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13.女将

 ララベルンが戻ってこないことにマイクは焦りを感じた。もしや父の手がここまで回っているのかと思わずにいられない。


 お人好しそうな小太りの従業員は嘘がつけない性格らしく、知らない知らないと繰り返しても顔にはっきり嘘と書いてある。

 そのとき、カウンター向こうの従業員用ドアの奥からかすかに男の叫び声が聞こえてきた。


「ララベルンさんの声……?」

「あっ困りますお客さん!」


 従業員が制止しようとするのを振り切って、マイクは取っ手にかじりつくと思い切り(ひら)いた。

 ()けて、呆然とした。


「な……何やってんの、ララベルンさん」

「マ、マイク君!」


 引きつった顔でマイクを見るララベルン。うっすら涙目だ。

 二十代半ば、せいぜい三十ぐらいだろうか。絵筆を持った女が彼の上にまたがって、その二の腕をしっかりと掴んでいた。

 ひょっとしてこの人が女将(おかみ)さん……?


 ララベルンは一体何がどうしたのか、上半身をひん剥かれている。(あらわ)になった肌のあちこちに、赤やら黄色やら緑やらのペイントの跡。しかも顔にも妙な化粧をされている。


「あうう……」


 何か言おうとするが、言葉にならないようだ。

 マイクはしばらく絶句していたが、女性といちゃついてるようにしか見えない視覚効果も手伝って、理不尽な怒りが込み上げてきた。理不尽なのはわかっている、心配からの反動だ。


「僕、邪魔したみたいだね。ごゆっくり」

「ちょちょっとマイク君!」


 そのまま真顔でドアを閉めて出ていこうとするマイクに、ララベルンは情けない声ですがりつく。

 すると、マイクの登場に驚いてぽかんとしていた女が急にけらけらと笑い出した。


「いやあだ、変な誤解しないでね。あたしはここの女将。ちゃーんと結婚してるし旦那一筋。ちょっとね、この人をモデルにして絵を描いてたのよ。なのにじたばた抵抗するもんだから」


 副業で絵描きをやってるらしい。

 言われてみればなるほど、絵の具で汚れた前掛けに、机に並べられた画材の山。描き損じらしいデッサンの束。イーゼルにはララベルンらしい男のスケッチ画。


「ひどいんだこの人、モデルを引き受けないなら宿代の値引きは無しって言うんだ。ううう、こんな情けない格好、絶対に見られたくなかった」

「申し訳有りませんお客様。申しつかった通り、なんとかバレないよう努めたのですが……」


 小太りの従業員は心底すまなそうに小さくなった。いやバレバレだったんだけど、とマイクは思う。


「あんた達、貧乏旅行みたいだからあれだけ安くしてあげたんじゃないのよー。モデルぐらい黙って引き受けなさい。こっちも商売なんだから」


と言いながら、ララベルンの鼻の頭に青い絵の具をピッ。


「だからっ体に絵の具をつけるのやめてくださいってば!」

「わっかんない男ねー。こうやってイメージを膨らませるんだって言ってるでしょ。久々に幻想画の注文が入って腕が鳴ってるの。どうせ洗えば落ちるんだからいいじゃないのよ、お風呂には事欠かないし」

「でももう少し遠慮してくれても!」


と涙声。


「あーもう、いいからちょっとおとなしくしてなさい。無駄に時間がかかるじゃないの。せっかくイメージピッタリの客を見つけたんだから、徹底的にやらせてもらうわよ。それとも値引き無しにする?」

「ぐ……それは……」


 女将さんにねじ伏せられ、ララベルンは口ごもる。

 今更値引き取り消しは、たぶんジョセフィーヌさんが爆発する。メウも困るだろう。


「そういうことならララベルンさん、僕は部屋に戻るんで頑張って」

「待ってくれマイク君!」


 ララベルンはなおも悲痛な声を上げる。


「メウ……いやみんなには黙っててくれないか。こんな情けない姿、恥ずかしくて……うう」


 半裸にされて、体中にペイントされて、女性に馬乗りにされて、涙目で絵のモデル。

 確かに、格好良くはない。


「あら情けないとは何よ。ほら、こっち向いた! じゃあ次はこの花をこう持って……」


 女将さんに耳を引っ張られて、ララベルンはおとなしくなる。観念したようだ。

 見捨てよう。みんなのための尊い犠牲だ。

なぜかわからないんですが、この女将さんがやたら人気ありました。

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