11話 気が付いたら女の子のベッドに寝ていた件についてー2
「い、一体どうしてそんな方向に話が?」
「エデンが倒れた時にね、アイシャちゃんが一番最初に駆けつけてきて『近くに休める場所はないですか』って皆に訊いたのよ。それでここに運び込んだ後、アイシャちゃんが事情を説明してくれたの」
ヴァイスは言葉を続ける。
「近くにギルドを構えようとしている事とか、今回の騒ぎがきっかけで私たちに迷惑を掛けちゃうかもしれないとか、幼いのに堂々とした態度で話してて――それにみんな心を掴まれちゃったんでしょうね。『あんな奴らの支配下はもうゴメンだー』って感じで盛り上がっちゃって」
「ノリで決断するような事じゃないと思うぞ」
「ま、今より悪くなることはないんじゃないかしら。【イオランテ】に売上金をゴッソリ持っていかれるのに比べたらね」
「でも、俺たちのギルドは……」
「知ってる。人もいないし設備も整ってないんでしょ? だから今、それをどうにかするためにみんな動いてくれてるわ。工務店は建物の修繕。家具屋がテーブルやイスを手配して、ギルドの活動に必要な備品なんかを私たち商人が調達する」
他にもたくさんの人が協力してくれてるのよ、とヴァイスは誇らしげに語った。
それを聞いてエデンは驚く。
自分が意識を失っている間に、こうも事態が進展している事に。
そして、自分たちにこうも手厚く協力してくれる人の暖かさというものに。
「ありがとう、そこまでしてくれて」
「こっちのセリフよ。そっちが先に私たちのことを、知り合いでも何でもないのに助けてくれたんじゃない」
「だってどう見てもヤバそうだったからな、脅されてるのにヴァイス全然ビビッてないし」
「怖がっていられないわ。親は二人とも仕入れのために家を空けてることが多いから、ここは実質ロートと二人暮らしみたいなもんだし」
「大変なんだな」
「そっちはどうなの? この辺で生活してて今まで会ってないってことは、王都出身じゃないみたいだけど?」
「あー……まあ、田舎の村で暮らしてたんだけど、騙されて連れてこられて一文無し、みたいな?」
「うわぁ、誰にそんなことされたの? 一緒に仕返しに行きましょうよ」
「行かねえよ。血の気が多すぎるって……」
「よく言われる。お前は髪にまで血が流れてるのかって」
「ああ……赤いからな、髪が」
よく今まで無事だったなぁ、とつくづく思わされるエデン。
純真なのはいいことだが、そういったスタンスにはどうしても「力」が必要だ。
正義を貫くための後ろ盾。
彼女にとってのそれが【エル・プルート】になったのは幸いだと言える。
……言えるんだろうか? こんな血気盛んな人に後ろ盾を与えて大丈夫なの?
「はぁ、なんか起きて早々疲れてきた……」
乾いた喉を潤すためにお茶をすするエデン。
ヴァイスはそれをジッと眺めている。
「……何?」
「え!? あ、いや別に……えっと、お茶おいしいかなって思って」
「……? あぁ、うまいよ」
「そう? よ、よかった」
良いブランドのヤツなのよ、と何故か動揺しながら銘柄の説明をしてくれるヴァイス。
感情の起伏が激しいので真顔になる瞬間が少ないが、非常に端正な顔立ちをしている。
綺麗な赤のロングヘアも相まってかなりの美少女だ。
【イオランテ】の魔術師が看板娘と言っていたのも頷ける。
まあ、内面がマグマのように熱い美少女……ではあるけれど。
「しかしすまないな、弟さんの部屋を一週間も借りちゃって。もう出ていくから――」
「ここは私の部屋よ?」
「ごふっ!」
お茶を吹き出しそうになったがベッドを汚すわけにはいかないので死ぬ気で抑える。
なんか勝手にロートの部屋だと思っていた。
だって普通はそうだろう?
「ゴホッゴホッ…………な、なんで?」
「だって、たった一部屋だけではあるけどここの方が階段から近かったし……とにかく気が動転してたっていうか、きゅ、急に倒れちゃってびっくりしたんだから! 助けられたのに死なれでもしたら後味悪いし!」
「そうだったのか。それはまあなんというか、迷惑かけちゃったな」
「め、迷惑とか……そういうことでもないんだけど……」
「でも俺がヴァイスの部屋を使ってたなら、三人はどこで寝てたんだ?」
「ロートは自分の部屋でアイシャちゃんは両親の部屋。私は起きてたわ」
「起きてた?」
どこで寝ていたのか、と質問した場合では中々耳にしない言葉だった。
「一週間くらいなら寝なくても平気よ? 私、商人だし?」
「いやいや、なんか当然みたいに言ってるけど、商人だって人間だぞ」
「今週はとにかく忙しかったのよ。私がリーダーみたいな感じになっちゃったから、ギルドとの提携のことで通りのお店中を走り回って話をつけてたの」
「すげぇ……」
「昨日、ブラオと話した時も『二階で使う木材が足りねえ』って言ってたわ。その相談でロートを連れて行ったんだと思う。そっちも早くなんとかしないと」
「へぇ、木が足りない……か。よし、俺もちょっと様子を見に行ってくる」
「ダメよ。まだ安静にしてないと」
ベッドから出ようとしたエデンはヴァイスに両肩を掴まれた。
「平気だって、いけるいける」
「ダメったらダメ! 寝てなさい!」
「ちょっ、そんなに力を込めるな――うわっ!」
「きゃあ!」
エデンを押さえつけようとしたヴァイスは勢い余ってバランスを崩し、二人共々ベッドに倒れこむ。
衝撃で視界が一回転し、エデンは顔を何かにぶつけた。
目との距離が近すぎてそれが何なのかは分からないが痛くはなかった。むしろ柔らかくていい匂いがする。
まあベッドなんだからマットレスにしろ枕にしろソフトな素材で作られていて当然だ。
ただ。
エデンは一週間もここで寝ていたのだからそれぐらいの区別はつく。
断言できる。ベッドではない柔らかいものに顔から突っ込んだ。
温かみを感じるから人であることは明白だろう。
倒れこむ前の体勢から考えると上半身。お腹か――あるいは胸。
「…………」
どっちだろうと殺されそうだった。
弁明の余地があるかどうかは定かではないものの、このまま顔を埋めている方が死に近づいていっているのは明白だ。
なので、エデンは覚悟を決めて顔を上げた。
「故意じゃない。故意じゃないから許してほしい。まだ身体が本調子じゃなくて――って」
「…………zzz」
寝ていた。
仰向けの状態で気持ちよさそうに、ヴァイスは眠っている。
「疲れてるじゃん……やっぱ」
エデンが目覚めたことで緊張の糸が切れたのだろう。
年齢もエデンとさほど変わらないのに、彼女もアイシャ同様、背負うものが大きすぎる。
「おやすみ看板娘、ゆっくり休めよ」
ベッドで眠る赤髪の看板娘に毛布を掛け、エデンは部屋を後にした。
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