10話 気が付いたら女の子のベッドに寝ていた件についてー1
「…………う」
窓から差し込んでくる光によってエデンは目を覚ました。
身に覚えのないベッドに横たわっていたので、ひとまず重い身体を動かし姿勢を起こす。
「……どこだここは?」
そこは見覚えのない部屋。
現在の状況を感じ取れる要素が一切ないシンプルな空間で唯一、タンスの上に置かれていた物に目が留まった。
「あれは……括弧のポーションが入ってた小瓶?」
その小瓶自体は別段珍しい形の物ではないのだが、記憶が途切れる直前に見ていた物ということで鮮明に覚えていたらしい。
と、そこで。
「エデンさんの様子はどうかな…………あ」
部屋の中に入ってきた青い髪の少年、ロートと目が合った。
ベッドで起き上がっているエデンを見て、ロートは安心したような表情で微笑む。
その顔に殴られた傷跡は見当たらなかった。
「良かった、目を覚ましたんですね」
「あ、ああ……」
「どこかお身体に不調はないですか?」
「特には……いや、それよりここはどこだ? あの後どうなった?」
「えっとですね、ここは僕たちの家です。騒ぎのあった商店の二階なんですけど、エデンさんが倒れてしまったので皆大慌てで、ひとまず一番近かったここに運び込んだんです」
「あぁ、そういうことか……」
「アイシャさんが『魔力がなくなっちゃったんだと思う。安静にしていればきっと元気になる』と仰っていたので、ポーションは僕が使わせていただきました。すごいですねアレ。あんな上質なポーション中々手に入りませんよ」
「ちゃんと効いたなら良かった。顔に傷が残らなくてなによりだ。それで、アイシャは今どこに?」
「ギルドに出かけています」
「一人でか?」
「いえ、ブラオさんたちと――えっと、この通りにお店を構えている大工さんたちと一緒です。ギルドの修繕をしてるんですよ」
「修繕? 一体どうしてそんなことに――」
「ロート! いるー? 店先にブラオのとこの人が来てるわよ! 大至急だって!」
エデンの声は一階から響いてきた大声にかき消された。
この良く通る声は間違いなくヴァイスだ。
「……すみませんエデンさん、僕、行かないといけないみたいです。代わりに姉さんを呼びますね」
そう言って、ロートは部屋の入り口からヴァイスへ呼び掛ける。
「姉さん、エデンさんが目を覚ましたよ」
「えっ……ホント!? 今行くから待ってて!」
「それじゃエデンさん、僕はこれで失礼します。話の途中だったのに申し訳ありません。お大事に」
「ああ……なんかよく分かんないけどありがとう」
そして。
彼が部屋を後にして一分も経たない内に、階段を勢いよく上がってくる音が聞こえた。
足早に部屋に入ってきたヴァイスはエデンの顔を見て安堵のため息を漏らす。
「良かったぁ……無事で」
心配したんだから、とヴァイスは椅子をベッドの傍に移動させ、そこに腰を下ろす。
それから、持っていたカップをエデンに手渡した。
「お茶を淹れてきたの、よかったら飲んで」
「わざわざすまない。なぁ、俺はどのくらい寝てたんだ?」
「今日でちょうど一週間ね」
「一週間……!?」
予想外の返答に息を詰まらせるエデン。
お茶を口に含んでいれば間違いなく噴き出していただろう。
「そんなに……?」
「ええ、でも安心して。この一週間、アイシャちゃんは私たちと暮らしてたから」
「アイシャの面倒まで見てくれてたのか」
「面倒だなんてそんな、とっても良い子じゃない。けどすごいわよね、あんなに小さいのにギルドマスターなんでしょ?」
「ああ、まだ駆け出し以前だけどな……ってそうだ、ロートから聞いたけど、アイシャは今ギルドにいるんだって?」
「そうね。ここのところ連日ブラオたちと建物を直してるわ」
「修繕を誰かに委託するような資金、ウチにはないんだけど」
「ブラオはやりたくてやってるのよ。提携してるギルドに協力するのは当たり前でしょ?」
「……え?」
今なんて?
エデンは自分の耳を疑った。
「て、提携って?」
「友好的な関係を結ぶこと。この場合はグラオたちの工務店とギルドが――ってことになるわね。ギルドは工務店からの依頼を優先的に引き受けるし、ギルドに依頼されたクエストの中に適切なものがあれば仕事を回す。で、その見返りとして協力するって感じ?」
「けど、それはつまり、俺が戦った奴のギルドとは敵対することになるんじゃ?」
「なるわね。でもいいのよ。みんなで話し合って決めたことだから」
「み、みんなっていうのはまさか……」
「文字通り全員よ。この第七通りのお店は全部【エル・プルート】の傘下に入ることにしたの」
「…………」
エデンはずっと飲むタイミングを窺っていたお茶を口元から離す。
どうやら、カップに口を付けられるのはこの話が終わってからになりそうだ。




