19話 戦闘! VSクール系メイド!ー3
「――ごちそうさまでした」
と、メナトが空になった食器を置いたのは、それから僅か十分後のことだった。
「「…………」」
もうテーブルの上には何も残っていない。
アイシャとエデンは二人して顔を見合わせ絶句する。
これが通常の食事ならそこまで驚くこともないタイムだが、今回は量が特別だった。
メナトが空腹だということもあって、エデンは五,六人分の料理を注文していた。
そしてエデンとアイシャがそれぞれ取り分けていた一人分を食べ切ろうかというところで、メナトの「ごちそうさま」である。
ものすごく早いスピードで、それでいて食べ方は綺麗。
その鮮やかさのあまり、アイシャに至ってはもうパチパチと拍手していた。彼女が心を奪われる魔法を見た時と同じ反応だ。
「メナトさん足りた? ア、アイシャの分も食べる?」
「お気持ちだけいただいておきます。これ以上ご迷惑を掛けるわけにはいきませんので。それで、先程の話ですが」
「ちょ、ちょっと待て。こんなに早く話が再開するとは思わなかった……」
エデンは自らの分を急いで食べ終え、口元を拭きながら本題に戻る。
「えぇっと……何から話そうか」
「では、お二人の事情をお聞きしてもいいですか? 何故あなた方が【イオランテ】に狙われているのか気になります」
「それはまあ、俺たちが【イオランテ】の魔術師を倒しちゃったからだろうな。あいつらが第七通りの商店から金を巻き上げてるのが気に入らなかったんだ」
「この場所にいたということは、お二人はやはり【テオ・ジュピトリス】の人間ですか?」
「いや違う、俺たちは【エル・プルート】っていう――まあ知らないだろうけど、そういう名前のギルドに所属している」
「ふむ。なるほど。ギルド同士のいざこざというわけですか」
と、メナトは何を考えているのか察しづらい冷淡な表情で頷く。
戦闘中も食事中も、彼女はその表情を変化させることはなかった。
「なぁ、俺からも訊いていいか? メナトはどうして【イオランテ】の人間じゃないのに、人を拉致するような危ない仕事を引き受けたんだ?」
「お金がなかったからです」
「…………」
シンプルにも程があった。
ダメだからね、それ。
「正確には【イオランテ】でお買い物をしていたらお金が足りなくなったので、その埋め合わせとして仕方なく』でしょうか」
「借金返済のためかよ。何に使ったんだ?」
「幸運を呼ぶブレスレット、邪気を払うネックレス。金運アップのニーハイソックスです」
「金運下がってんじゃん……ていうか運気はアクセサリーに込めろよ」
彼女が身に着けているアクセサリーや衣服が急に悲しく思えてきたエデン。
ファッションとして見ればよく似合っているのがせめてもの救いだった。
「なるほどな、事情は分かった。悪徳ギルドで散財して、金欠で仕事に困ったからメイドに変装して闇討ちを狙ってた――ってことか」
「……? いえ、これは仕事着です。私は現役のメイドなので」
「え? 本物なの? メ、メイドがなんでこんな仕事を引き受ける必要が?」
「新しいご主人様を探している途中なので今はフリーです。前の職場はクビになりました」
「あぁ……そうなんだ」
なんとなく、訊かずとも理由は推測できてしまう。
「ただ正直なところ、私は家事が不得意なので、戦闘は案外向いている仕事だと思います」
「家事が苦手って……メイドなんだよな? 今まではどうしてたんだ?」
「家事は他の者が担当していました。私はご主人様に仇なす敵を打ち払うだけです。メイドなので」
「……いや用心棒じゃね? それって」
メイド服を着てるだけの戦士だ、それは。
しかし実際、近接戦闘では【魔究空間】を発動したエデンが防戦一方になる程の実力者であることは確かである。
「まあともかく、メナトはもう【イオランテ】に関わるのはやめた方がいいと思うぞ」
「何故ですか? あそこのブレスレットのおかげでこうしてご飯を食べられましたし、ネックレスによって邪気は寄ってきません。そしてニーハイは可愛いです」
「ブレスレットを買わなければお金は手元に残ってたし、邪気なんてもんは存在しない。そしてニーハイは似合っているが、それはその辺の洋服屋で買った方が安上がりだ」
「むむ、言われてみると一理あるような……しかし、あの槍の代金を返済するまでは【イオランテ】で働かないと……ところで、私の槍はどこです?」
「ここだ」
エデンは【魔究空間】から三本の槍を取り出しメナトに返す。
「ありがとうございます。うふふ、私の武器たちはやはり特別です」
自らの相棒を握りしめて満足そうな彼女へ、エデンは呆れるように言う。
「あそこで武器まで買ってんのかよ。メナトはまず服装を変える方が先じゃないか?」
「全財産でこの槍を購入したのでそんなお金は残っていません」
「それ、一文無しになる程高価には見えないが」
「なにを仰います。【イオランテ】の武器商人イチ押しの、竜をも貫く槍『ネクタリス』です。素敵でしょう? 期間限定で三本セットだったんです」
「槍はそんな何本もいらないだろ」
「二本分の値段で三本ついてくるんですよ? お得では?」
「……あのぅ」
メナトが自慢げに槍を見せびらかしていると、そこにアイシャが申し訳なさそうに口を挟んだ。
「その槍、王都の武器屋さんで普通に売っている鉄の槍をカッコよく塗装しただけだと思う。アイシャ、同じ形の槍をいくつも見たことがあるから」
「え、いえ、まさかそんなこと、あるわけが……」
「この食堂にも同じ槍を持っている人がいるし……お気の毒だけど、騙されてるかも」
「そんな……」
今までずっと怜悧な表情を保っていたメナトだったが、アイシャから衝撃的な事実を告げられて遂に限界が来たらしく、彼女は大きく息を吸ったあと――初めて口角を上げた。
「――フフ、この槍の次の獲物が決まりました」
「いやその獲物は絶対に突くなよ、捕まるぞ」
「突かないとやってられないです。私を騙した人間に罰を与えなくては……!」
「落ち着けって」
「ま、万が一ですが、相手が間違えて本物を渡した可能性はないでしょうか? だってこの槍があれば、その辺の人間は全く相手にならないんですよ?」
「それは槍が凄いんじゃなくてお前の実力だ」
「あぅ……嬉しいけど嬉しくありません……」
パタリ、と再び机に突っ伏して動かなくなるメナト。
随分と参っている様子だ。
(強いけどアホなんだよなぁ……)
一瞬、エデンは彼女を【エル・プルート】に勧誘しようかと考えたが、それを【イオランテ】に知られるとまた面倒なことになるし、人数の少ない駆け出しギルドの三人目としてはあまりにも価値観がぶっ飛んでいることも懸念材料だった。
よって、エデンはこの場からの離脱を試みる。
「まあこれに懲りたら、次からはもっと慎重に品物を選ぶことだ。それから、早いとこ新しい勤め先が見つかるよう祈っておくよ。さてと、そろそろ行こうかアイ――シャ!?」
別れの言葉を言って席から立ち上がろうとしたエデンだったが、急に顔を上げたメナトに腕を掴まれ身動きが取れなくなった。
そんじょそこらの女子の力ではない。ドラゴンにでも噛みつかれたのかと思った。
「……まだ何か?」
「あの、ご主人様にお願いがあるのですが」
「…………」
エデンの背筋は凍りついた。
もうその呼び方で……大体予想できてしまう。
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