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19.スリの少年

 城を抜け出したチャチャ姫は乗合馬車を使って隣町へやってきていた。

 今頃父王は必死になって自分を捜しているに違いない。最近結婚結婚とやたらうるさかったのでいい気味だ。


「さて……これからどうしようぞ」


 あまり同じところをうろうろしていては、すぐに捕まえられてしまう。早く次の乗合馬車を捜してもっと遠くへ行かねば。

 だが駅舎で尋ねてみると、次の出発時間まではたっぷり1時間以上あった。仕方無いのでここは近くをぶらりと散策することにした。


 これまでもチャチャはこっそりと城を抜け出しては城下でぶらぶらと遊んでいた。

 城の自室に籠もってしまえばチャチャの様子を詮索してくる者はほぼいないから、隠し通路からは抜け出し放題だった。物怖じせずチャチャにぶつかってくるのは乳兄妹(ちきょうだい)のユーゴ・ローぐらいなものである。


 少し向こうの通りでは市が開かれているらしい。好奇心旺盛なチャチャ姫は何か面白いものが無いかと迷わず向かった。

 雑貨、日用品、食肉、野菜、民芸品、帽子、生地。

 天気も良く、どこもかしこも人で賑わっている。活気があって、こういう風景はなかなかに良いものだ。


 野菜を売っていたおばちゃんからトマトを一つ買ってみる。

 どこかに座って食べようと、人混みをかき分けて進む。立ち食いをしないあたりは姫として辛うじて身につけた数少ない行儀作法である。


 ――と、小さな少年がチャチャにドンッとぶつかってきた。その拍子にトマトが手からぽろりと落ちる。すぐに拾おうにも、あたりにひしめく通行人に阻まれ、たちまちトマトはぐちゃぐちゃに潰れてしまった。


「ちぇっ、気をつけろぃ」


 少年は辛口を叩いて素早く立ち去ろうとした。


 ……ぶちっ。

 チャチャ姫の理性は簡単に切れた。


「待ぁてい、(わっぱ)ぁっ!」


 少年はぎょっとして逃げ出したが、信じられないことになんとチャチャはタンッと跳ねると通行人の頭上を飛び越え、少年の眼前にひらりと着地した。二人の周囲にたちまち人だかりができる。少年は逃げ道を失った。


「キサマぁ、よくもぉー!」


 少年の襟首をむんずと掴むチャチャ。


「なっなんだよ! オイラが何したっていうんだよ!」

「とぼけるなあ!」


と、チャチャはフェイスロック。もはや姫の所業ではない。


「いでででででで! は、離せっ、おたんこなす!」

「な、ん、だ、とぅ?」


 離すどころか一層ぎりぎりと強く締め上げる。


「ぎゃーっ離せ離せ離せ、子供をいじめていいのかバカぁぁ!」


と、ジタバタともがく少年の懐から、何かがボトリと落ちた。


「げ、しまっ……!」

「ぬ? ぬぬ? これはわらわの財布。――ぬぬぬ童ぁっ! わらわから財布を()るとは、断じて許すわけにはいかぬわぁっ!」


 すかさずミシミシと卍固め。体格差があって技がかけにくいが関係無い。許すまじ!


「ぎゃーっもうしませんごめんなさいぃぃ!」

「当たり前だたわけ者!」


 野次馬がドン引くほど散々痛めつけたあと、チャチャは街の警察へ少年をしょっ引いていった。案の定初犯ではなかったらしく、警官はまたおまえかとうんざり顔である。


「それじゃここにお名前を」

「いや、名乗るほどの者ではない」


 調書を取られることにまで思い至っていなかったチャチャは、ごまかして立ち去ろうとした。


「そうじゃなくてですね、書類作らなきゃならないんですよ。ご協力お願いします。こことここに……」


 役所というものはどこも面倒なものらしく、少年を引き渡したからといってすぐに完了するものでもなかった。乗合馬車の時間も迫っているし、ここは適当にユーゴ・ローの名前でも使って……。


 と、書いているうちに、詰所の奥にいた警官の一人が不審な動きをし始めた。どうやら何かと自分を見比べているよう……な……?


(しまった!)


「じゃっそういうことで、グッバ~イ」


 変なテンションでそそくさと警察を出ようとしたが。


「お待ち下さい」


と、警官が数人入り口を固める。その中で一番階級の高そうな警官が告げた。


「そのお姿、チャチャ姫様ですね? 国王様から手配書が出されております。おとなしく従ってください」


 チャチャ姫一生の不覚!

 このまま城へ護送するということで、たちまち護衛という名の見張りがつけられてしまう。もうどう足掻いても逃げられそうになかった。


(ぬぬぬ……こうなったのもすべてあの童のせいじゃ!)


 もう一度締め上げてギタギタにしてやらなければ気が済まない。しかも、少年はお説教だけで釈放されることになってしまったという。


 囚人さながらに護送馬車に押し込められようとしている時。ちょうど例の少年が玄関を出てきた。チャチャは護衛の一人にあの少年を連れてくるよう命じた。

 少年はチャチャを見てぎょっとする。すぐにまた逃げようとしたが、チャチャは腕を掴んで逃さなかった。


「なっなんだよ、あれだけオイラのこと痛めつけといてまだ足りないってのかよ!」


 言葉通り痛めつけてやろうと思っていたチャチャだが、ふと気まぐれを起こした。


「おい童。おぬしの名は何じゃ」

「名前なんか聞いてどうすんだよ、さあやるならやれよ、とっくに覚悟はできてらあ!」


 虚勢を張っているが、怯えているのがわかる。


「やかましい、ごちゃごちゃ言うと本当に関節技をお見舞いするぞ。名を聞いておるのじゃ」

「パ……パックだよ」

「ふむ、パックとな。少々威厳に欠けるな……よし、では今からお前はピックパックと名乗れ。そしてわらわと一緒に来るのじゃ」

「え、なんで?」

「いいから来い。おい護衛ども。客人をお連れするぞ」


 護衛は顔を見合わせたが、たかが子供一人ということもあり、チャチャの強引さに押されて一緒に馬車に乗せた。




 「姫様! ご無事だったんですね、良かったですぅ!」


 知らせが届いていたのだろう、門をくぐって真っ先にユーゴ・ローが駆けて来た。ほんの半日の脱走であった。


「うむ、ご苦労」


 素っ気なくやり過ごすと、チャチャ姫とパック少年を乗せた馬車は更に奥へ進み、入り口ギリギリのところで降ろされた。どうやらまだ脱走を警戒されているらしい。


 パック少年は場違いな雰囲気におどおどしながら周りを見ている。すぐに女官と従者、合わせて4名がやって来て二人を先導した。

 チャチャは少年にそっと耳打ちをした。


「よいか。打ち合わせどおりにするのじゃぞ。しくじったときはどうなるかわかっておろうな」


 少年は自信なさげに頷く。チャチャの財布を()ったことを心底後悔しているといった顔だった。


「チャチャ姫、ご帰還にござりまする」


 先導の女官が告げると、ギイイ……と扉が重々しく開いた。

 長い廊下。その先に父王が待ち構えていることは明白だった。できることならパックに合う服を調えてやりたかったが、そんな暇は無いようだ。


 コツン、コツンと足音が響く。その一歩ごとにパック少年は萎縮してゆく。

 部屋の扉を開けると、そこには怒りの表情の父王が腕組みをして待っていた。チャチャは少しも悪びれた様子もなく、中へ。パックは物怖じして、扉付近で足が止まってしまった。


「お前は自分の立場というものがまったく理解できていないようだな」


 父王はチャチャの目の前に例の書き置きを突き出した。


「何だこれは、どういうつもりだ」

「親父殿。わらわはマイクロフト王子などとは結婚致しませぬ」

「ならぬ!」

「しかし行方不明の王子とどう結婚しろと? そのまま見つからなければそれはそれで良いのですが。ほほほほ」


 王は拳をわなわなと震わせた。

 この娘、口が減らないというか、こういう人を食ったところがある。


「ところでチャチャ。その子供は何だ」


 入り口で立ち尽くしているパック少年に王は視線を向けた。少年は顔が強張っている。


「この少年はピックパック。さる貴族のご落胤でござります。縁あって、隣町にて知り合いました」

「さる貴族?」

「どなたかは申し上げるわけには参りませぬ。何かと支障がありますゆえ」


 父王は胡散臭そうな顔をした。信じていない様子だ。


「で。何をしに来たのだ」

「オイラ……じゃなくて、僕、チャチャ姫と結婚します!」

「な、なにいぃっ?」


 目をひん剥いて王は叫んだ。

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