3話 廃墟寸前のギルド【エル・プルート】へようこそ
「なぁアイシャ? いったいどこに向かってるんだ?」
「もうすぐつくからね、エデン」
「見た感じこの辺にはギルドなんてないぞ? 大体――おっと」
「ついたよ、ここ」
アイシャが急に立ち止まったことでエデンの発言は中断された。
彼女に連れてこられたのは、先程の路地裏から数分歩いたところにある建物の前だった。
その小さな体からは考えられない強引さで手を引かれて、道中にした質問も返ってくることなくここまでやってきたわけだが……。
「おぉ……なんていうか……」
エデンは目の前の建造物を隅々まで眺める。
治安がよろしくない通りの一角にそびえる大きな建物――窓が配置してある箇所から考えると二階建てのようだった。
年季の入った木材の外壁。汚れた窓ガラス。
それは一言で表すなら廃墟であり、ギルドどころか人が住めるのかどうかも怪しい。
「この建物って……アイシャの?」
「うん。七年前まではおじいちゃんのギルドだった。今はもう誰も残っていなくて、だからアイシャがここを管理してるの」
「……できてないけど」と申し訳なさそうに付け足すアイシャ。
こういう場合、普通は孫ではなく子供に引き継がれるものだが――両親はいないと言っていたし、余計な詮索はしない方が良いだろう。
「黙って連れてきてごめんなさい……でも、言ったら来てくれないと思ったから……」
「いいよ、アイシャは俺のためを思って行動してくれたんだろ? だから怒ってない」
「ほ、ほんと?」
「ああ、本当だ。さ、せっかく来たんだからとりあえず中に入ってみるか」
「……うん!」
何故か目的地についても繋いだ手を放してくれないアイシャを連れて、エデンは片手で正面玄関のドアを開く。
なんだ、外観はひどくても中に入れば意外と……なんてことはなかった。
「……すげぇな」
木の床は痛んでおり踏みしめるたびに「ぎぎっ」と不穏な音がする。部屋中ホコリだらけだし、窓ガラスはいつ割れてもおかしくない。壁や天井も――キリがないからこの辺りで打ち止めにしておこう。
そもそも鍵がかかってなかったしなぁ、とエデンは一階をぐるりと見渡す。
数十人の人間が集うことのできる広大なスペースは、向かって左に、元々酒場を兼ねていたであろうカウンターやテーブル席。向かって右に、依頼を張り出すクエストボードとその手続きのための事務カウンターという構造になっていた。
しかし、カウンターもテーブルもイスも何もかもボロボロで、かつての面影はない。
「や、やっぱりダメだよね。こんな所じゃエデンも嫌だよね……?」
「嫌ってことはないけど……なぁ、アイシャはずっとここで生活してたのか?」
「うん。二階は人が寝泊りできるように、部屋がいくつかに分かれてるから」
「そうか。大変だったんだな……」
「ううん、アイシャがもっと頑張ってれば、ここに残ってくれる人もいたかもしれないし、新しく他の人が来てくれたかもしれない。でも、アイシャが何もできなかったから……」
自らの行いを悔いる少女の姿は、エデンの目にはとても儚く映った。
本来であれば、今でさえ親に過保護にされていてもおかしくない年齢だ。
それなのに七年前からギルドを背負うなんて――
想像するだけで胸が痛い。
ただ実際問題、ここをイチから復興させるより何か別の仕事を探した方がまだ希望が見えるのは事実だ――なんて。
「……なんて、そんなことを考えてた自分がバカらしくなってきた」
クエストボード近くのカウンターに置いてあった「とある物」を見つけて、エデンは無意識にそう呟いていた。
古びたカウンターの上でそれだけはホコリを被っておらず、この建物の中で唯一、かつてのまま残っているもの。
それは、大の大人が二人が掛かりでやっと持ちあがるようなサイズ感の鉄プレートで、表面には文字が刻印されている。
【エル・プルート】
それは間違いなく、アイシャが受け継いだギルドの名が彫られた看板だった。
未だに高貴な輝きを保っているのは彼女の努力の賜物だろう。
「綺麗な状態で残ってるな。手入れが行き届いてて少しも錆びてない」
「えへへ……そう? これ、おじいちゃんがすごく大事にしてたから毎日磨いてたの」
ニコッと、アイシャはそこで初めて笑った。
人に褒められてつい口元が緩んだ、無邪気であどけない表情。
王都美少女ランキング一位に返り咲いたと言ってもいい――可憐な笑顔だった。
このプレートによって、アイシャの持つギルドへの想いは伝わった。
彼女のサポートをするより重大な仕事なんて他にあるだろうか。
少なくとも今のエデンにはない。
「アイシャ……いや」
深い敬意を表すため、エデンはアイシャの前に片膝をついて言う。
「【エル・プルート】のギルドマスターに話がある」
「えっ……!? そ、そそそれって、アイシャのこと……!?」
「他に誰がいるんだ?」
「で、でも……!」
いきなりのギルドマスター呼びに動揺してあたふたするアイシャ。
そんな彼女にエデンは懇願する。
「アイシャ、俺をこのギルドに所属させてほしい。ギルドマスターの許しがなければ入れない。どうかご回答を」
「うぅ……え、えっと…………」
しばらく恥ずかしそうにしていたアイシャだったが、やがて彼女は背筋をピンと伸ばして胸を張った。
それはもしかすると、昔見ていた偉大な祖父の姿を思い出して、その真似をしたのかもしれない。
アイシャは――
「私、アイシャ・リラ・シャングリラは、【エル・プルート】を統べる者として、貴方が当ギルドへ属することを、きょ、許可します……えへへ」
毅然とした態度でそう言った。
最後には嬉しさを抑えきれなかった様子だが、それもまた可愛らしい。
「ありがとうアイシャ。これからよろしくな」
「う、うん……アイシャ頑張る。何ができるか分からないけど、頑張るから……!」
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