4頁目 桃栗三年柿八年、信じるまでは約十年
財布を無くした事をきっかけに、私は改めて自分のありのままの姿を意識せざるを得なくなった。
職場で私のミスを「いいよ」と受け流してくれる人や、アドバイスをくれる人達。
そんな優しい人達に対して、私は内心(聞きたくない)と耳を塞ぎたい気持ちになって、落ち込んでいった。
財布を無くした時の落ち込んだ状況と、同じだ。
ミスを無くすように、何かしらやらなくてはならないのは分かっている。
けれど、やりたくない。聞けばやらなければならないから、聞きたくない。
そんな子供じみた理由で身体が「優しさ」を拒否するのを隠したくて、私は更に嘘を重ねていった。
その結果私は、何も見たくないし何も聞きたくない状況になっていった。
かつて鬱と診断された時の様に、本気でテレビやスマホなど何を見ても馬鹿らしくなってしまうのに、寂しくてスマホ依存してしまい、結果気分が悪くなるのに離れられないのだ。
その一方で、唯一気持ちが動く食事時すら、どうでも良くて適当になっていく始末。
やばい、と思った。
気が進まなかったが、私はすぐにカウンセラーに連絡をした。
「……私が悪いのは分かるけど、もう何も聞きたくないししたくない。でもどうしようもないくらいに助けてほしくて、連絡しました。」
「事情は分かりました。そんな事態になるのは、貴女が今まで嘘をついてきて、その嘘を自分の本当の能力だと信じてしまっているからこそ、その落差の分だけ落ち込んでしまっているのです。この落ち込みは、良いことですよ。」
カウンセラーが言うには、今回の落ち込み方は、「自分と向き合おうとする為に落ち込んでしまっている状況」なので、私自身の状況を踏まえれば良い落ち込み方なのだと言う。
とはいえ、このまま落ち込んだままではいられない。
「でも、もう何もしたくありません。迷惑をかけるって分かってても、落ち込んでいたいんです。」
「以前の貴女なら、そんな状況の時には絶対に私に連絡はしませんでしたね。あの状態の貴女の両親の元で育ち、人を信じることができなかった結果、貴女はずっと人を信じることができなければ、他人に自分の弱みを見せることができなかったんですよ?それに、いくら「何もしたくない」と私に連絡したとしても、結局何か耳に痛い事を言われるということは分かっていたでしょう?」
私は思わず笑った。
「あはは……そうです。でも、以前言ってもらった言葉をふっと思い出して。「貴女が困っている事を言わなかった場合、言った時よりももっと迷惑をかける」って……」
その言葉は、以前「分からないことがあった場合、人に聞けない/相談できない」と言う内容でカウンセリングをしてもらった時のものだった。
私は「できない人」と認定されるのが嫌で、周りに聞くことができなかった。
しかしカウンセラーは、「貴女ができない事を正直に言ってもらった方が、周りはそれに合わせて対処できるから迷惑がかかりづらいんですよ。」と上記の言葉を私にくれたのだった。
たとえそのせいで怒られたり、呆れられたとしても、その方が私の会社での居心地が良くなるのだと、諭されたのだ。
言われた当時は、怒られるのが(本当の「できない」自分をさらけ出すのが)嫌だったが、実際その通りだった。
「その通りですよ。言ってもらったから、こうして私が対処できる。貴女が言わなければ、誰も貴女が辛いことは分からないんですよ。……本当に、成長しましたね。前はあいさつすらできなかったのに。」
私は、彼女に世話になり始めた時、そそくさと玄関を移動していた事を思い出した。
今も不躾な事はたくさんしているだろうが、今以上に物の道理を知らず、更に無関心で周りに威嚇をして生きてきた、十年ほど前の話だ。
「あの時私が「初めて、出て行く時にあいさつをしてくれましたね」と言ったのを、覚えていますか?私は貴女のお母さんのようにできないところに注目するのではなくて、いいところにも悪いところにもちゃんと注目していますよ。これが、本当の愛情というものです。」
その後、私に初めての彼氏(実際は依存先)ができた時、それを知った母と叔母が「○○に男ができた!」とゴシップ雑誌の様に騒いだ時の話になった。
それは私がカウンセリングを受けはじめてからの出来事だったが、自分を話のタネにしてやいやい言い出す二人に対して、呆然としてしまった事を思い出した。
自分なりのおしゃれをしたら、チクチク文句を言われていたし、男女交際は不純だという考え方をしていた母。
しかし、私が大学生になってからは結婚を望むような発言をしてくるようになった。
その後に、これだ。
母の立派な教育の末に、私はめでたく結婚願望を失うどころか、人と関わることすら嫌になってしまった。
ついでにこの場所で、しょーもないエロ小説を書き散らかす位には歪んだ。
「私は、貴女に愛情があるからこそ、言われたら嫌な事を言いますよ。私は、誰に対してもそうです。言うのは嫌なことですけれど、言わないことでそのまま嫌々付き合うことになるのはもっと嫌ですから。……でも、本当によかったです。」
この後もカウンセリングは続き、翌日が不安で仕事に行きたくない私は、終わりごろになってもついダラダラと話してしまった。
そんな私に、カウンセラーは「止めるのも続けるのも、貴女が決めてください」と言った。
私は急な連絡に対応してくれた事と、話を聞いてくれた事に礼を言って、カウンセリングを終了した。
ゲームや漫画なんかでいる、不幸な身の上だけどヒロインなどの影響で愛を知るキャラのエピソードは、見るたびに「そんな事で人を信じられるかよ」とつい思ってしまいがちです。
そういう設定は好きなんですよ!
ただ、自分がその設定に入れ込みすぎて、ジャッジが厳しすぎになっちゃうだけなのかと思います。きっと。