15話 王都の夜は危険がいっぱいー1
すっかり日が暮れて王都に明かりが灯る頃、エデンはヴァイスたちの家に帰り着いた。
ギルド修繕の様子を見学していたらこんな時間になってしまった二人。
二階は工事中でまだ寝泊りはできないため、しばらくはここにお世話になる予定だ。
「ただいまー」
「おかえりなさい、エデンさんにアイシャちゃん。もう夕食の用意ができてますよ」
と、二人を暖かく迎えてくれたのは先に帰宅していたロートだ。
テーブルには彼が用意してくれた料理が四人分並んでいる。
「ロートの作るご飯、おいしいんだよ」
「へぇ、それは楽しみだな」
そう言いつつエデンが席に着こうとした時。
誰かが階段を降りてくる足音が聞こえて――ドアがゆっくりと開いた。
「ふぁ~あ……ロート今何時ぃ? 私、めちゃくちゃ寝ちゃったんだけど……起きたらエデンもいないし…………エデン?」
「お、おはようヴァイ――ぐあっ!」
目元をこすりながら気だるげにしていた少女は、エデンを視界に捉えると一気に目を覚まし、その襟元を掴んで首をグワングワンと揺らす。
「エデン! 私があれだけダメって言ったのに勝手に出て行って! また倒れちゃったらどうするの!」
「悪かった悪かった悪かったって!」
「心配したんだからね!」
「俺に言わせりゃ一週間も寝てない奴の方が心配だわ!」
「口答えしない! お姉さんのいうことは聞くの!」
「大して変わらないだろ! ほぼ同い年くらいだと思うけど!?」
「あ、あのさ、姉さんが乱暴する方がエデンさんの身体に悪いと思うよ?」
「うるさい!」
ヴァイスをなだめようと割って入ったロートだったが、エデン同様、ヒートアップしている彼女に襟元を掴まれた。
「アンタもアンタで家に帰って來たなら私を起こしなさいよ!」
「寝かせててあげようと思ったんだよ……わかった。お腹すいてるんでしょ姉さん。だからそんなにイライラして――」
「お腹なんて減ってない! 朝から何も食べてないだけですけど!?」
「それを空腹って言うんだよね……!」
と、そこで。
二人を振り回しているヴァイスを止めるべく、彼女の洋服の裾をアイシャが引っ張った。
「よせアイシャ。巻き込まれるぞ……!」
「ねぇヴァイス、二人を許してあげて? ヴァイスがエデンを心配してるように、二人もヴァイスのことを心配してるの。もちろんアイシャもだよ? ギルドのために頑張ってくれるのは嬉しいけど、その分ちゃんと休んでほしい。だから……今夜は一緒に寝よ?」
そう言って、アイシャは愛らしく首をクイッと傾げる。
それを見たヴァイスは、まるで天使に出会ったかのようにうっとりしていた。
「そうね、ちょっとやりすぎたわ。ごめんなさい。……じゃ、ご飯食べましょうか?」
「「…………」」
それはまさしく。
この空間のパワーバランスが垣間見えた瞬間だった。
※
「なんていうかさ、可愛いっていうのは正義だよな」
「同感ですエデンさん。アイシャちゃんがいなかったら二人とも死んでましたよ」
「ニコニコしながらご飯を食べてる時は可愛いよな。誰がとは言わないけど」
「あはは。それ、僕は物心ついた時から思ってます」
と、食事中の悪魔と天使を見ながらそんなやり取りをする二人。
もちろん二人にしか聞こえない小声である。
「――それでね、エデンが木を持ってきてくれたから、あと数日で完成するってブラオさんが言ってた」
「へぇ、そうなの? じゃあお祝いしなきゃね。ギルドが完成したらみんなでパーッと騒ぎましょう」
「うん。楽しみにしてる」
「でもあれよね、建物が出来ても、肝心の人が足りないんじゃ意味ないから募集しないと。ねぇエデン?」
「……ん? ああそうだな」
こちらに話を振られたので、エデンはロートとの愚痴を終了させて会話に加わる。
「できるだけ多くの人手が欲しいけど、今は資金がないから他のギルドのような給料は出せない。そうなると当然、ウチにはお金以外のメリットが必要になってくる」
「なるほどね。で、それは何なの?」
「まだ考えてない」
「…………」
ヴァイスはジトーっした目でこちらを見てくる。
「……そんなに睨むなよ。ほら、例えば名声。【テオ・ジュピトリス】くらい有名なギルドなら、所属している事自体がメリットみたいなもんだろ?」
「となると、私たちが頑張って【エル・プルート】を有名にするしかないわね。とりあえず【イオランテ】に喧嘩を売った事を宣伝してみる?」
「それで『このギルドに入りたいなぁ』ってなるほど有名な所なのか? あそこって」
「ああいう運営方針だから評判は良くないけど、実力なら上から数えた方が早いわね」
「ふぅん。だけど好戦的なギルドだと思われるのは嫌だよななぁ。……ああそうだ、じゃあこれはどうだろう」
そう言いながら、エデンは【魔究空間】からポーションを取り出しテーブルに置く。
昼間のうちに買っておいた薬草で括弧に作ってもらったものだ。
「これをヴァイスに売ってほしいんだ。こういう上質なアイテムを買えるんだったら冒険者の人は助かるだろうし、他の商店が【エル・プルート】と提携するメリットにもなる」
「ええ、売るのは構わないけど……これ、仕入れられるかしら。私たちの店もそんなにお金はないわよ? おいくら?」
「タダでいいよ。お世話になってるお礼だ」
「本当!? 嬉しい! ありがとうエデン!」
「数はそんなに用意できないけどな」
「問題なし! 数量限定の方がプレミア感が出るもの! 素晴らしいわね、この透き通るような緑色。ふふっ、これは高く売れるわよ……!」
商人としての本能だろうか、ヴァイスは手に取ったポーションを様々な角度から楽しそうに眺めている。
そこでエデンは、不意にロートと目が合った。
その目は「良い商品を眺めている時も可愛じゃん――って思ってるでしょ?」とでも言いたげな視線だった。
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