7.嵐の夜~脱出
進路は東南東。首都へ急行。
幸いにもセリアンヌの家はメウの現在地からそう遠くない。このスピードで飛ばせばあと5分ぐらいか。
進むにつれ風雨が強くなって体力の消耗が激しいけれど、かまってはいられなかった。
「なに、これ」
全身を雨に濡らし肩で息をしながら、ようやくたどり着いたメウは眼下を見下ろした。
兵士、だろうか。セリアンヌの家の周りを男たちが取り囲んでいる。馬も数頭、雨に打たれたままじっと待機している。物々しい様子はまるで何か捕物でもあるかのようだ。
(待ってて、セリアンヌ。今行くわ)
ペンダントをぎゅっと握りしめると、ほんのり温かみを感じた。セリアンヌに伝わっているといいのだけれど。
中の様子をどこから探ろうか。疲れた頭で考える。
「メ、メウ。追いついた。一体どうしたんだ急に。家に帰るんじゃなかったのか」
驚いて振り向くと、彼女を追ってきたのかララベルンがそこにいた。
いや、よく考えたら彼の家はこの首都にある。方向が同じで当たり前だった。
メウに話しかけているうち、ララベルンも地上の異変に気づいたらしい。
「王宮の兵じゃないか。なんでこんなところに」
「友達の家なの。何かトラブルに巻き込まれたみたいで、助けてって」
「トラブル? えっと……俺で良かったら手伝うけど。不要?」
「助かる!」
上司のミカ・ムーラはともかくララベルンはこういうときに意地悪をするような男でないことは確かだ。メウと違って治癒魔法は苦手だけれど、対物魔法は得意だしなにより運動神経と勘が良い。
「中の様子を探りたいの。たぶんセリアンヌと……私の友達ね、それとそのお母さんが中にいる」
「わかった」
言うが早いか、ララベルンはきれいに垂直滑降して音もなく屋根に降り立った。嵐も手伝って、誰にも気づかれている様子は無い。
改めて周囲を見渡したあと、ララベルンは魔法を使った。転がっていた棒切れを何本か、風の仕業に見せかけて馬にぶつけた。驚いた馬が次々と連鎖的に暴れる。従者やら兵士やらは慌てて馬を落ち着かせにかかる。おかげで家の一角から人が離れた。
素早くララベルンは明かりの漏れる窓から中の様子を伺うと、またメウのもとに戻ってきた。
「女性が二人、取り押さえられている。相手は家の中に4人いた。もっといるかもしれないけど見えたのはそれだけ。あと……」
「なに?」
「いや、横顔だから確証持てないんだけど、国王様にそっくりな人がいた」
「えっ国王様?」
意味がわからない。
わからないが、ララベルンによると彼らは王宮の兵らしいし、そういえば遠目で見ても馬具に王家の紋章が入っているような……。
「何に巻き込まれちゃったのよセリアンヌ」
ただ、本人は助けを求めている。事情はわからないし先行きに不安はあるけれど、親友が助けを求める以上は助けなければ。
「煙幕と誘眠魔法でいけるかしら」
「紛れて二人を連れ出す?」
「ええ。あの人達を倒そうと思えばいけるけど、危害を加えるわけにいかないじゃない? 国王様っぽい人もいるわけだし」
「そうだな」
むやみに魔法で人を傷つけたら、かなり厳しく罰せられる。武術の有段者が罰せられるのに近い。
軽く打ち合わせをして、二人の魔法使いは行動に出た。
まずララベルンが先程のように屋外の人を遠ざけ、その隙に室内にメウが侵入。煙幕を張る。タイミングがつかめなければ窓ガラスを割って発煙筒を投げ込むことにしていたが、その必要はなかった。
「む。煙……?」
入口近くにいた男はすぐに異常に気づいたが、メウは姿を見られる前に呪文を唱える。誘眠魔法だ。
眠りも治療の一環ということで、誘眠魔法は白魔術に分類される。ターゲットを決めて一人ずつ確実に眠らせる方法と、ある程度の範囲内にいる人間を短い眠りに落とす方法とがある。前者は確実で強力だが、一人あたりに時間がかかる。
ここでメウが取るべきは後者の範囲魔法のほうだが、まだ腕が未熟なので広範囲に使うことはできない。補助の薬品でもあれば別だが、魔法の力だけで眠らせるにはせいぜいメウの半径3メートル以内が限界だった。要するに、対象に近づかなければ使えない。
まず一度目の呪文で玄関前の通路にいた二人が気を失う。うまくいった。
煙幕は広がり、視界が遮られていく。
だが勝手知ったるセリアンヌの家。目をつぶっても歩けるぐらいには間取りを熟知している。
(この部屋ね)
ドアが開け放たれたままの次の部屋にも煙は流れ込んでいった。
「なっ……どうしたこの煙は! 火でも出たか」
「陛下を安全な場所へ!」
外の兵たちが異変に気づいて入ってこなければよいが、と案じていたが、ララベルンがうまくやってくれているらしい。
メウは煙に紛れて体を部屋に滑り込ませる。呪文を唱えた。
目視で確認は難しいが、気配から察するに無事に眠りに落ちてくれたようだ。
低い位置は煙が薄い。しゃがんで目を凝らすと、セリアンヌとジョセフィーヌの姿があった。
「メウさん、来てくれたのね……!」
セリアンヌが小さな声を上げる。ペンダントの効力なのか、唯一眠りには落ちていなかった。
床に転がっているジョセフィーヌに覚醒呪文をかけながら、メウは尋ねる。
「詳しい話はあとで聞かせてね。私どうすればいい? ひとまず逃げ出す?」
「大変なの、地下にお願い!」
そこに煙を振り払いながらララベルンが入ってきた。発煙はもう収めたものの、まだ煙がひどい。
「メウ、たぶんまだ気づかれてないけど時間の問題だ。急いだほうがいい」
メウとしてはすぐに外から脱出するつもりだったが、何やら地下に問題があるらしい。地下からも外に通じているというならそのほうがバレにくいだろう。
セリアンヌの言葉に従って、彼らは地下に下りていく。まだ意識が半覚醒のジョセフィーヌはララベルンが肩を担いだが、その重さに閉口しているようだ。
と、階段を下りきったところで兵二人と出くわした。地下を探っていたに違いない。
すわ異常事態、と、目の前のメウに男たちは襲いかかってくる。
反応が遅れた。
べたっ
男たちはよろけて転ぶ。見ると、足に縄が絡みついている。ララベルンが続いて呪文を唱えると、男たちは表情すらそのまま凍りついたように硬直した。
「上にあげておくか」
肩のジョセフィーヌを下ろし、ララベルンは両手を広げると男たちに向けた。
固まった姿のまま、ふわりと男たちの体が浮く。
ララベルンの手の動きに合わせて男たちは一階の廊下に運び出された。
「入り口が簡単に開かないようにしておくけどいいかな。2~3日で切れる魔法だけど」
セリアンヌに確認すると、こくこくと頷く。
ララベルンが扉に魔法をかけると漏れ入る光も無くなり、地下は闇に包まれる。
メウは驚いた。あまりにララベルンが場馴れしているというか、動じないので。もしここに彼がいなかったらメウも捕えられていたに違いなかった。
メウはペンダントの裏から虫ピンのようなものを抜いて、それに解除魔法をかけた。見る見る大きく変化し、杖になる。頭の部分が透明な結晶になっていて、そこに手をかざすと光を発した。ランプの代わりだ。
「ありがとう助かった。手際が良くてびっくりしちゃった」
「ああ、いや……ミカ・ムーラさんにしごかれてるからね……」
ふっと遠い目を見せる。彼は彼なりに苦労があるのかもしれない。
そんな話をする間にも、ジョセフィーヌは覚醒した。
「大変!」と立ち上がり、何を思ったのか勢いよく階段を上がる。せっかく扉を閉じたのにまた一階にでも戻るつもりかと思いきや、階段脇の棚に手を伸ばし、大きな旅行かばんと風呂敷包みを引っ張り出した。
中にはすでにもう何かがぎっしり詰まっている様子である。
意味不明な行動を一同が見守っていると、ジョセフィーヌは鼻息荒く告げた。
「いつでも夜逃げの準備はできてたの! 行きましょう」
ほどなく彼らは地下奥の通路でマイク王子と合流する。
外の兵士たちが異常に気づいたとき、家の中はすでにもぬけの殻だった。
ようやく家を脱出できました。
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