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2話 ギルドマスター救出


 とまあ、そんな事件があったのがつい十分前。


 そこからエデンは、ひとまず今日の食事を確保しなければ――ということで仕事を探していた。


 とはいえ。


(王都じゃ火には困らないだろうし、魔力でベッドを作れても、ここには宿屋がめちゃくちゃあるからなぁ……)


 生活魔法を扱うものとしては、こういったインフラの整った街は天敵である。


 王都周辺は守りが堅く魔物も寄り付かないため、文明の発展が安定している。


(村に帰るには歩きだと一ヶ月はかかる。その間の旅費を貯めながら王都で生活するよりも、村へ向かいながら道中で冒険者のサポートをして稼いだ方が……けど万が一モンスターに襲われたらひとたまりもないし……どうするか……)


 お先真っ暗な感じが否めない中、それを打破すべくエデンはつい先程セラから貰った魔導書を取り出し、歩きながら開いてみる。


 最初の数ページには魔法を扱う上での心得が長々と記してあり、それを華麗に読み飛ばして、まず目に留まったのは――


「【種火生成】か」


 それは文字通り、野営でのたき火や料理、暖炉の着火などに使用する生活魔法の基礎中の基礎である。


(これは俺も使えるからな。さっさと次に――え? 『種火生成』って両手でやるものだったの?)


 ページを捲ろうとしたところ『使い方』の欄に『両手をしっかり構え魔力を集中して発動しましょう。片手だと魔力のコントロールが不安定になり、火力が極端に落ちます』と書いてある。


(マジか、いつも片手で適当にやってた……けど、普通に火は出てたよなぁ……?)


 実際、カイン達との旅の中でも、特にエデンの生活魔法について言及した者はおらず、(強いて言えばセラが「たき火あったかいね」と言って場を和まそうとしていた程度)なので、エデンも自身の魔法に違和感は持っていなかった。


「使う奴が少ないから間違ってても誰も気づかなかったのか。悲しいな、マイナー魔法っていうのは」


 こうなったら完璧に使いこなしてやろうと思い、数十ページに渡る【種火生成】の項目を端から端まで徹底的に読み込んでいくエデン。


 構え方、魔力の抑揚、使用時の息遣い、種火生成の歴史、オシャレな照明の作り方、と。


 ページが多いだけに不必要な情報が混ざっていた気もするが、何はともあれ読破した。


「よし、さっそく試し撃ちを…………ん?」


 ふと気が付くと、エデンは見知らぬ場所にいた。


 まあ、王都を訪れること自体初めてな彼にとってそれは当たり前のことではあるのだが、この場合、王都の賑やかな雰囲気が届かない場所、ということだ。


 魔導書を読んでいる間に大通りから外れてしまったらしく、辺りは人通りの少ない――言ってしまえば治安が良くなさそうなエリアだった。


(王都にもこういう場所があるのか。まあでも、ある意味安心だな。今はカツアゲされるためのお金自体持ってないし)


 しかしまあ、それでも絡まれないに越したことはないので、エデンは来た道を引き返そうと振り向く。


 その時。


「や、やめて……! 近づかないで……!」


 人通りのない路地の更に奥――裏路地の方から声が聞こえた。


 この鬱屈としたエリアにはふさわしくない、幼い女の子の声。


 それも、何かただならぬ雰囲気の。


「…………」


 聞こえてしまった以上、無視はできない。


 エデンは魔導書を懐にしまい、裏路地へと足を踏み入れる。


 声のする方に進んでいくと、角を曲がった先にはエデンよりも体格の良い大男と、そのすぐ傍に――声の主だと思われる少女がいた。


「た、助けて……」


 エデンの姿に気づいた少女は、か細い声で言う。


 裏路地の影とは似ても似つかない光沢を持つ黒髪が肩まで伸びており、その華奢な身体には薄い生地のワンピースを纏っていた。


 その姿はこの王都で最も可憐な存在であると言ってもいいはずなのだが、ひどく怯えた表情をしている今は――他の誰かにその座を譲っているかもしれない。


「ここで何をしている。その子から離れろ」

「……ああ? なんだてめぇは? こいつは俺が先に見つけた獲物だ。譲らねえぞ」

「その言い方、まさか……」

「落ち着けよ。何もこの子をどっかに売ろうって訳じゃねえ。ただ持っている金品を拝借するだけさ」

「……同じことだ。衛兵を呼ぶぞ」

「来ねえよ、こんなとこには」

「…………」


 エデンは視線の先を僅かに下へと向ける。


 目に涙を溜めて、今にも泣きだしそうな少女へと。


 あぁ、つくづく嫌になる。


 人ってのはなんでこう、悪い奴にまともな人間が振り回されなくちゃならないんだろう。

 元より引き下がる気なんてなかったが、今ので決意はより強固になった。


「立ち去らないなら実力行使に出るぞ」

「なんだぁ、やる気かよ? この体格差で強気ってことは魔術師か? だったらやめといた方がいいぜ。俺は魔術師にも喧嘩で勝ったことがあるからな。思いっきり殴っちまうぞ?」

「殴るかどうかは、これをみてから決めるといい」


 そう言って、エデンは両手を構えて空へと向ける。


 完璧な状態での発動方法を理解した今なら【種火生成】を最大火力で撃てば脅しくらいにはなるかもしれない。


 だが、これは賭けだ。


 まだ一度も試していない以上どうなるかは分からない。


 それでも、この少女を助けられる可能性がほんの僅かにでも自分にあるのなら――と。


 エデンは叫ぶ。


「【種火生成】――火力全開!」


 その瞬間。


 空に向けて大きな火柱が上がった。


 鮮やかな赤色の光線とも表現できるような、種火の域を超えた業火。


 この世界でトップクラスの実力者である王都直属ギルドの魔術師が扱う【滅却魔法】と同等――あるいはそれ以上の規模を誇る火柱は、王都のあらゆる場所から目視できるほどだった。


 火線は段々と細くなり、やがて消滅する。


 空気の焦げた匂いが立ち込める中、エデンは自らの手を見つめながら唖然とした。


「そ、空に向かって撃ってよかった……なに今の……!?」


 だが、エデン以上に驚いていたのは目の前の大男だった。


「ひっ、ななななんだよ!? あんなもん喰らったら丸焦げじゃねえか! 【テオ・ジュピトリス】の魔術師みたいな奴がなんでこんなとこに!」


 みるみるうちにその顔は青ざめ、大男は一目散に逃げていった。


 その様子を見届け、脱力するエデン。


「ふぅ……うまくいってよかった。もうだいじょう――」

「もう大丈夫」と言い終わる前に、エデンは駆け寄ってきた少女に抱きつかれた。


 エデンの服をギュッと握りしめるその身体は、まだ震えている。


「ありがとう……怖かったよぉ……」

「無事で何よりだ。すぐに両親の所へ連れていってやるからな」

「お、お父さんもお母さんもいない……アイシャはもうずっと、一人だから……」

「……そうか。それは悪かった」


 確かに、何か特別な事情がなければこんな場所に少女が一人でいることはないだろう。


 エデンはやるせなくなり、なんとか少女を安心させようと頭を撫でていると、それでいくらかは落ち着いたのか――彼女はエデンを見上げて再び口を開いた。


「……アイシャ」

「ん?」

「昔、おじいちゃんが、優しくしてくれた人には名前を名乗りなさいって……」

「ああ、アイシャっていうのか。自己紹介してくれてありがとう。俺はエデンだ」

「エデン……エデンは、【テオ・ジュピトリス】の人?」

「え? ああいや……俺はそんなんじゃないよ」


 【テオ・ジュピトリス】――その名前はエデンもよく知ってる。この王都ジュピトリスで最も大規模なギルドであり、国の式典などの警護も担当している格式の高いギルドだ。


 そしてなにより、カインらが所属しているのも【テオ・ジュピトリス】である。


 そのため、色々と複雑な心境ではあるのだが……。


 有名なギルドの魔術師に間違われたのだから多少は気分が良い。


「エデンはどこのギルドの人なの? アイシャ、お礼を言いに行かなくちゃ」

「お礼なんていいんだよ、俺はどこにも所属してないし」

「どうして? あんなに強いのに?」

「強いっていうか、あれは……」


 自分でもどうしてあんな威力になったのか分からない、とは流石に言えなかった。


 今は頼りがいのある人間でいないと、またアイシャを不安にさせてしまうかもしれないからだ。


「ギルドメンバーじゃないってことは、エデンは衛兵さん?」

「いいや、今はお金も仕事もないのが現状……あっ」


 言ったそばからやってしまった。


「エデン……お仕事ないの?」

「いやえっと、ギルドに入ろうとはした。でも色々あって話が無くなったからもう無理だろうな。誰かの口添え無しじゃ、何の変哲もない俺が所属できるとは思えないし……」


 ああ、なんかどんどん可愛想な奴になってる気がするわ俺


 我ながら情けない限りだと痛感するエデン。


 しかしそんなエデンへ、どこか嬉しそうにアイシャは言った。


「じゃあ……エデンも困ってるんだね?」

「え? ああ……そうだな、困ってる」

「ならアイシャと作ろう?」

「……何を?」

「エデンと、アイシャの、ギルド」



ここまで読んでいただきありがとうございました!

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