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12.温泉町

 硫黄の臭いがほんのり漂う温泉町カワユ。

 町の北側を望むと、岩肌が目立つ硫黄山が蒸気を吹き出している様子がうっすらと見えた。

 嵐の影響は都市部ほどは無かったと見えて、町はもう日常を取り戻している。


 温泉町よろしく、立派な旅館から古びた木賃宿まで、大小様々な宿が軒を連ねている。宿と宿の合間には土産物屋が店を構えている。

 日没が近づき、あちこちの店先では照明を点け始めた。薄暮の中にぼうっと明るい光が点々と続く様子は幻想的で、なにかのお祭りを連想させる。


(黄昏時は異界のものに出くわすなんてよく言うけれど、ちょっとわかるかも)


 子供の頃から都会から離れたところで暮らしてきたメウには、この明かりが眩しかった。

 メウの家を旅立った5人は、他の湯治客のようにぞろぞろと観光客よろしく町並みを楽しむ。

 時間的にはもう先へ少し進むこともできたが、初日から無理は禁物。ちょうどよい場所に温泉町があったのでここに宿を探すことにした。


 セリアンヌはさっきから目をきらきらと輝かせながら、あちこちの土産物屋の軒先を眺めている。その様子に気づいた濃い顔の店主が陽気に声をかけてくる。


「買っていかないかい、お嬢ちゃん。ほーらこの木彫りの熊なんて、なかなかいい出来だろ? それともこっちのほうがいいかな、木彫りの髪留め」

「うわぁ……きれーい」


と、思わず手を伸ばしかけた娘の肩を、母ジョセフィーヌはむんずと引き戻した。


「バカ言ってんじゃありません。余分なお金は無いのよっ」


 客をのがした店主は残念そうにちぇっと舌打ちしたが、ジョセフィーヌにじろりとにらまれると慌てて知らぬふりで目をそらした。


「ねえ、どこに泊まる?」


 先頭を歩いていたメウが振り返る。日が暮れる前にちゃんと宿を見つけておいたほうが良い。お腹も空いてきた。


「素泊まりで200(モル)ぐらいのところなんて無いかしらねえ」

「に、200……」


 メウは相変わらずのジョセフィーヌ節に苦笑する。


「あのう、ジョセフィーヌさん。こんな観光客頼みの町でそんな安いところなんて無いわ。どんなに安くたってその倍かな」

「あらまそういうもんなの」

「ママったら、マイク様をそんな安宿にお泊めするつもり?」

「いや僕は別にどこでも……」

「そうは言ってもあまり予算が……」


 道の真ん中で相談を始める4人。そういえばララベルンの姿が無いが……と思ったら、小走りに駆け戻ってきた。


「おおい、あそこの宿屋で聞いてみたら、ひとり350(モル)でいいってさ。しかも食事付き」

「わ、安い!」

「決定決定、そこにしましょ、いいわねジョセフィーヌさん?」


 ジョセフィーヌはちょっと考えて、


「食事抜きにしてくれたらもっと安く……」

「ジョセフィーヌさん!」

「ママ!」


 二人の少女に責められ、肩をすくめた。


 


 ララベルンが見つけてきたのはメイン通りから1本ずれた中規模の宿だった。立地はやはり重要らしく、メイン通りだけを歩いていたら気づかなかったろう。軒先の光量も減り、物陰然とした雰囲気だ。


 「5名様で2部屋ですね。1,750(モル)になります。前金でお願いいたします」


 小太りで人が好さそうな見た目の従業員が、ぱちぱちとそろばんを弾く。


「二階の3号室と4号室になります。そちらの階段を上がって左側です」

「どうも」


 メウが鍵を受け取り、一行は部屋へ向かおうとしたのだが。


「あ、ちょっとあなた」


と従業員がララベルンを呼び止めた。


「はい?」

「すみませんが、あなたは先にこちらへお出でください。女将(おかみ)が呼んでおりますので」

「女将?」


 不思議そうな顔をするララベルンに、メウは言った。


「よくわかんないけど行ったほうがいいんじゃない? 宿代すごく安くしてくれたんでしょ、お礼しなきゃ」

「それもそうだな」


 本来500Mのところを350Mにしてくれたらしい。納得したララベルンは従業員に連れられて扉の向こうに消えた。それ以外の4人は各々荷物を手に、部屋へ向かった。

 どうやらこの宿は絵画を楽しむ趣向なのか、廊下にも部屋にも何枚も絵が飾ってある。


 部屋に備え付けのランプに明かりを灯すと、室内がぽうっと柔らかい光に包まれた。窓から外を眺めると、薄暮れの中に店々の明かりや温泉から立ち上る湯気が見える。


「ねえ、夕飯の前にお風呂行こうよ!」


 提案しながらセリアンヌはもう洗面道具を取り出して準備している。これにはメウも一も二もなく賛成だった。数日前からの嵐とマイクの今回の騒動で、ゆっくりお湯に浸かる間も体を洗う間も無かったのだから。また、これからの旅程でいつこんな機会があるかもわからない。


「ジョセフィーヌさんも行きましょ」


 声をかけると、なぜか首を縦に振らないジョセフィーヌ。


「んん……でも、部屋を開けている間に泥棒にでも入られたらと思うと」


 普段どんな安宿を利用しているのか、と突っ込みたくなる。


「大丈夫よ、心配なら魔法で結界を張っておきます。そもそも盗まれて困る物もそんなに無いし」


 メウの言葉にようやく安心したのか、ジョセフィーヌもいそいそと用意をした。3人同時に部屋を出たところで、


「そうだ、マイク様にも声をかけてみるわねっ」


と、妙にはしゃいだセリアンヌはコンコン、とドアをノックする。すっかり温泉旅行かなにかと勘違いしていそうだ。気持ちはわからないでもないけれど。


「マーイク様。お風呂行きましょ」


 ドアを開けたマイクはそのセリアンヌの底抜けに明るい声に脱力する。彼は後ろにメウの姿を確認すると、ほっとした顔をする。押しの強い母娘に少しばかり苦手意識を覚えたようだ。


「ララベルンさんもまだ戻ってこないし、僕はあとからにするよ。君たちだけで先にどうぞ」


 セリアンヌは残念そうに渋ったが、メウに促されると素直に諦めた。


   *   *   *


 マイクはララベルンが戻ってくるのを待った。

 ……待った。

 …………。


(遅いなあ、何やってるんだろう)


 かれこれ一時間になろうかというのに、戻ってくる気配が無い。なんだか心配になってきた。


(様子を見に行ったほうがいいかな)


 マイクは部屋を出て、受付の従業員に声をかけた。例の小太りで人の好さそうな中年男だ。ニコニコと応対してくれる。


「何か御用ですか」

「さっき呼ばれて行ったララベルンさんがまだ戻ってこないから、どうしたんだろうと思って」

「ララベ……ああ、あの年季の入ったマントを身に着けた、長髪の男性ですね。あの方なら今……」


と、ここまで喋って、男性従業員ははっと口を抑えた。


「どうしたんですか」

「い、いえ、別に」


と言いつつ目が泳いでいる。

 

 あやしい。思いっきり、あやしい!


「ララベルンさんをどこへやったんですか!」


 マイクは詰め寄った。

お金の単位は適当です。

科学王国ではありません念の為。

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