18.上司
「警告は効かなかったようですわ、陛下。別行動に出たようです」
半日部屋にこもっていたミカ・ムーラはふうっと溜息をついて椅子に座り直した。
「そうか……」
ヤザト国王はがっくりと肩を落とす。
「しかし、例の母娘の居場所ぐらいはわかったのであろう?」
「ええ、おそらく硫黄山方面のどこか。あのあたりの集落を捜したら見つかると思います」
「硫黄山だと! 馬でも十日以上かかる距離なのに、そんな遠くまで行っておるとは。道理でこの辺りで触れを出しても見つからんわけだ」
「魔法使いを味方につけるということは、そういうことなのですわ。でもご安心ください。部下の不始末、私自らきっちり片はつけてみせます。しばらく都を離れることになりますが、よろしいですわね」
「おお、自ら出向いてくれるか」
国王と約束をし、ミカ・ムーラは退出した。
ミカ・ムーラは内心では怒り狂っていた。
昨日、例の住宅にララベルンが使ったらしい魔法の痕跡を発見して、彼女はそのまますぐに動いた。まずはララベルンが派遣されているはずの南西区の支部に向かったのだった。
「こちらの作業は目処がついたので、昨日より人員削減を進めております」
とは、事務員の言葉。念の為リストを確認させてもらうと、まだララベルンの名前はあった。屋外に臨時設営された運営に直接出向くことにした。
南西区は早めに嵐が抜けた上に、建物の被害が少なかったらしい。他のエリアよりもずっと作業は順調なようだった。働く人にも幾分ゆとりが見える。
「ああ、あの兄さんなら今日は来てないよ。もう正職員の連中だけで人手は足りてるし、臨時雇いの連中には他に仕事があるならそちらを優先していいと伝えてある。今日は臨時で来てるのは半分もいないかな。こっちとしちゃ特に問題無いよ」
ミカ・ムーラはララベルンの様子を詳しく聞き出したが、わかったのは2日前の夜にごく普通に作業を終え、解散した、とそれだけであった。
首都に急いで戻ったミカ・ムーラはララベルンの自宅に向かった。察しはついていたが、誰もいない。隣人に尋ねてみたが、昨日も今日も見かけていないという。
つまり客観的には行方不明になっているわけだ。
状況証拠のみであるが、ミカ・ムーラは確信した。どういう経緯でそうなったのかは不明だが、ララベルンはマイクロフト皇太子と行動を共にしている。上司たるこの私に無断で。
国王陛下に状況を説明し、ミカ・ムーラは陳謝した。
気性の荒い君主であれば監督責任を問われその場で処罰されてもおかしくなかったが、どちらかというと気の弱いところのあるヤザト国王は処罰ではなく、解決を望んだ。
その後ミカ・ムーラが取った行動は例の通り、黒魔術である。もちろんこれは国王の許可を得ている。
おそらくララベルンが同行しているであろうと確信した上で、ミカ・ムーラはこの術を使った。ララベルンならばすぐにこれがミカ・ムーラの術だと気づくだろう。
術に気づいた彼がどういう行動を取るかでこちらも出方を決められる。
警告を受けて戻って来るならばそれでよし、戻って来ないならば攻めに転じるまで。またある程度の居場所も探ることができる。
術の発動から数時間後。
水晶で成り行きを占っていたミカ・ムーラだったが、昼近くになって無駄とばかりに集中を解いた。ララベルンがあの母娘と離れたらしいのがわかったからである。しかも、どうやら首都からますます離れているようだ。マイクロフト皇太子を連れて別行動に出たと思われる。
一体彼らはどこへ行くつもりなのか。まさか、国境を越えはしないだろう。北部は標高の高い雪山が連なっている。
まあ、いい。
詳しいことは本人を捕まえてからいくらでも問い質せる。
城門を出たところでミカ・ムーラは魔法のパラソルを広げ、たちまち猛スピードで北を目指す黒い塊となった。
(待ってなよ、ララベルン!)
柄を握る手に力が入る。