闇の商人【インスタントフィクション#9】
ある男が暗がりを歩いていると、
「そこのお兄さん。ちょいとパンを買っていかんか」
と老人が語りかけてきた。
暗がりには街灯一つなく、
老人の輪郭がうっすらと見える程度である。
買い物どころではない。
遠慮するよ、と立ち去ろうとすると、
「ちょいとまっとくれ。
こいつはすごく良いパンなんだ。
見るかわりに、香ばしい香りを嗅いで見るといい。」
とパンを鼻先に差し出してきた。
確かに焼きたてのような香ばしさである。
「ついでに一口食べてみるといい。」
というので怪しいながらも
一欠片千切って、食べてみる。
確かに今まで食べた中でも一番と言えるほど
旨いパンだ。
「お題はもういいから、持ってかえんな」
と言うので、持って帰ることにした。
こんなに美味いパンがどんな見た目をしているのか、
帰って確認してみよう。
しかし、家路までの道はこんなにも暗かっただろうか。
いつまでたっても街灯みえてこない。






