12話 ツンデレ魔法【括弧】に生存報告
「聞こえるか? あれ? なぁ、おーい?」
と。
空が気持ちよく晴れている昼過ぎ、エデンはギルドへ向かって歩いていた。
何やらブツブツ言いながら進んでいるが、これは独り言ではない。
括弧に話しかけているのだ。
魔法に人を心配する能力が備わっているのかはともかくとして、括弧は割と人間っぽいところがあるので、エデンは自身の回復を知らせておこうと思い至った。
だが。
「返事がないな。なんでだろう」
戦いの時は呼び掛けたらすぐに反応してくれたのに、今回はうんともすんとも言わない。
「よし、応答がないならこっちから出向いてやろう」
エデンは【魔究空間】を展開し、そこから魔力を流し込んで交信を試みる。
向こうもエデンの魔力で起動しているのですぐに結びつくはずだ。
その予測通り、徐々に空間内からエデンの体内に直接、声のようなものが聞こえてきた。
『グスッ。またやってしまいました……【括弧】が調子に乗って能力を使いすぎたせいです……【括弧】がもっとちゃんとしていれば使用者は死なずに済みました。うぅ、これでまた一人です。空間内に残されている使用者の魔力が尽きれば、【括弧】はまた……』
「なあ、聞こえてる? 長々と喋ってるとこ悪いんだけどちょっといいか?」
『アア。幻聴が聞こえます。【括弧】は魔法なのに……たった数時間の付き合いとはいえ数十年ぶりに出会えた使用者だったのです。その喪失は【括弧】の機能に支障をきたしてもおかしくはないでしょう……』
「いや、一応まだ生きてるから」
『エ? …………使用者? 本当に使用者ですか?』
そこでようやく、括弧は呼び掛けに応じる。
らしくもない拍子抜けした雰囲気だった。
『ドウシテデス。ま、魔力が切れた人間は死ぬのでは?』
「気絶はするだろうけど死にはしないさ。まあ、俺が倒れてる間も括弧が魔力を吸い続けていれば話は別だけど」
『ソンナハズハ……。【括弧】は大量の魔力を消耗する魔法です。かつて同じように魔力切れを起こした人間たちは全員死亡しています』
「じゃあこれで『全員』じゃなくなったわけだ」
『イエ。そんな簡単な感想で済ませていい事柄ではないです。どうして使用者は生きているのでしょうか?』
「さあ、俺に言われてもな」
『トニカク。これは調査が必要です。【魔究空間】の使用ログを振り返ってみます。何か分かり次第すぐにお伝えしますが……しかし、使用者は何故再び【括弧】に呼び掛けるのですか? 今回は運が良かっただけで、また戦闘中に気絶すれば命の保証はありませんよ?』
「心配してるだろうと思ったから『大丈夫だよ』って言いにきたんだ」
『シ。心配なんてしていません』
「でも泣きそうな声だったじゃん」
『そんな声は出していません! 【括弧】には感情も抑揚もありません! もうシラナイデス!』
「うわ、普段の話し方を維持できないくらい怒ってるわ」
表情はないけど喜怒哀楽が非常に分かりやすい。
まあなにはともあれ、また会話ができるようになったのは喜ばしいことである。
『マッタクモウ。盗み聞きなんて趣味が悪いです。用がないなら交信を終了します』
括弧はどこか拗ねたような口調で会話を切り上げようとした。
「ああ待ってくれ。一つ頼みたいことがあるんだ。またポーションを作ってくれないか?」
『ポーション? どこか負傷しているのですか?』
「いや、実は色々あって仲間が増えたんだけどさ、商人をやってる人が括弧のポーションを褒めてたから、店頭に並べたらいいんじゃないかと思って。資金調達にもなるし、ギルドや商店の評判も上がるかもしれないだろ?」
『ナルホド。とても審美眼の優れた商人ですね。そして珍しく同意できる思案です。しかし、使用者への負担を考えると1日に3本が限界です。精製を開始しますか?』
「まだだ、どっかで薬草を仕入れるから待っててくれ。今【魔究空間】の中にあるのはアイシャの花だから、これ以上は減らしたくない」
『カシコマリマシタ。ではそれまでは待機ということで』
「ああ、よろしく頼む」
しかし会話が終了した数秒後、括弧の方から再び声が届いた。
『ホウコク。今回の卒倒によりデータが得られたので、使用者の魔力量をある程度予測できるようになりました。二の轍は踏みません』
「お、それは頼もしいな」
『フフ。あと2回3回倒れていただければ完全に把握できますので、もしよろしければいつかの機会に』
「…………」
ああどうやら、独り言が筒抜けだったことを根に持っているらしい。
魔法に皮肉を言われるとは夢にも思わなかった。
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