22話 おはようございます、ご主人様
翌朝、目覚めたエデンの視界にはメナトの寝顔があった。
彼女の水晶のような瞳は閉じており、今は美しく繊細なまつ毛がそれを守っている。
「…………?」
あれ、メナトはアイシャと寝たんじゃなかったっけ? ああいや、ヴァイスとどっちが一緒に寝るかで口論になって、結局じゃんけんでヴァイスが勝ったんだっけ……だから四つあるベッドの内、俺と、メナトと、ロートと、アイシャ&ヴァイスで……うん、ちゃんと全員分あったんだよな……。
「じゃあなんでここにいるんだコイツ!」
だいぶ意識がハッキリして状況が飲み込めたことで、その異常さに気が付いて叫んだ。
「ん……んぅ……」
ベッドから飛び起きたエデンの声で、問題のメナトも目覚めたようだ。
距離が近すぎたので気づかなかったが、改めて見るとついでに服も着ていなかった。下着姿である。
「おはようございます、ごしゅじんさま……」
「お、おはようじゃないだろ、なんて恰好で寝てるんだ」
「メイド服を着たまま……寝るメイドはいません……ふぁ……」
眠たそうにあくびをして、腕をぐーっと上に突き上げ背伸びをするメナト。
「どうしてここにいる。お前の部屋は別に用意してもらったはずだ」
「分かりません。夜中にトイレに起きて……気が付いたら朝でした」
どうやら寝ぼけて部屋を間違えたらしい。
彼女がこの家の間取りを把握していないのも手伝って、ここに迷い込んだという訳だ。
「まったくもう……俺は先に降りてるからな」
「メナトもお供いたします」
「お前はさっさと服を着てこい」
ついてこようとするメナトを部屋に残してエデンは階段を下っていく。
目覚めが穏やかではなかったせいだろうか、疲れがまったく抜けていない気がする。
「アイシャを背負って歩き過ぎたから疲れたのか、メナトと戦ったから疲れたのか、ヴァイスをなだめていたから疲れたのか、どれだろう……」
そんなエデンの疑問の答えは頭の中から返ってきた。
『カイトウ。使用者の疲労の原因は、【括弧】が長時間【魔究空間】内で魔術のテストを行ったことで魔力量が低下しているためだと推測されます。そしておはようございます』
「おはよう……てかなにやってんだお前、また倒れたらどうする」
『モンダイナイデス。二の轍を踏まないよう魔力の管理は万全の体勢を保っています』
「そりゃどうも。で、あの魔導書を見てなんか良い感じの魔法は見つかったか?」
『ハイ。羅列します。【水分生成】、【魔風錬成(冷)】、【魔風錬成(暖)】。現在、使用可能な状態まで仕上がったのは以上です。【水分生成】は魔力を真水に変換することができ、【魔風錬成】は魔力で風を発生させます』
「水はともかく、風ってそんな役に立つか?」
『ソレハモチロン。ただの風ではありません。【括弧】の努力により強弱や冷暖の調整は自在です。使用者であればスカートを捲るのにも使えるかと』
「そんな使い方しないわ。俺はもっとこう、自分の疲れを取る魔法とか使いたい」
『フム。魔力をそんな消極的な用途に用いるのはどうかと思いますが……使用者の望む魔法に最も近いのは【魔力分裂】ですね。これは自身の魔力を分割して意識や身体を複製する魔術です』
「自分が二人になるってことか。確かに便利そうだけど、よく考えたら自分自身に仕事を代わってもらっても負担は減らないじゃないか」
『イエイエ。自分で自分をマッサージしてあげたり、危険な仕事には分身の方を送り出したりできます』
「うーん、別にそこまで必要だとは思わな――」
『ソレト。使用者が二人いれば、何か用事がある際でもアイシャ嬢に寂しい思いをさせずに済みます』
「訂正する。必要だ。今の俺に一番必要な魔法だった。すぐに使えるようにしてくれ」
『ザンネンナガラ。【魔力分裂】は禁術指定を受けているので、発動すると魔術協会に罰せられます。申請して許可を取るしかありませんが、この理由では通らないでしょうね』
「マジか、すごい良い魔法だと思ったのに……」
括弧と会話しながら一階に降りると、既にヴァイスが朝食の準備をしていた。
長い髪が邪魔にならないよう後ろで縛ってある。
ポニテ姿のヴァイスを見られるのは食事の前だけだ。
「おはようヴァイス、俺もなんか手伝うよ」
「んー? じゃあ適当に配膳しといてくれる?」
「了解」
昨日の怒りは引きずっていない様子の穏やかなヴァイスに安心しつつ、エデンが食器棚からお皿を準備している最中、別の部屋からロートがやってきた。
衣服の入ったカゴを持っており、見たところ家事の最中らしい。
昨夜は結局会うことがなかったので丸一日ぶりである。
「おはようございますエデンさん」
「ああ、おはよう。朝から忙しそうだな」
「いえいえ、そうでもないですよ。……ああでも、そうだ。姉さん、脱いだ下着はほったらかしにしないでちゃんと一ヵ所にまとめておいてよ。お客様もいるんだからさ」
「いやいやいや、それ私のじゃないわよ……!?」
「? だけど、どう見たって――」
と、そこで。
二階から降りてきたメナトが話を遮った。
「失礼しましたロートさん。下着を脱ぎ散らかしていた件、それは私の失態です。昨夜はお腹が減っていて判断能力が低下していました。以後気を付けます」
「……え? あの、えっと……どちらさまですか?」
「【エル・プルート】専属メイドのメナトと申します。以後お見知りおきを」
ペコリ、と頭を下げて椅子に着席するメナト。ロートはそれを横目にこっそりエデンへ耳打ちする。
「ちょっとエデンさん、人が増えているなら教えといてくださいよ。僕、今ものすごく失礼なことしちゃったんですけど……」
「別に気にしてないと思うぞ。悪いのも向こうだし」
「で、でもすごい冷たい顔してますよ? やっぱ怒ってるんじゃ?」
「無表情な奴なんだよ、元々」
「そうなんですか? ああ……下着のサイズとかで気づけてればなぁ、姉さんのにしては大きすぎるって思えてれば……いや、それが一番気持ち悪いか……はぁ」
朝っぱらから自らのやらかしを恥じ入るロート。
性格が良い人間というのは、ある意味損である。
エデンはそんなロートへ気遣いを兼ねて別の話を振る。
「そういえばさ、ギルドの方はどうなってる?」
「……ギルドですか? ええ、順調ですよ。エデンさんが木材を提供してくださったおかげで、明後日にはもう建物自体は完成です。ただ……」
「ただ?」
そう訊き返すエデンへ、少し切り出しにくそうな口調でロートは言った。
「大工の棟梁であるブラオさんが、エデンさんにギルド周りの環境のことで相談があるらしいんです。なんでも【イオランテ】に関する事らしくて……もしお時間があれば、今日にでも行ってみてください」




