22.呪術の解除
「魔力の帰着点はこの辺り……」
ミカ・ムーラは温泉町カワユに来ていた。魔力の痕跡をたどってのことである。
なるほど、王子一行はこの町で一晩過ごしたというわけか。
「ご主人、少々お伺いしたいことが」
「おっ何だい。土産物の相談なら何でもこいだ。ほら、この木彫りの熊なんてなかなかいい出来だろ? それともこっちの髪留めなんてどうだい? ねえさんの真っ黒な髪の毛によく映えますぜ」
濃い顔の店主が営業スマイル。ミカ・ムーラは軽く受け流して、
「人を捜しているのです。15歳位の少年と、長髪で古臭いマントを身に着けた若い男を見ませんでしたか。あと、太った中年の女性と――」
「なんだ客じゃねえのかよ……。なになに少年と古臭いマントの男? そういや見た気もするがねえ、どうだったかねえ」
「いつ?」
「さーてね。覚えちゃいねえな。嵐が終わってから観光客が増えてるもんでね」
客ではないとわかると、店主の愛想はたちまち悪くなった。
(ちっ……このオヤジ、役立たず)
何か別の手がかりはないかと探っていたところ、とある宿から人の騒ぐ声が聞こえてきた。ここかもしれない。近づくにつれ、それは確信に変わる。
中に入ると、小太りで人の好さそうな従業員が「いらっしゃいませ」とぎこちない笑みを浮かべる。騒動は2階からのようだ。集中するとわずかな魔力を感じとることができる。間違いない。
「あの、こちらに……」
と話しかけるが、2階からドシンドシンと振動が伝わってきて、つい言葉を止めてしまった。従業員もちらちらと2階を気にしており落ち着かない。
「申し訳有りません、ちょっと、珍獣をお預かりしておりまして……」
従業員は心底すまなそうに謝る。
「いえ。実は私、人を捜しておりまして。15歳位の少年と、長髪で古臭いマント……あら? その絵は」
ミカ・ムーラはフロントデスクの奥に置かれている絵に気づいた。
なにやら奇っ怪な衣装をまとった人間に、どことも知れない空間。いわゆる幻想画というやつだろうが、その人間の顔はどこからどう見てもララベルンである。
「ああ、この絵ですか。うちに宿泊されたお客様をモデルに、うちの女将が描いたんですよ。良い出来でしょう。これから納品予定でして」
「この男がこちらに泊まったんですね」
「ええ、昨日ご出発になられましたが。見た目の整った方だったので、女将ときたらエライ張り切りようでして」
ミカ・ムーラはにやりと笑みを浮かべた。
「私の捜していた人物ですわ。詳しく教えていただけませんか」
と、ミカ・ムーラは国王印が捺された手形を見せる。従業員はぎょっとして、
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。今女将を呼んできます」
従業員が階段を上がろうとした時、ちょうど20代後半ぐらいの女性がぶつぶつ言いながら疲れた表情で下りてきた。
「やれやれやっと落ち着いたわー。しかしまあ、変な病気もあったもんねえ。――あら、いらっしゃい」
女将さんはミカ・ムーラに笑いかけた。
2階へ上がったミカ・ムーラが通されたのは、ジョセフィーヌ母娘の滞在している部屋である。
やっと踊り終わったジョセフィーヌがベッドの中でうんうん唸っている。
「本当に治せるの?」
ついてきた女将さんが心配そうに尋ねる。
「ええ、大丈夫です」
(私が術をかけたんだ。治せて当然さ)
セリアンヌも突然現れた黒尽くめの女が母を治せるというので、期待半分、心配半分といった表情で見守っている。
「ま……待っ……」
「ん? どうしたの奥さん」
女将が汗を拭いてやりながら、声を絞り出すジョセフィーヌの顔に耳を近づける。
「治療費の請求は……あたしじゃなく、あの少年に………」
「――やっちゃっていいわ」
真顔で女将さんはミカ・ムーラに告げる。
ミカ・ムーラはジョセフィーヌの手を取り、その甲に浮かび上がっている渦巻き模様に何か黄色い粉をぱらぱらと振りかけた。
「ケイテンド ノイタイ ノイタイ」
呪文を唱えると、その黄色い粉がぶわっと揮発する。
ほどなく渦巻き模様はすうっと消え、もとの白い手が戻ってきた。今の今まで唸っていたジョセフィーヌはぱっちりと目を開け、不思議そうな顔で体を起こす。
「おやま、急に体が軽くなったわ」
「ママーっ良かったー」
「うっわおねえさんすごいわね! 奥さんもう平気? この人が治してくれたのよ、良かったわね。でもまだムリしないでよ。じゃごゆっくり~」
女将はほっとした様子で部屋を出ていった。
部屋に残されたのはジョセフィーヌ母娘と、ミカ・ムーラだけ。これならば誰にも見られず自白させることができる、とミカ・ムーラは目論んだ。
「いやあ、ありがたいねえ。すっかり体が楽になったよ。悪いけど、治療費は後にしておくれね。いま一銭も持ち合わせがなくってねえ」
「……」
ミカ・ムーラは沈黙する。ジョセフィーヌは少し変だなと思ったのか、
「あたしはもう大丈夫だから、帰ってもらっても大丈夫なんだけどね」
「そういうわけにいきませんの」
「……女将さんが呼んでくれた医者じゃないのかい?」
ジョセフィーヌはそこで初めて思い当たった。自分は魔法で苦しめられていたのだ。病気じゃない。普通の医者じゃ治せないはずだ。ということは、この女は……。
「……あんた、何者?」
「おや、ララベルンから聞いているのではなくて。ジョセフィーヌ・プーヤンヤさん」
ふふっと勝ち誇ったような笑み。
「ママ、この人きっとミカ・ムーラって魔法使いだわ!」
ジョセフィーヌは顔色を変えて布団を剥ぎ取ると、すぐに臨戦態勢になった。セリアンヌも近くにあった枕を掴んで身構える。
「あたしをこんな目に合わせたのはあんただねっ! よくもっ」
掴みかかってこようとするジョセフィーヌの足をミカ・ムーラはさっと払った。ものの見事にひっくり返ってすってんころりん。
「あーら、ダメじゃない。病み上がりの人間はおとなしくしてなきゃ」
続いてセリアンヌが枕を放ってきたが、ミカ・ムーラがさっと手を振るとなにかに弾かれたように枕が下に落ちる。
ミカ・ムーラは二人に緊縛魔法をかけた。
「くっ……体力さえ戻っていたらこんな女……っ」
ミカ・ムーラはしゃがんでジョセフィーヌの顔をのぞき込む。
「どうぞ寝てらしてくださいな。私、あなたと戦うためにここへ来たわけじゃありませんの」
「ふんっ、だったら何だい!」
「おわかりでしょう? ララベルンとマイクロフト王子は今どちらです? それさえ教えていただけたら充分」
「やだねっ、誰があんたなんかに教えてやるもんか! セリアンヌも喋るんじゃないよ!」
「どうしても? ……そう、それじゃ仕方が無い!」
ミカ・ムーラはジョセフィーヌを見下ろすように仁王立ちとなった。