心もお腹も大きいからねえ! それだけじゃあないよ、あともう一つ大きいのがあって――」
「じゃあ黒服さんよろしくお願いしまーす!」
ヴァイスは大商人の会話をさりげなくスルーして注文を通す。
やれやれ、酔った人間の下ネタほど聞いていられないものはない。
「アイスちゃん聞いてよぉ、おじさんの大きい物が気にならないの?」
「えー……なんですかねぇ……?」
うわ、切り抜けたと思ったら喰らいついてきた。
この根性、商人として高い地位に昇り詰めるだけのことはあるわね、とヴァイスはある意味感心した。
「じゃあヒントをあげようか? 最初の文字は『ち』だよ」
「『ち』から始まる大きいものですか? うーん……」
「あ、わかりました」
その声を発したのはヴァイスではなくメナトだ。
どうにか苦笑いを維持しているヴァイスに代わるようにして、彼女は答える。
「大商人さん自慢の大きい物は『貯金額』ですか?」
「正解! メニトちゃん大当たり! ご褒美としておじさんの武勇伝を聞かせてあげよう。あのね、おじさんは昔小さな商店に雇われてたんだけど、そこの扉の立て付けが――」
「……………………」
は?
ヴァイスはなんとも言えない敗北感を味わっていた。
なにこの感じ、まるで私が淫乱みたいじゃない。
いや違う、わざとそういう勘違いをさせて恥ずかしがっている女の子を見て楽しむとか、そういうことでしょ? そうよね?
うぅ、もっと冷静に考えれば『貯金』は思いついたはず。よりによってあっちが第一候補に出るなんて、私は……。
「――で、こうしておじさんは【イオランテ】の商人としてのトップに立ったわけ」
ヴァイスが意味のない反省をしている間に話は佳境まで進んでいた。
ていうか終わっていた。
しかし、せっかくメナトが繋いでくれた道なので無駄にするわけにはいかないと、ヴァイスは気を取り直して口を開く。
「すごいですね、それじゃあ大商人さんは今、たくさんお店を経営してるんですかぁ?」
「そうだよ。この第六通りはおじさんが管理してる店ばかりだね。アイスちゃんもこの辺りでお買い物するなら安くしとくよぉ」
「そんなことできるんですかー? 私たちだけ特別扱いなんて」
「いいのいいの、ちょっとくらい平気。最終的に王都への報告を弄ればいいんだから」
言いつつ、大商人はアルコールの注がれたグラスを雑に口元へと傾けた。
――きた。
ヴァイスは気持ちを落ち着かせるように息を吸い、慎重に会話を進める。
「実は私ぃ、欲しいものがあるんです。それを大商人さんのところで買っちゃおうかな?」
「お、いいねぇ。何が欲しいの? お洋服? それともアクセサリーかな? アイスちゃんにはちゃんと正規の値段で売ってあげるよ」
「え? 正規の値段って……?」
「言葉通りさ。品質は下げて値段はそのまま。他の所よりも採算が取れる売り方ってこと。武器とかポーションも売ってるんだけどね、そういうのは『ものすごくいい商品』ってことにして売るんだよ。高級で体力がバッチリ回復するようなヤツって言ってさ」
「えー……そんなことしたらすぐバレちゃいそー……」
「平気平気。アクセサリーの宝石とかは素人が見て分かるもんじゃないし、武器やポーションはクレームを言う前に買った奴が死んじゃうんじゃない? なんちゃって。まあ、文句を言いに来ても水掛け論で凌げる範囲でやってるからさ」
興が乗って来たのか、大商人は武勇伝の続きを語るように意気揚々と続ける。
「あとはねぇ、その辺の生活に困ってるチンピラがかっさらってきた金品を買い取ってそれを高く売ったりもしてるよ。アイスちゃんも深夜の第七通りとかは近づかないようにね? 危ないから」
「あ、はい、あはは……」
ぎこちなく上がったヴァイスの口角が、かろうじて彼女の怒りを逃がす。
いけない、笑顔を取り繕うのが難しくなってきた。
こんなクズ、今すぐ怒鳴りつけて――いやダメ、尻尾を掴むまでは我慢しないと。
「でも本当に大丈夫なんですか? 大商人さんが掴まっちゃったら私悲しいですよ?」
「おほ、嬉しいこと言ってくれるねえ。今日は気分が良いから特別に、アイスちゃんにだけおじさんが大丈夫だっていう証拠を見せちゃおうかな」
大商人はそう言うと、取り巻きたちが止めるのも聞かずに、彼らが持っていた荷物から分厚い書類の束を取り出した。
「じゃじゃーん。おじさんのお店が王都に提出する売り上げ記録だよ。数字を細工して王都に出す分と、そうじゃない本当の記録。ちゃんと分けとかないと混乱するからねぇ」
「へ、へぇ、すごーい……」
一体何が出てくるかと思えば。
思わずヴァイスの演技が揺らぐほどのアイテムが飛び出てきた。
些細な事だろうとなにかしら情報を得られればいいと考えていたが、これは間違いなく一発アウトの代物である。
なんでそんなものを持ち歩いてるのよこの男は、とヴァイスは内心穏やかではない。
「そ、そういう物って大事にしまっておいた方が良いと思うんですけどぉ……?」
「うん、おじさんも普段から持ち歩いてる訳じゃないよ? アイスちゃんの言う通りいつもは自宅の金庫の中なんだけどさ、最近はおじさんたちのことを色々と嗅ぎ回ってる奴がいるからね。ボスからの命令で、こうして直接持ってるってわけ」
大商人は書類をパラパラと捲りながらそう説明する。
まさに絶好のタイミング。この機会を逃してはならない。
ヴァイスは自身の頭をフル回転させて作戦を考える。流石にメナトも書類の重大さには気付いているようだが、まだ動かずに彼女からの指示を待っていた。
(店にいる間に抜いたりしたら確実にバレる。この後、どうにかして二人きりになれば……いや、そういう時は普通に取り巻きが管理するのかしら。となると――)
「ねえねえアイスちゃん見てよ、最近おもしろいことがあってさ、ほら、この日の売り上げ、君たちのお給料の何十倍もの額じゃん? これね、なんと半分はたった一人の客から巻き上げたんだよ」
「……へぇ」
「なんでか知らないけど、すごくお金を持ってるメイドがいてさぁ、世間知らずでどんなホラ話も信じちゃうから店の商品を殆ど売っちゃったよ。それでお金を使い切っちゃったみたいだから、あとの世話はギルドの奴らに任せたけど……いいお客さんだったなぁ」
「それで……そのメイドさんはどうなったんですか?」
「さあね、アイスちゃんみたいに愛嬌があるタイプじゃなかったからなぁ、ギルドで雑用でもやらされてるんじゃない? あははは、世間に疎い奴の末路って感じ」
「…………」
ああもう無理無理無理。限界。私にしてはよく我慢した方だわ。
そう、ヴァイスは自分に言い聞かせる。
作戦なんて最初から決まっていた。
証拠を見つけ次第確保。それだけだ。
もう取り上げていいわ、とヴァイスは目でサインを送り、それを見たメナトが大商人の手から書類を奪い取った。
「わわっ! メニトちゃん……いきなりそんなことされたらおじさんびっくりしちゃうよぉ、大事な物なんだから返してね?」
「いいえ、これは私が預からせていただきます」
そう言ってメナトは立ち上がり、書類をヴァイスの胸の谷間に押し込んで隠す。
「ちょっ! どこに入れてんの!?」
「失礼、他に収納する場所がなかったので。現在、私の服は首元が空いてませんし」
「まったくもう……エデン来て! …………エデン?」
ヴァイスはエデンへ呼び掛けたが、返事がなかったので振り向いて彼の方を見てみる。
見てみると、エデンは桃色の髪の女性と楽しそうに会話していた。
「それでな、俺がカインたちを王都までサポートしてたのに、いざ着いたらもう用無しだって追い出されちゃってさ」
「えーひどい! 大変だったのによく耐えたね、えらいえらい」
「いやぁそうかな? 俺は別に自分が出来ることをやってただけで……まあでも、それから色々あってさ、今は新しいギルドに所属してるんだけど、ローザちゃんもよかったらおいでよ。話聞くのうまいし受付とか向いてるって」
「えーほんと? じゃあ転職しちゃおっかなぁ」
「そうしなよ、こんな可愛い受付の子がいたら絶対ギルドの客足も伸びるから――」
「ちょっとエデン! なに楽しんでんの!? さっさと来なさい!」
「うおっ! び、びっくりした……わかった、わかったから……ごめんローザちゃん、ちょっと用事ができたから行ってくるね」
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