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14.急病

 ララベルンがようやく女将さんから解放されたのは、夜も11時を回ってからだった。

 人気(ひとけ)の無い浴場で体の絵の具をなんとか落とし、ヘトヘトになって部屋に戻る頃には日付が変わりそうだった。食事は充分な量を提供してくれたのでその点はありがたかったが、メンタルがかなり削られた気がする。


 同室のマイク王子はもう眠りについていた。

 皆に黙っててくれただろうかという点は気がかりだが、起こして聞くほどのことでもないので、深呼吸を一つして気を取り直す。自分が気にし過ぎのような気もしていた。


 ミカ・ムーラさんといい、女将さんといい、ジョセフィーヌさんといい、どうしてこう自分の周囲の年上女性は揃いも揃ってアクが強いのか。怖い。

 そういえば年上の従姉にも子供の頃からいいように扱われていたことを思い出す。

 女運が悪いのかな、などとぼんやり考えているうちに睡魔に襲われ、ベッドに潜り込むとすぐ寝入ってしまった。


 夢も見ないほどの熟睡の真っ只中。

 誰かに激しく揺さぶられて、ララベルンは目を覚ました。


「んあ……マイク君……?」

「ララベルンさん、起きて!」


 寝ぼけ(まなこ)に飛び込んできたのはマイクの顔。


「ん……まだ夜中じゃないか……」


 再び目を閉じようとするララベルンの体を、マイクは更に強く揺する。


「寝ないでっ、起きろー!」


 その剣幕に、ララベルンも徐々に頭がはっきりしてくる。まだ眠い目をこすりながら、むくりと体を起こした。


「とにかく起きて! 立って! 大変なんだ」


 マイクはララベルンの体を無理やり立たせると、引きずるように隣の女子部屋へ連れて行く。さすがにここまでされると目が覚めた。ってか、今何時だ? 夜中だよな?


「ララベルンさんを連れてきたよ!」


 マイクが言うなり、セリアンヌがララベルンに駆け寄った。

 あれ? 駆け寄るのはこっちじゃなくてマイク王子のほうじゃないのか、なんて呑気なことを考える。


「助けて、ママが大変なの!」


と、今にも泣き出しそうな声ですがるセリアンヌ。

 言われるままにベッドのジョセフィーヌを見る。


 すごい汗。呼吸も荒い。

 横でつきっきりになって見守っていたのか、メウがジョセフィーヌの手を取るとララベルンを手招きした。


「これ、どう思う」


 それを見た瞬間、抜けきっていなかった眠気は一気に吹っ飛んだ。

 ジョセフィーヌの手の甲にぐるぐると現れた、ミミズ腫れのような赤黒い模様。見覚えがあった。


「……黒魔術ね?」


 確かめるようにメウが言った。ララベルンは返事の代わりにごくりと唾を飲み込んだ。


「ミカ・ムーラさんだ……」


 確信があった。全身から血の気が引く。

 特定されたのだ。おそらく自分が同行していることも。


 仕事を放り出してきたのがバレたのも問題だが、それは自分の叱責だけで済む話だ。問題は呪術を使ってきたことにある。

 人への呪術は基本的に禁術である。

 「基本的に」というのは、要は緊急避難的なものであれば使用が認められるケースがあるのである。これは事後申告でも事前申請でも良い。

 もっとも、呪術の感知器のような便利な機械があるわけではないから、こっそり使ったところでそう簡単にバレるものでもない。が、万一バレたときが非常に面倒である。罰金や一時的な業務停止ぐらいで済めばよいが、罪が重ければ懲戒処分で魔法使いの免許剥奪ということもあり得る。慎重なミカ・ムーラはそんな危険は侵さない。


 そのミカ・ムーラが呪術を使ったとするならば。

 背後にはおそらく国がある。


「いやそうか……王子だもんな……」


 ブツブツと独り言を口にするララベルンの言葉を、マイクは鋭く聞き取った。


「いま、ミカ・ムーラって言った?」

「ああ……俺の上司の名前です。この呪術を使ったのもミカ・ムーラさんで間違いないと思う」


 そういえば今までマイクの前でミカ・ムーラの名は出さなかったように思う。


「黒髪の怖そうな女の人だよね。最近ときどき城で見かけた」


 確かに嵐の対策で役所やら城やらによく呼ばれていたはずだ。マイクが出奔した日は折よく城で会議があったはず。話をつけるのも早かったろう。


「ねえ、何かわかることがあれば教えて。本当にミカ・ムーラさんがやったことなの? 私、黒魔術のほうは全然ダメで」


 切迫した状況でメウが尋ねてくる。セリアンヌはしくしく泣き出した。


(そ、そうだ。俺がしっかりしなきゃ。動揺なんてしてられない)


「この渦の模様にミカ・ムーラさんの特徴が出ている。もう長いこと彼女の下で使われているからね、それぐらいは見分けがつく。それで症状なんだけど、まずは高い熱が出る。……今はこの段階だな」

「次は?」

「熱は半日もすれば治まる。そしてその後が怖いんだ。突然狂ったように踊りだす」

「はあっ?」


 一同はきょとんとしてララベルンを見た。


「踊りだすって……踊るの? ダンス?」

「そうだよ」


 皆はララベルンとジョセフィーヌを交互に見て、首を傾げる。イメージできないらしい。


「言葉だけだと滑稽に聞こえるだろうけど、バカにしちゃいけない。高熱のあと急に踊りだすだろ? 体力の消耗が半端じゃないんだ。しかも意識は朦朧としてて、本人には動いている自覚がない。夢遊病みたいなもんだな。で、それが数時間続くと踊りをやめてまた熱が出始める。魔法が切れるまでこの繰り返しだ。人にもよるけど、自然に魔力が切れるまで3日から10日かかる。これで死ぬってことはそうそう無いけれど、衰弱はする」

「ひどい……」


 セリアンヌは母の手をぎゅっと握り、涙をこぼした。汗を拭いてやりながら、メウは首を傾げる。


「でもどうしてジョセフィーヌさんが狙われたのかしら」

「ああ……それはたぶん、消去法だ。まず、この呪術を行うには本人の持ち物が必須だ。対象としては俺が一番手っ取り早いけど、俺にこの術は耐性があって効かないんだ。次にマイク王子はその身分上、呪術の対象になることは許されない。そしてメウはおそらくまだ同行していることが知られていない上に、持ち物が入手しづらい。となると、家を知られたジョセフィーヌさんかセリアンヌのどちらかだけど、未成年への呪術は社会的に問題がある。だからだ」

「ああ……」


 メウは合点がいったのか、苦い顔になった。


「要は、ララベルンが同行していることも、ジョセフィーヌさん達が同行していることも、すべてお見通しで、その上で脅迫してきているってことね。ララベルンならこの術がミカ・ムーラさんのものだってすぐにわかるでしょうし。……依頼主は国王様ってところか」

「おそらくは」


 なんだか今更ながら面倒過ぎる事情に首を突っ込んでしまっている。これは後々お縄になるかもしれない、とララベルンは覚悟した。

 マイクは深刻そうな顔で黙り込んでしまっている。自分のせいでジョセフィーヌが黒魔術の標的にされてしまったのだ。申し訳なくて悔しかった。


「僕、帰ったほうがいいのかな」


 ぽつりとマイクが言うと、セリアンヌがはっと顔を上げた。


「ダメよマイク様! もしここでお城に戻ったらチャチャ姫と結婚させられちゃうのよ!」

「そ……そうですわ、マイク様。ハァハァ……私のことなど、どうぞ、お気になさらず……」


 苦しそうに半目を開いて、ジョセフィーヌも訴えた。


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