17.国王の苦悩
チャチャと名付けられた姫は、実にすくすくと育った。
やがて先王が崩御し、チャコチャは国王に即位した。
対外的にチャチャは側室の子ということにした。正室の子が既に4人あったので、王位継承権に絡んでくる可能性はまず無いだろうと踏んでのことだ。
チャチャを育て始めてからというもの、チャコチャはたびたび不思議な現象に見舞われることになる。
床に落として割ったはずの壺がもとに戻っていたり、冗談半分で商人に与えた助言が大当たりして山のような献上品を呈されたり、自分がどこか違う歴史の中にいるような幻夢を見たり、チャチャが嫌う家臣が不正をはたらいていたり、チャチャが予言めいたことを口にしたり……などなど、細かいことを上げればまだたくさんあるが、偶然とも思い込みとも言えなくもない些細なことが頻繁に起きるようになった。それは近くにチャチャがいるときに必ず起きているようだった。
とにかく、何か不思議な子だった。
他の息子や娘たちのように甘えてくることが一切無く、一人を好み、子供らしいところがない。かと言って大人びているわけでもない。浮世離れしているという表現が一番しっくり来る。
ひょっとしたら神か何か、それに近い存在なのではないか。そう思うことも一度や二度では無かった。
あのウサギモドキが口にした「陰の一族」「陽の一族」というのが何なのか、それに関しては未だわかっていない。
「天の月が196回巡るまでに陽の一族とめあわせよ」と、あの生き物は言った。
計算すると16年と4ヶ月。言葉通りに受け止めるなら、陽の一族と結婚させよという意味だろう。だがその陽の一族が何なのかわからない。
手がかりが無くチャコチャは悩んだが、運命に賭けることにした。彼が偶然にチャチャと出会ったように、チャチャもまたその陽の一族の者と偶然に出会うのではないか、と。
考えるうちにも時は流れて行く。
娘が13歳になったあたりから、彼は娘の結婚相手を探し始めた。
だが、思った以上に結婚相手探しは難航した。縁談を持ちかけた相手がことごとく拒否してみせたのである。
気持ちは、わかる。
容姿はイマイチ、愛想は無い、姫らしい優雅さも無い、楽器ができるわけでもない、部屋にこもって何か実験めいたことをしている、他人に無関心、巷での評判は「変人」。
こんな姫と結婚したところで、よほどの物好きでなければ生活はあっという間に破綻してしまうだろう。出世のために結婚したなんて陰口を叩かれかねないし、自分だって嫌だと思う。せめてものすごく美しければ他の点には目をつぶれるかもしれないが。
国内に相手を見つけることは無理だと悟った彼は、隣国ヤザトに話を持ちかけた。
ヤザト側も、始めは話を断る雰囲気だったらしいが、使節代表が強引に取り付けた。交易品の取引停止をちらつかせるなど、かなりの外交手腕を発揮したらしい。
かくてようやくここで話がまとまったのである。2ヶ月前のことだった。
怖いのは、天の月が196回巡るまでにことが成就しなかった場合だ。
詳しいことは思い出せないが、あのウサギモドキは何か物騒なことを言っていたような気がする。
その196回目が、この夏なのだ。あと5日ほどで195回めの新月である。196回目の月が迫っていた。
それが、である。
ここへ来てマイクロフト王子失踪の第一報が飛び込んできて、チャコチャは頭を抱えた。
ひょっとしたらマイクロフト王子はチャチャの運命の相手ではないのかもしれない。
だが、ではどうしろというのか。せめてチャチャに事情を知らせたら何かしら道が見えるのでは、と思ったが、鼻で笑うような始末。
本音では、もうこの際チャチャを受け入れてくれるなら誰でもいい心境になっていた。王族という立場がそれを許さないだけである。
「どうしたものか……」
「陛下! へいかぁ!」
翌早朝。血相を変えて国王の寝室にやってきたのは、チャチャ付きの侍従ユーゴ・ローだった。
「どうした、チャチャになにかあったか」
「姫様が、脱走しました!」
「なっなにい!?」
こんなこともあろうかと魔法をかけて容易に脱出できないようにしていたというのに。あの娘はそれすらも軽々とかいくぐってしまうのか。
「こんな書き置きが姫様の部屋に!」
――わらわは結婚など致しませぬ。旅に出ます。 チャチャ――
そして、あかんべいをしているチャチャの自画像が描いてある。
「……あのバカ娘っ! すぐに捜し出せ!」
「はいっ!」
ユーゴ・ローは直ちにバタバタと出ていった。