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9.黒魔術の使い手

 ヤザト王国の国王ユイ11世は、二日前に息子マイクロフトが出奔してからというもの、食は細くなり夜も眠れず、すっかりやつれてしまった。


「3メートル四方の囲いの中の草を、一頭の牛なら30分で食べ尽くす。では問題。百頭の牛なら一体何分で食べ尽くす?」

「ええと、ええと…。20秒ぐらい!」

「ぶーっ。そんなに小さな囲いの中には百頭の牛なんて入り切らん! はっはっは」

「こりゃ一本取られたな、はっはっは」


 今朝も落ち込む王様をなんとか励まそうと涙ぐましい努力をする臣下。王様は深々とため息をついた。


「マサ、ヤス。もうよい、下がれ」

「はっ」

「はっ」


 たちまち真顔に戻ると二人の臣下は慇懃に退出した。

 がらんとした執務室で、王様は一人、何度もため息を繰り返す。


 あの嵐の夜、確かにマイクはあの家にいたに違いなかった。

 が、捜索中に突如家が煙に包まれたかと思うと猛烈な眠気に襲われた。目を覚ましたときにはもう住人はいなくなっていたのだった。

 ただちに住人の身元の洗い出しにかかるが、どこをどう調べてもこれといって特徴の無い一般人に過ぎなかった。彼らの親戚や友人知人なども可能な限り割り出して監視したが、そのどれもが空振りに終わっている。

 マイクが訪れたことで巻き込まれてしまっただけのようだというのが今のところ有力な線である。

 唯一気になるのが、

「魔法の痕跡がありました」

と、調査に入った魔法使いが開かなくなってしまった地下への扉を念入りに調べて報告を上げたことであった。そうではないかとは思っていたが、魔法を使う者の協力があったということか。それが魔法使いなのかどうかまではわからないが。

 ひと晩かけてようやく魔法を解除して地下を調べたものの、やはり地下にも誰もいなかった。


 当日の捜査員で怪しい者の姿を見たという証言をしたのは二人だけで、彼らが言うには、地下の階段で細身の女性と出くわしたというのである。捕らえようと動いたがすぐに目も耳も効かなくなり、気づいたときには一階の廊下で倒れていたと。

 薄暗く一瞬だったこともあり顔ははっきりとは見えなかったそうだが、その女性が住人の二人のどちらかである可能性は薄かった。細身とはお世辞にも言えない母。女性扱いするにはまだ子供っぽい少女。目撃証言とはズレる。おそらくはその女性が魔法を使った人物だろう。


「ルロチャ国王に合わせる顔が無い。どうしたら」


 もちろん息子の安否は心配だ。だが本人の意思で失踪した以上、命に危険は無いのではないか。

 嵐による災害復興もいまだ続行中であるし、こうも短期間に問題が続くと頭痛がしてくる。


「陛下。ミカ・ムーラ殿が見えてます」


 取次の臣下がやってきた。


「おお、ミカ・ムーラが来たか。通しなさい」

「ご機嫌麗しゅう、陛下」


 深々とお辞儀をしたのは、国王にとって見慣れた魔女の姿だった。

 肩で切りそろえた艶のある黒髪、切れ長な黒い目、白い肌。

 上から下まで黒いローブに身を包んだその神秘的な姿は、いかにも黒魔術が得意な雰囲気である。彼女は王宮御用達の魔法使いの一人であった。


 黒魔術というと何やら物騒で悪いイメージがあるが、この世界での分類はそうではない。

 ほぼ反対の性質をもつのが白魔術であって、両者の違いはざっくり言うと「人間または自然の力で代用可能かどうか」である。


 たとえば白魔術の代表的なものといえば医療行為だが、これは魔法に頼らずとも医者や本人の回復力でなんとかなる。濡れたものを乾かす、風を起こす、湯を沸かす、土から固形物を作り出す、魔法具に明かりを灯す。こういった、対象がもともと持っている力を利用し、補助したり促進したりするのが白魔術である。


 対する黒魔術は、魔力そのものが無ければ実行不可能なものを指す。占いや予知、無から炎を生み出したり、衝撃波を起こす、緊縛術、変身術、遠隔通信など。また原則禁術となっているものとして人に対する呪いがある。

 白魔術よりも魔力そのものに依存するため、黒魔術の使い手は魔法使いとしての能力が高い者が多い。


 すべての魔法が白黒どちらかに属するかというと必ずしもそうではなく、中間的な位置づけにある魔法も多い。物の大きさを変化させるのは中間的な魔法だ。

 特にややこしいのが、分類上は物を横に移動させるだけなら白魔術、それを宙に浮かせると黒魔術になるが、そこにこだわる者はまずいない。補足するならば、宙に浮かせる際に物体ではなく周囲の空気を動かしたのならば白魔術になるという、試験で狙われそうな分類がある。実務に出てしまえばそんなのはどちらでも構わないのだが。

 そしてまた、大抵の魔法使いは初歩的な魔法ならば白黒両方使えるものだ。道具さえあればほとんどが空を飛べるのが良い例だ。


「復興作業の方はどうだ」

「そちらは滞りなく。指揮は区長にお任せしております。――お聞きになりたいのはその件ではございませんね?」


 国王はもう何度目かわからないため息をついた。


「あの晩、そなたに占ってもらった通りの家に行ったのだが結局マイクは見つからなかったのだ。逃げられてしまった」


 その話は他の者からミカ・ムーラの耳に入っていた。

 ミカ・ムーラはあの晩、災害対策の会議のためにたまたま城に招集されていたのである。部下のララベルンは南西方面に実働部隊として数日前から送り出し、彼女は首都で頭脳労働というわけである。これも大事な仕事の一つだ。

 夕方頃から場内の一部がざわつきだしたのに気づき、ミカ・ムーラは侍従の一人を捕まえて理由を聞き出した。そこでマイクロフト皇太子が行方不明と聞き、彼女自ら占いでの協力を申し出たのである。もちろん極秘に、である。

 ミカ・ムーラの占いはそんじょそこらの魔法使いでは到底太刀打ちできないほどに精度の高いもので、占いというよりは特定に近い。国王としても願ったり叶ったりだった。


「では、また占いましょうか」

「頼めるか!」

「もちろんですわ」


 人払いをし、カーテンが引かれる。

 薄暗くなった室内で、ミカ・ムーラは水晶玉を取り出した。聞こえるか聞こえないかの音量で呪文を口にすると、やがてぼんやりと水晶玉に絵が見えてくる。向かい合っている国王の方からも水晶玉に何かが写っているのはわかるのだが、それを読み取れるだけの力は無い。


「まず……皇太子さまはご無事でいらっしゃいます」

「そうか」


 国王はほっとした表情を見せる。無事だろうとは思っていたが、改めて聞かされると安心するものだ。


「それと、詳しくは見えませんが、どうやら複数人で行動してらっしゃいますわね」


 それも予想はついていた。今もまだあの母娘と一緒なのだろう。それと目撃証言にあった謎の女性も一緒だろうか。


「場所はかなり遠いですわ……。首都内なら大体の位置はわかるのですが、さすがに遠いですね。北西……いや、北のどこかです。ただ、国内には留まっていらっしゃるよう」


 今の状態でわかるのはここまでだった。場所が遠いのがネックである。


「現場の住宅を見せていただければもっとわかることがあるかもしれません」


 魔法が使われた痕跡があるらしいと聞いて、ミカ・ムーラも気になっていたのだ。国王は早速人を呼んで、ミカ・ムーラを例の家に連れて行くよう指示を出した。

 空を飛んでいけば早いのだが、単独で調べるわけにもいかないからここは王宮の馬車の出番である。


   *   *   *


 1時間と少し馬車に揺られ、北西区の外れへ。

 一般の人が入れないよう、家には見張りが一人番をしていた。同行した役人は番兵に令状を見せてミカ・ムーラを中に案内する。ミカ・ムーラは役人とともに再調査にかかる。


部屋は全部で3つ。それと浴室やらの水回りと、台所。いずれも大きさはこじんまりとしていて、庶民の家としてはごくありふれた間取りである。

 問題の地下は、廊下の途中に入口があった。この扉に魔法がかけられていたと聞いている。

 魔法は昨日のうちに解除されたそうだが、まだ日が浅いから何らかの痕跡が残っている可能性が高い。


 ミカ・ムーラは扉に手をかざし、集中を高める。


 ごくわずか、手応えがあった。通常ならば見逃してしまうほどの小さな手応えだ。


(これは……どういうことだ)


 驚いて、一瞬魔力が途切れる。自分がよく見知った人間の波動とよく似た痕跡だったのである。

 あの男は災害対策で今もまだ現場に出て働いているはずだが。よく似た他人の波動だろうか。そもそも扉の残留魔力が弱いから人違いの可能性もある。


 一瞬戸惑ったものの、ミカ・ムーラの決断は早かった。


「ちょっと調べたいことがあるので、一旦ここで解散させてもらいます。陛下へはあとで報告に伺いますわ。早ければ昼過ぎにでも」


 王宮の馬車を見送ると、ミカ・ムーラは魔法のパラソルを取り出した。彼女の飛行魔法はこのパラソルを使う。


「ララベルン、おまえちゃんと勤めを果たしてるんだろうね……!」


 何かやらかしてたら、ただじゃおかない。

 ミカ・ムーラは部下がいるはずの南西区へ向かった。

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