15.急病~出発
翌日の昼前。
「じゃあ女将さん、二人をよろしくお願いします」
「はいよ。奥さん変な病気になっちゃっって大変ねえ」
ジョセフィーヌ母娘を宿に残し、残りの3人だけで出発することになった。入り口で女将さんが見送ってくれる。
「感染するような病気ではないですが、熱が下がってから少し暴れるかもしれません。部屋から出さないようにしてなるべく寝かせていてください。1週間前後で落ち着くと思います。セリアンヌもいいね?」
取り扱いをララベルンが説明すると、セリアンヌは神妙に頷き、女将さんは気さくに請け負ってくれる。あまり深く物事を考えないタチなのか、カラッとした表情で、
「うちはお代さえちゃんと払ってもらえりゃ構わないわ。それに夕べはキミに頑張ってもらっちゃったしね! 無事に用事を済ませてらっしゃい」
と豪語する。
夕べ? とメウが訝しむのをララベルンは遮った。絵画モデルの件はやっぱりあまり知られたくない。
「もし彼女たちに何かありましたら、連絡先はここで」
と、ミカ・ムーラの事務所の住所を渡す。セリアンヌにも、もし自分たちが10日経って戻らなければミカ・ムーラに連絡を取るように言う。
複雑だがジョセフィーヌの安全を考えるとそれが最適だった。命まで危ないような事態にはまずならないだろうが、ジョセフィーヌがいろいろと規格外だからどうなることかわからない。それに、おそらく国の方からも手配されているはずだ。逃げられないのは確実なのだから、それぐらいなら名乗り出たほうが罪は軽いだろう。
肝心の宿代はどこから捻出したのかというと、マイクのシャツを質入れしたのだった。特に金の土台に宝石が埋め込まれたボタンが店主の目を惹き、換金するとそこそこの金額になった。町の規模の割に質屋がしっかりと機能しているのは、やはり人の出入りの多い観光地だからか。
できた資金でマイクにはもっと動きやすい庶民的な衣類を揃え、ジョセフィーヌ母娘には宿代として一週間分ほどを渡す。残りで数日分の食料と不足品を買い込み、準備をしているうちに午前はほぼ潰れた。
あまり悠長なことはしていられない。昼食を済ませてから出発してはどうかという女将さんの誘いを断わって、準備が整い次第3人は発つことにしたのである。
宿を出てメイン通りに出ようかというとき。後ろから従業員の慌てる声と、セリアンヌの甲高い声が響いてきた。どうやらジョセフィーヌが踊り出したらしい。
一同は「女将さんの気が変わらないうちに」と誰ともなく目で合図を取り、ダッシュで駆け出した。
追手があることを考えると、なるべく人の目につかないように行動したほうが良い。通りを抜け、建物もまばらになった辺りで「そろそろいいかな」とメウは魔法のほうきを取り出した。
続いて先程買い込んだ諸々が詰まった大きなかばんにメウは魔法をかける。かばんはみるみる手のひらサイズまで小さくなった。この大きさならポケットに収まるし、飛行の邪魔にならない。縮小魔法はメウの得意とするところだ。
「この3人なら遠慮なく飛ばせるわね」
「飛ばしてもいいけど、あまり高くは飛ばないでもらえると……」
「こんなことなら魔法の絨毯でも用意しておけば良かったな。しばらく使ってないから物置で埃かぶってるはず」
飛べない人を運ぶなら絨毯が良いのは間違いないが、これはどうしようもない。
マイクはまずはメウのほうきに同乗する。疲労を考えてララベルンとメウが交代しながら運ぶことになっている。
びゅんっと空高く舞い上がる3人。マイクは下を見ないよう、メウにしがみつく。
「マイク様、しっかり捕まっててね」
「進路は北だ。まずはあの山を目印に、麓の村までいこう」
「ねえ、もうちょっと低く飛ん……」
彼らに驚いたカラスがギャアと鳴いた。