17話 戦闘! VSクール系メイド!ー1
「さて、それじゃあ気を取り直して……ひとまず食堂にでも行ってみるか」
「うん、おっきなギルドでごはん食べるのってアイシャ初めて。楽しみ」
「俺もだ。こういうところはやっぱ食事にもこだわってるだろうから……ん?」
昼食を兼ねて食堂を目指すことにした二人。
騒ぎのあった本館を出て屋外を歩いていたところ、エデンはある人物の姿が目に留まり、そのまま足も止めた。
「あれって……メイドさん?」
黒を基調としていて所々に白いフリルをあしらった服。
首元で切り揃えられた銀髪にはカチューシャ。
どこからどうみても、【テオ・ジュピトリス】の敷地内にメイドが立っていた。
違和感があるとするならば、貴族のお付として街中で見かけるメイドよりもスカートの丈が短く、背中には槍を三本も背負っていることくらいである。
……くらい、で済む違和感ではない気もするが、とにかく、彼女は無表情で手元にある紙を一瞥し、それから辺りをキョロキョロと見回していたのだった。
「ここ広いから迷ってんのかな?」
「案内してあげる? アイシャたちもあまり詳しくないけど」
「そうだな。……あの、メイドさん、もしかして道に迷ってる?」
「――はい?」
エデンに声を掛けられたメイドはこちらを向くことなく、遠方に視線を置いたまま怪訝そうに答えた。
「私はメイドではなくメナトです。そして迷っているのは道ではなく路頭。お金がなくてギリギリなんです。お金を貸してください。お金を貸してくださらないのなら立ち去ってください」
「き、金欠なのか……あっちの本館に行けばクエストを受けられるけど……」
「結構です。私は既にお仕事の最中なので。ここに来たのはターゲットが見つかる可能性が高いと思ったからです」
「人を探してるのか? だったら協力しよう」
「謝礼は出せませんよ。私自身、もう何日もご飯を食べれていませんし」
「さ、先になんか食べた方がいいんじゃない? 一食くらいなら奢るからさ……」
「お気持ちだけいただいておきます。私のご飯代は高くつきますので」
と、メナトと名乗るメイドは依然としてエデンたちの方を向かずに、熱心に辺りを観察している。
それほどまでに見つけ出したい人物のようだ。
「よし、分かった。じゃあさっさと見つけようぜ。いったい誰を探してるんだ?」
「お人好しな方ですね。まあいいでしょう。では協力してください――ターゲットの名前は分かりません。特徴は、魔法を扱う若い男性、中肉中背。黒髪です」
メナトは手元の髪に書かれている文字を淡々と読み上げる。
「幼い女の子と行動を共にしていて、先週、王都の第七通りで【イオランテ】の魔術師と戦闘を行っています。それからの行方はわかりません」
「……なるほどな」
「エデン、これって……」
あれ、なんか嫌な予感。
「【イオランテ】の魔術師を倒せるならば大手のギルドに所属している可能性が高いです。なので私はここに来たわけですが……見かけませんでしたか?」
「いや……心当たりはないな。ちなみにだけど、どういう理由で捜してるんだ?」
「理由は聞いていません。見つけ次第捕まえてくるように、とだけ命令を受けています」
「だ、誰に?」
「【イオランテ】の人間にです。あっ……こういうのって言っちゃってもいいんでしょうか。申し訳ありません、どうか忘れてくださ――む?」
そこで初めて、メナトは顔を上げてエデンと目を合わせた。
その冷たい瞳にジーっと見つめられながら、二人の間には妙な沈黙が訪れる。
「貴方、まさか……」
「いや、人違いじゃないか?」
「しかし情報通り幼女も連れています」
「幼女じゃなくて少女だ」
「どちらでも結構。これはこれは――今日の私はツイてます。非常にラッキーです。幸運のブレスレットを買った甲斐がありました」
そう言って、メナトは背中から慣れた手つきで槍を二本抜き――両手で構える。
「待てよ。ここは【テオ・ジュピトリス】の敷地だぞ。戦闘行為は禁止されている」
「では、おとなしくついてきてくださいますか?」
「それはちょっと……」
「ですよね。それでは交渉決裂ということで、失礼します」
メナトが言い終えた瞬間、その槍はエデンの眼前に迫っていた。
「……ッ!」
反応が間に合わず顔を逸らすことができない。目を閉じることさえ困難なスピードの突きはエデンの右目を完全に捉えた――が。
その矛先は即座に自動展開された【魔究空間】に飲み込まれた。
「むむ、なんですか、これは」
彼女が困惑して槍を引き抜いている隙に、エデンはアイシャを抱きかかえて距離を取る。
「アイシャ、危ないから目を瞑ってジッとしててくれ」
「う、うん、分かった……」
アイシャは言われた通りに瞳をギュッと閉じた。
彼女を人質に取られないよう、常に左手で抱えたままの戦闘になる。
エデンは体勢を整えながら、自分を援護してくれた【魔究空間】へお礼を言う。
「助かったよ括弧。危ないところだった」
『ケイカイシテクダサイ。今のは完全に目を抉られていました』
「ああ、分かってる」
分かってはいるが、エデンには戦闘に集中できない理由がいくつかあった。
まず、ここが【テオ・ジュピトリス】の敷地内であるため本腰を入れて戦うことはできないというのが1つ。
次に、アイシャへ危険が及んでしまわないか心配で仕方ないというのが2つ。
そして最後に。
「次で仕留めます」
そう言って地面を蹴りつけ距離を詰めてくるメナトの――スタイルである。
それはなんというか……王都に来てから出会った中で一番と言えば伝わるだろうか。
とにかく凹凸がしっかりしていて、もう揺れる揺れる。
そのサイズ感のせいでザックリ開いた胸元からは谷間も覗いているため、ハッキリ言って戦闘どころではない。
スカートも短いってのに激しく動くから見えそうだし――
「――ハアッ!」
「危なっ!」
メナトの一撃をどうにか避けて後退するが、すぐに双槍による追撃が飛んできた。
避けきれない分は括弧が【魔究空間】で受け流してくれているものの、劣勢であることに変わりはない。
『チッ。これだから男は嫌です。集中してください使用者』
「分かってるけど……!」
『イイデスカ。相手は手練れです。このまま戦闘が長引けばアイシャ嬢も危険です』
「そうだよな……よし。今度はメナトの槍を【魔究空間】でガッチリ受け止めてくれ。その隙に俺が格闘で制圧する」
『ソレハ……。使用者のエッチ。流石に【種火生成】で焼けとは言いませんが、わざわざ相手の懐に飛び込む必要がありますか? 触りたいだけですよね?』
「アホか。そんなわけないだろ。人様のギルド内なんだから派手な魔法は厳禁なんだ。というか、魔法が人間に嫉妬するなよ」
『チガイマス。嫉妬とかじゃないです。もっと健全に――じゃなくて安全に勝てる方法があると言っているんです! そうだ、使用者の魔導書でぶん殴りましょう』
「魔術の本だぞ!? そんな物騒な使い方を提案するな! よりによって魔法のお前が!」
「一人で何をベラベラと喋ってるんですか!」
「ぐっ――しまった!」
くだらない口論の隙を衝かれ、足払いを喰らってバランスを崩してしまったエデン。
その目前で、メナトは槍を構える。
彼女が指先を少しでも動かせば顔に穴が開きそうな距離だった。
「殺しはしないです。降参してくだされば無傷のまま拘束して連れて行きますので」
「断ると言ったら?」
「断らないでほしいですね。貴方が痛がる顔は見たくありませんから」
「……メナトは【イオランテ】の人間なのか?」
「いえ、違いますが。そんなことはどうでもいいでしょう? 早くしないと私もそろそろ限界――あぁ、ほら……余計なお喋りばかりしているから……もう…………」
急にフラついたかと思うと、次の瞬間、メナトはそのまま前方に力なく倒れこんだ。
その身体が地面とぶつかる前に、エデンは咄嗟に彼女を受け止める。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
「お、お腹が……」
「お腹がどうした? 痛いのか?」
心配するエデンへ、メナトは掠れるような声で言った。
「お腹が、ペコペコなんです……」
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