1話 パーティー解雇のお知らせ
「ハァ……まずいな、詰んだかも」
そんな大きなため息とともに。
たくさんの人で賑わう王都ジュピトリスの大通りにて、エデンは呟いた。
彼は現在、無一文の状態で知り合いもいない王都に立ち尽くしている。
というのも、つい十分前――
※
「エデン。お前はクビだ」
「……は?」
王都に到着するなり突如として告げられた、同じパーティの仲間であるカイン(この時点ではまだそうだった)からの言葉に、エデンは思わず拍子抜けした声を上げた。
「えっ……今なんて?」
「だからぁ、クビだよクビ。新しい奴を探すからどっか行ってくれって言ってるんだ」
「そんないきなり言われても……ていうか、話が違うじゃないか。カインが俺をギルドに紹介してくれるって言うから、俺はわざわざ村を出てみんなの旅をサポートしてたのに」
「サポートってのはさ、戦いで傷ついた仲間を治したりする奴のことを言うんだよ。なあマリー?」
と、カインが視線を投げたのは、同じくパーティメンバーの一人であるヒールプリーストのマリーである。
彼女はその小柄な身体でエデンを見上げ、困惑している彼を面白そうに眺めていた。
「カインひどーい。エデンがかわいそー」
そう言ってはいるものの、そこに気持ちは込もっていない。
「最初から雑用をさせるつもりで俺を誘ったのか?」
「でもでも、エデンも悪いよ? 簡単に信じて付いてきちゃってさ。ギルドに所属できるのは街の外に出て戦える人間だけなんだからね?」
「それを支える裏方だって必要だろ」
「そういうのは直接王都で募集をかければ集まるし? わざわざスカウトなんてしなくていいの。特に私たちの所みたいな超有名ギルドは」
「散々コキ使っておいてそれか……」
「だって生活魔法は家の中で使うものでしょ? エデンは箒でモンスターと戦うの?」
「それは……」
確かに、エデンの扱う生活魔法は戦闘用の魔法ではなく、その名の通り日常生活で使用するためのモノだ。しかしクエストの道中を快適に過ごすため、近頃はパーティに生活魔法を使える者を編成することもある。
もちろん同行する人間が増えている分、旅のコストは増すのだが。
「ははっ、その辺にしといてやれよマリー。俺たちも暇じゃねえんだから――」
「――ごめん遅れて!」
ケラケラ笑いながら仲裁の真似事をするカインの声を遮るようにして。
パーティメンバー最後の一人、セラが王都の正門から駆けつけてきた。
「持ってた魔導書が検問に引っ掛かってさー、ちょっと時間かかっちゃった」
走ったせいで暑くなったのか、セラは羽織っていたローブを捲ってマント状にし、手で顔をパタパタ扇ぎながら――この場に流れている不穏な空気を感じ取った。
「……ん? どうしたの? なんかあった?」
「ああ、エデンとはここでお別れだ。他の奴を探しに行くぞ」
「えっ!? なんでなんで!? 私聞いてないよ!?」
「お前に言うとこうやって反対するだろうが」
どうやらこの件について示し合わせていたのはカインとマリーだけらしく、セラはエデンと同じく動揺を隠せないでいた。
この三人の中における唯一の良心であり、彼女の明るい性格や人当たりの良さによって、エデンは特にカイン達を疑うこともなくパーティに加入してしまったのだ。
「エデン頑張ってくれてたじゃん!」
「魔力でベッド作って、夜は火を起こしてだろ? ベッドはウチの屋敷のに比べりゃ床同然だし、火はお前が出せるじゃねえか」
「わ、私のは攻撃用の危険なヤツだからたき火とかには向いてないって! ねぇ、一応ギルドまで行かない? あそこなら他の冒険者も大勢いるし、エデンを必要な人もきっと――」
「パーティのリーダーは俺だ。俺の言う事が聞けねえのか?」
「そういうわけじゃないけど……!」
「なあセラ、分かってんのか? お前の親の借金を肩代わりしたのは俺の家だぜ?」
「あ、う、うん……分かってる……」
その状況を見てエデンは思う。
ああ、もうこんな最低な奴のところには頼まれたっていてやるもんか――と。
言葉に詰まるセラを見ていられなくなって、エデンは二人の間に割って入った。
「セラ、もういい。俺なんかを庇ってくれてありがとう」
「で、でもエデン……」
「いいから。……なぁ、カイン」
「あぁ? なんだ?」
「こんな形で活動を続けていたら――いつか報いを受ける時が来ると思うぞ」
「ハッ、俺は王都育ちのエリートなんだから、俺のために周りが尽くすのは当たり前だろ。なあマリー?」
「カインごうまーん。でもそこがカッコイイー。エデンもタダ働きでいいならついて來ればー?」
「……はぁ、お前も大概だマリー。ヒールプリーストを名乗るなら、身体だけじゃなく人の心も傷つけないようにしろ」
「りょーかーい。王都一のヒーラーとしてがんばりまーす」
ピシッと、マリーは右手をかざして敬礼のポーズを取った。
……まあ、例によってそこに敬意は無いのだが。
「つーわけで、それじゃあなエデン」
行くぞお前ら、とカインは踵を返して歩き出し、それにマリーも続く。
「ばいばいエデーン。……あっそうだ、私たちのギルドに告げ口しても無駄だよ? カインはギルドマスターの息子だからー」
「まったく、最後の最後まで嫌な女だな…………セラ? どうした?」
なんとも後味の悪い言葉を残して遠ざかって行く二人とは対照的に、セラはその場から動かずにいた。
「早くいかないと置いていかれるぞ?」
「あ、うん……あの、ごめんね……本当に……こんなことになっちゃって。カインの家にはお父さんがお世話になってるから、私、パーティの方針に反対とかもできなくて……」
「いいんだって。というか、あんな奴がリーダーだと大変だな」
「あはは、そうだね。まぁお互い頑張ろ。……えっと、あのさ、これ。もしよかったら」
そう言ってセラが懐から取り出してエデンに差し出したのは、一冊の本だった。
「これは?」
「エデンに会う前に古書店で手に入れた魔導書だよ。エデンは魔法を村で習って自己流で使ってるって言ってたから、これにまだ知らない魔法がたくさん載ってると思う」
「くれるのか?」
「うん。私からのせめてものお礼。あと、少ないけどお金も……」
「そこまでしてくれなくていい。この本だけで十分だ」
エデンがセラから受け取ったその本は、とても分厚く古びていた。
どう見ても最近の物ではなさそうだ。
先ほど彼女が王都の検問に引っ掛かっていたのはどうやらコレが原因らしい。
「じゃあねエデン、どうか元気で」
「ああ、そっちこそな」
別れを告げ、小走りで二人の後を追うセラを見送るエデン。
(なんかカッコつけてお金は要らないって言っちゃったけど、ここに来るまでに持ってた分は使い切っちゃったんだよなぁ……)
なんて考えを表情に出さないようにしながら、彼女が人混みに消えたところで――
「都会こわ……こんなことになるなら村でダラダラしとくんだった」
そう呟いた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
★5をいただけると作者の励みになりますので、もしよろしければぜひ!




