21話 王都の夜は危険がいっぱいー2
「ついたぞ、ここだ」
エデン一行がヴァイスの家に帰りついたのは、すっかり日が暮れて夜になってからのことである。
時間の許す限り人員確保に励んでみたものの。何の変哲もない男と、可憐な少女と槍を背負ったメイドの三人組というのは実際のところ勧誘に不向きな構成だった。
結果、本日仲間になったのはメナト一人ということになる。
「ご主人様、ここはギルドではなく商店のようですが」
「まだギルドでは寝泊りできないからな、ここに住まわせてもらってるんだ」
エデンは歩き疲れて眠ってしまったアイシャを背中に携え、家の中に入る。
「ただいまー」
「あ、おかえりエデン、良い人は見つかっ……え、メイドさん?」
出迎えたヴァイスはエデンの隣に立っていた人物を見て、第一印象をそのまま口にした。
初対面である二人のため、エデンはお互いのことを紹介する。
「新しくギルドに入ってくれることになったメナトだ。で、こちらは【エル・プルート】と提携している商人のヴァイス」
「ヴァイスさん初めまして。メナトと申します。ご主人様のメイドとして力の限りを尽くす所存です。以後よろしくお願い致します」
「こちらこそ……ていうか、ご、ご主人様? エデンのことをご主人様って呼んでるの?」
「はい。メナトはメイドなので」
「ふぅん、そうなんだ……」
言いつつ、ヴァイスは意味深な目でエデンを見る。
「……別に俺が呼ばせてるわけじゃないからな」
「ホント? まあいいんじゃない? 礼儀正しくて可愛くてスタイルもいいし……エデン、こういう子が好きなの?」
「加入を決めたのはアイシャだ。だから胸の大きさは関係ない」
「髪型のことを言ったつもりだったんだけど? ロングよりボブの方が好きなのかなって」
「…………」
何故か。
エデンはヴァイスの言葉の節々に鋭い棘を感じた。
※
まあ何はともあれ、0か100で表すなら、彼女はメナトに対して好意的だと言える。
ヴァイスは感情をストレートに表現する性格のため誤解されがちだが、エデンが魔力切れで寝込んでいる間アイシャの面倒を見たり、通りの商人たちの意思を代弁して【イオランテ】の魔術師に意見を述べたりと、本来、非常に人間のできた人物なのである。
割と好意を持っている男がいきなり可愛い女の子を連れてきたからといって動じるような性格ではない。
もちろん、そんな彼女にも限界というものは確かに存在する。
しかしそれは【イオランテ】による悪質な集金のように、余程の事がないと訪れないものだと思われた。
思われたのだが。
「スープのお代わりをいただけますか?」
「…………」
夕食中、もう何度目か分からないその台詞を聞いてヴァイスの口元は引きつった。
最初は「たくさん食べてくれて嬉しいわ」なんてニコニコしていたヴァイスだったが、流石に五杯目を超えたあたりから怪しくなってきた。
「メナト、そんなに食べて大丈夫? お腹壊すわよ?」
「平気です。私はメイドなので」
「そ、そう? メイドは別に関係ないと思うけど……」
ヴァイスが困惑しながらメナトのスープをよそって再び席に着き、食事を再開しようとした瞬間――
メナトは空になったお皿を掲げながら言った。
「スープのお代わりをいただけますか?」
それを聞いて。
「いや食べすぎじゃない!?」
と声を張り上げるヴァイス。
ついにキレた。
エデンは薄々、メナトを連れ帰るとこういう事件が起こるんじゃないかなぁと予想していたので、それが悲しくも的中してしまった形だ。
もうベッドで眠っていてこの場にいないアイシャが羨ましかった。
「『たくさん食べてね』とは言ったけど、いくらなんでもでしょ! ちゃんと食べた分だけ働きなさいよアンタ!」
「努力はしますが、メナトは家事が得意ではありません。あまり期待しないでください」
「もーなんなのコイツ! こんなに食べるからそんな身体になるのよ!」
「私の身長はヴァイスさんよりも低いです」
「胸のことを言ってんの!」
「それは失礼。胸は戦闘中に邪魔になるのでメナトはあまり必要性を感じません。むしろ、私は料理の才能の方が欲しかったです。ヴァイスさんのご飯はとてもおいしくて、今まで食べたどんな料理よりも温かみがあります」
「……え? そ、そう? 中々嬉しいこと言ってくれるじゃな――」
「なのでお代わりをいただけますか?」
「もうないわよ! なんならロートの分をあげてもいいけどね!? 食べられるもんなら!」
「ロートとは誰です?」
「弟よ! 今は出掛けてるけどね!」
「では結構です。弟さんの分まではいただけません」
「くっ! 所々でちゃんとした良い子じゃない! これが見境なくバクバク食べる女ならブチギレられるのに……!」
(……もう十分キレてるけどな)
そう思いはしたが口には出さないエデン。わざわざ火に油を注ぐつもりはない。
頭の中で『シットデショウカ。先程の態度といい、ヴァイス嬢は使用者とメナト嬢が一つ屋根の下で暮らすことを快く思っていないようです。当然【括弧】も反対です』と誰かが何かを言っているが、先行き不安なエデンにはそれに耳を傾ける余裕はなかった。
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