29話 イオランテ潜入作戦ー1
「……ここだな」
第六通りの一角にある青い建物の前で、エデンは足を止めた。
辺りには食事やお酒を出している店が多く、昼間の喧騒とはまた別の雰囲気で活気づいていた。これなら口を滑らせる人間がいてもおかしくはない。
さっそく中へ入ろうとしたエデンだったが、入り口に立っていたガードに止められた。
「お兄さん、ここ結構高いですけどお支払いは大丈夫そうですか?」
「大丈夫だ、問題ない」
エデンが懐から取り出した大金(アイシャから借りてきた物)を示すと、ガードは頭を下げて扉を開いた。
「失礼しました。どうぞお楽しみください」
「どうも」
室内に通されたエデンは待機していた黒服に案内され、円形のソファで作られた席へ腰を下ろす。
この店は客席全体が個室ではなくホールになっていたので、不審な動きをしなくても他の席の会話がある程度聞こえてくる。
「お客様、ご注文、ご指名はどういたしますか?」
「指名はいいや、落ち着いた雰囲気の子と話したい。注文はその子に頼むから」
「かしこまりました」
黒服は深く頭を下げて歩き去っていった。
(……今ので合ってたかな? 来たことがないから勝手が分からん)
変な行動で向こうの気を引いて怪しまれるのは避けたいところである。
なので積極的で活発な子よりは、おとなしい子の方が良いだろうとエデンは考えた。
そうこうしている内、エデンの前でハイヒールの甲高い足音が止まる。
「こんばんは。お隣、失礼します」
どこか既視感のある上品な黒いワンピースを着た女性は、控えめな声量で挨拶を済ませてエデンの隣に座る。
「あ、どうもこんばんは……ってお前か」
見覚えのある格好だと思ったのも当然で、席にホステスとして付いたのはメナトだった。
「メニトです。楽しい夜にしましょうね、ご主人様……いえ、エデンさん」
「メ、メニト……もっと可愛い偽名にすればいいのに……てか、よりによって俺のとこか。三人中二人が同じ場所に固まっちゃうと効率悪いな」
「仕方ないです。本日雇っていただいた際、黒服の方に『君は新人だから逃がしても痛くなさそうなお客さんを担当してもらうよ』と言われました」
「まあ……こういうとこはそういうもんなんだろうけど、それを俺にバラすな」
なんだかさっそく幸先が怪しくなってきた。
落ち着いた雰囲気の子ね……言われてみればそうか。
だとしたら活発な子っていう条件の場合はヴァイスになってたんだろうか。
「なぁ、ヴァイスはどうしてる? 俺たちがこうしている以上、頼みの綱はあいつしかいないようなもんだ」
「ああ、ヴァイスさんはあちらの席です」
「どれどれ……」
エデンはメナトが指をさした方をさりげなく見る。
客席には男性と女性が数人ずつ座っており、ヴァイスはちょうど接客中のようだった。
「アイスです♡ 初めまして。どうぞよろしくおねがいしまーす♡」
「おー、新人の子? 可愛いね」
「お褒めいただき光栄でーす♡」
「…………」
目線を戻し、エデンはメナトに尋ねる。
「え、誰あれ?」
「ヴァイスさんです。名前は違っても見た目でお分かりになるはずです」
「いや、まあ、分かってはいるけどさ……」
ギャップがあり過ぎるわ。キラッと弾けるような笑顔が眩しい。
ロートを連れて来てたら失神してたかもな。
まあ、うまくやれているようで何よりだ。とエデンがヴァイスの新たな才能に驚いていると――なにやら店内が慌ただしくなっていることに気が付いた。
「なんだ? なんか黒服の人たちバタバタしてないか?」
「おそらく出迎えの準備をされているのかと思います。本日はVIPのお客様からの予約が入っているとのことでしたので、もしかすると――」
「「「お待ちしておりました!」」」
店内に響いた黒服たちの挨拶により、メナトの声はかき消された。
思わず声のした方向――店の出入口付近を見ると、そこには大勢の黒服から歓迎を受けている太った男の姿があった。
取り巻きを五人も連れていて、えらく値段の張りそうな服と手や首のギラギラとした宝石類から察するに金周りは良さそうだ。
その目つきは狡猾な獣のようだったが、戦闘に向いている体型とは言い難い。
(ということは、政治とか商業系の有力者か……?)
男が黒服に案内され客席に着くと、そこには既に大勢の女の子が待機しており、彼を待たせることなく接客に入った。
「あー、いらっしゃい店長さん。また来てくれたのー?」
「ノーノー、おじさんは店長じゃなくて大店長! あ、もちろん身体のことじゃないよ? おじさんはそんじょそこらの奴とは稼ぎが違うんだから大店長! 泣く子も黙る大商人さ!」
「あはは、大店長さんおもしろーい」
「今日もバカ共にいーっぱいガラクタを売りつけてやったからねぇ、遊びまくるぞぉー!」
「大店長さん素敵ー!」
「むふふ、まずはお酒のおつまみに、君の胸のおいしそうな桃をいただいちゃおうかな?」
「やーんエッチぃ♡」
「…………」
飲んでもないのに吐きそう。
聞こうとしなくても勝手に聞こえてくる下賤な大声にエデンは顔をしかめる。
とんでもなく大っぴらだが、ここに来るのは全員身内のようなものだから口を慎む必要はないということの表れでもある。
このまま聞き続けていれば何か情報を掴めるかもしれない。
「ヴァイスかメナトがあの席に呼ばれればいいんだが……」
「あの、ご主人様……じゃなくてエデンさん……ちょっとよろしいですか?」
「……うおっ」
大店長とやらの会話に集中していたエデンの耳元にヒソヒソと、メナトは真面目なトーンで話しかけてきた。
その囁くような声色に一瞬動揺したものの、すぐに立て直すエデン。
「どうせ誰も聞いてないから好きなように呼べ……どうした? なんか重要な事か?」
「はい。気になったのですが、あの方は何故おっぱいを桃に例えるのでしょうか? 普通はお尻では? 桃を胸に使ってしまって、あの方はお尻をなんと呼ぶのでしょうか?」
「知らねえよ。心底どうでもいい」
今はあの大店長とやらのワードセンスに引っ掛かっている場合ではない。
「ではもう一つ。以前お話しした、私に様々な品物を高額で売りつけた【イオランテ】の商人はあの男です」
「ふぅん、そうなんだ……いやそれはめちゃくちゃ重要だろ! そっちを先に言え!」
「そうした方が良かったですか?」
メナトが提供した話題の優先順位のせいでエデンはあやうく聞き流すところだった。
「ラッキーだな、まさか初日で会えるなんて」
「先輩方に聞いたところ、あの方は毎日ここに来ているそうです」
「じゃあ必然じゃん……」
「ここでスーパー指名ターイム!!!」
と。
大商人との出会いが別に幸運でもなんでもなかった事実はもう放っておくとして、店内には彼の大声が響いた。
大商人はその大きな身体で器用にソファの上に立って店内をグルリと見回し――
「いつもの子たちは飽きちゃったからなぁ。今日は新しい女の子を開拓しちゃおうか。よし、まずそこの赤髪の子! あとは……あっちの銀髪の子!」
そう言ってヴァイスとメナトに指をさした。
さされたメナトは目を細めて困惑している。
「ご主人様、ハイパー指名タイムとは?」
「スーパーな。いや別にどっちでもいいんだけど、お前が知らないなら俺も知らない」
「私がご説明いたします」
当惑している二人へ親切に声を掛けてくれたのは、近くにやってきた黒服だった。
「当店はVIPのお客様に限り、他のお客様を担当している女の子も即座に指名することができます。なので申し訳ありませんが、彼女とのお時間はここまでということに」
「あ、そうなんですか。わかりました。メニトちゃんまたね……」
一応、ここにやって来た客として残念がる演技をするエデン。
だがこれはまたともない好機である。【イオランテ】の商人の懐に潜り込めるのだから。
「それでは失礼しますお客様。すぐに別の子が参りますので」
黒服はエデンに頭を下げ、メナトを大商人の元まで案内しようと去っていく。
それからすぐさま、エデンの席には新しい女の子がやって来た。
「ローザでーす。よろしくね?」
と、鮮やかなピンク色の髪をした女の子は軽く挨拶を済ませてソファに腰を下ろす。
「ああどうも。エデンだ」
ローザへの挨拶をそこそこに済ませ、エデンは大商人の会話に耳を傾ける。
両隣にはヴァイスとメナトが座っており、大商人は怪しい目つきで二人を品定めするように眺めていた。
「君たち二人ぃ、新しく入った子だよね?」
「はい、アイスです♡」
「アイスちゃんかぁ、可愛い名前。髪も脚も長くて将来有望だなぁ」
「ありがとうございます♡ これからもずーっとアイスを指名してくださいね?」
「うんうん、もちろんだよ。ええっと、そっちの君は?」
「メニトです。よろしくお願いします」
「はいよろしく。いやぁすごいねぇ、アイスちゃんも十分スタイル良いけど、メニトちゃんはもっとおっぱい大きいねえ。ぐふふ」
「恐縮です。やはり私の胸も桃でしょうか?」
「君のはスイカだねぇ。おじさんとスイカ割りしようかぁ? なんちゃって」
「あの、では私のお尻は果物で表すと何ですか?」
「えぇ? 何って言われてもなぁ……困っちゃうよ」
ポリポリと頭を掻きながら、何かしら候補を出そうとする大商人。
だいぶ酔っぱらっている様子のあの男でさえメナトの言動にタジタジだ。
(なに聞いてんだアイツ……こうなったらもうヴァイスだけが頼り――)
「ねえエデンさん、よそ見ばっかしないで?」
ローザはエデンの顔を覗き込むように視界へカットインしてきた。
エデンの気を引くためなのか、その距離はかなり近い。
「ずっとあの子ばっかり見てるけど、そんなに気に入った?」
「ああいや、そういうわけじゃないんだけど……」
「じゃあ私にもエデンさんのお話聞かせて? ね?」
そう言ってローザがエデンの太ももに手を乗せて身体を密着させると、同時に彼の鼻を香水のいい匂いが刺激した。
(まずいな……)
顔は可愛いし身体は柔らかいし照明は暗いしいい匂いがするし……クラクラしてきた。
あぁ、なんかこういう所にハマる人間の気持ちが分かる気がする……。
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