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8.休息の夜

 脱出したマイク王子ら一行が向かった先は、首都から北西側。街をいくつか越えた先にある集落だった。馬車なら2日はかかる距離だ。

 マイク王子とセリアンヌはメウのほうきに同乗し、母ジョセフィーヌはララベルンがおぶって飛んだ。

 セリアンヌからまだ詳しい事情は聞き出していない。メウにしてもララベルンにしても、この数日は働き尽くめだったのだ。気力体力ともに疲れているのに、できるだけスピードを上げて飛んでいる今、集中を欠いて飛行事故を起こすわけにはいかない。


 同じ方角にあった魔法使いの斡旋所は軽く通り過ぎる。マイクが最初に向かおうとしていたところだ。

 さらに進むにつれ雨は弱くなり、林道沿いの集落が見えてきた頃には嵐ははるか後方になっていた。


「着いたわ」


 もうかなり夜更けである。集落には家が数軒点在しているが、どの家もとうに眠りについているようだ。

 メウはそのうちの一軒に向かう。オレンジ色のとんがり屋根の、小さな家だった。

 だがメウのすぐあとを着いてきたのはセリアンヌだけ。どうしたのかと振り返るとマイクとジョセフィーヌは顔色を悪くしてへたり込んでいるし、ララベルンはぜえぜえと膝に手をついたまま呼吸を整えている。


「ここここ怖かっ……たた高いところ」

「お、重かった……」


 高いところが初めてらしい二人はともかく、ララベルンに関しては同情を禁じえない。おそらくララベルンより重いであろうご婦人を背に乗せ、魔法のマントも思うような性能を発揮できなかったのだろう。


「えーっと、とにかく中に入って休みましょ。みんなヘトヘトじゃない?」


 ララベルンが何かに気づいて顔を上げた。


「中、ってもしかしてここ」

「そ。私のお(うち)


 ララベルンは、うっ、と衝撃を受けた顔を見せる。

 

「さ、さすがにここまで来て帰ってなんて言わないわよ、あんなに助けてもらって……。事情だってまだ聞いてないし、他に安全なところも思い付かないし」


 そりゃまあ、ミカ・ムーラさんとは折り合いが悪いし、それで彼女の配下のララベルンも避けていた部分はあるけれど……。そんな露骨に意外そうな顔をされると、なんだか今までの自分が悪い気がする。


 全員を促してひとまず屋内へ。ララベルンは恐る恐るといった様子だったが。



 ランプに明かりを灯し、各自が椅子やら床やら空いている場所に腰を落ち着けると、ほっとして一気に疲れが出た。やはり緊張状態にあったのである。お茶を出そうとするとセリアンヌが代わりにやってくれた。


「話の前に着替えてきていいかしら」


 そもそもメウは朝から仕事で山の中に入ったりしていたのだ。泥汚れがあったし、それが濡れてしまったもんだからなかなかに見すぼらしい格好となってしまっている。

 それはララベルンも同様で、メウは箪笥から古い男物の上下を取り出してララベルンに渡した。


「お父さんのだけど良かったら。あ、でもララベルンには少し丈が足りないかも」

「いや助かるよ。ありがとう」


 他の三人はうっすらと湿っているが、着替えるほどではなさそうだ。メウが呪文を唱えると彼らの周りに暖かい風が起こり、髪と衣類はたちまち乾燥した。感嘆の声が上がる。

 メウの束ねていた栗色の髪の毛はぐっしょりと湿っている。彼らにやったのと同じように魔法を使って乾かすと、髪から雨の臭いがした。しっかりと洗いたいところだが、今夜はもう無理だ。魔力もそろそろ枯渇しそうだ。

 自分の部屋で軽い服に着替えを済ませ、居間に戻るとこちらも別室で着替えを済ませたララベルンが何やら気まずそうに小さくなって座っている。

 その理由に気づいてメウは思わず吹き出しそうになった。


「ごっ、ごめん。やっぱり短かかったのね」


 つんつるてんのズボン。隙間からすね毛が見えて、なんとも愉快な姿になっていたのである。疲れが少しだけ軽くなる。

 さて。気を取り直して。


「じゃあ、セリアンヌ。事情を説明してもらいましょうか」

「事情なら僕が」


 口を開いたのはマイクだった。


 自分が王子であること。隣国のチャチャ姫との縁談が持ち上がっていること。それが嫌で家出をしたところ行き倒れてしまい、セリアンヌ母娘に助けられたこと。匿ってもらった結果、完全に巻き込んでしまったこと……これらを過不足無くわかりやすく話す。

 頭の良い少年だというのがその話しぶりからは充分に伝わった。


「よりによってチャチャ姫か……」


 うーん、と一同悩む。

 マイクが嫌がるのも無理はないというのは共通見解だ。特にセリアンヌは断固反対の態度で「人生がめちゃくちゃになります!」なんて力説している。


「実は僕、魔法使いに知恵を借りようと思って斡旋所に向かっていたんです」


 だから、とマイク王子はメウを見つめ語気を強めた。


「ここで知り合ったのも何かの縁。既にあなた達は巻き込まれてしまった。どうか、僕の結婚回避に協力してもらえませんか。依頼料なら後日必ず」

「ま、待って。すぐに答えを出せるものじゃないわ。もう夜中だし、続きはまた明日にしません?」


 疲労で頭が回っていないこともある。

 対案も出てこないし、この場で答えを出すのは無理だ。

 マイクは渋々といった表情を見せたが、一応は引いた。



 さて。別の問題がもう一つ。

 どこでどう寝るかである。

 全員の性別が同じならばあまり気を使わなくても良い。だが男女比は2:3。そもそもベッドはメウのものが1台、来客用が1台の計2台のみ。床でも問題は無いが、布団は他に1組。毛布は2枚。あとは居間の長椅子がぎりぎり使えるか。

 来客用ベッドはマイクが使うことで全員一致。マイクは遠慮したが、遠慮されると却って落ち着かないと全員から却下された。それがなくとも行き倒れていたときの消耗しきった様子を思い出せば、ここはしっかりと休んで体力の回復を図ってほしかった。


「私、毛布で大丈夫よ。自分の家だし」


と、メウは言う。だがこれにはララベルンが強く難色を示した。


「君はちゃんとベッドで休むんだ。三日間激務だったんだからちゃんと寝ないとダメだ。そちらの母娘で布団一組と毛布1枚、俺が毛布」

「それならジョセフィーヌさんとセリアンヌ二人にベッドを使ってもらって……」

「ダメだ。魔法使いの先輩として言うけど、君は自分で思っている以上に疲れているはずだ。無理をするのは良いことじゃない」

「でも、ララベルンだって同じように激務だったでしょ」

「俺は男だしそれなりに場数も踏んできてるから、自分の体力と魔力の限界がどの程度かわかってるよ。俺だって休養が必要なときは遠慮しない」


 なおも渋るメウに呆れたのか、ララベルンはやれやれといった表情でメウに近づいてくると、そのまま軽々と抱き上げた。


「ひゃっ、ちょっと、何」

「やっぱりフラフラじゃないか。君の部屋は階段上がったところだな。あ、誰か着いてきてドア開けてください」


 そのまま問答無用で連行。メウをベッドに放り込むと、ララベルンはおやすみと言って出ていった。続いて布団を抱えたジョセフィーヌがセリアンヌと一緒に入ってくる。起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。本当に疲れ切っている。


「あたしたちは横の床で寝るよ。おやすみね」

「はい……すみませ……」


 柔らかい布団に吸い込まれるように眠りに落ちる。

 ああ、なんて長い一日だったことか。

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