11.聖なるリンゴ
マイクが城を出奔してから2度目の夜を迎えていた。今夜もまだメウの家である。明日からの旅に備えて旅支度を整え、早めの眠りにつこうとしていた。
面子は昨日と同じで、マイク王子、セリアンヌ母娘、メウ、ララベルンの5人である。
「ララベルンは仕事のほう大丈夫なの?」
とメウは案じたが、ここしばらくは災害復興のための現場仕事を命じられているらしい。今日はもともと嵐明けの休みで、明日も、となるとサボってしまう形になるが、場所も時間もかなり流動的な形態での仕事なのでごまかしは効くとのこと。メウも昨日までは似たようなスケジュールだったので理解は早い。ララベルンと違うのはしばらくは仕事の予定が無いということだ。
ミカ・ムーラを思うと不安だが、本人が大丈夫というのだから大丈夫なのではないだろうか。
今朝起きてから話し合いの結果、メウはマイク王子の依頼を受けたのだった。マイクだけでなく、セリアンヌも必死に頼み込んできたからというのもある。だが、決め手はララベルンの出してきた情報だった。
「聖なるリンゴって知ってるか」
メウは首を傾げる。聞いたことがあるような、無いような……。記憶を探っていると、マイクがあっと声をあげた。
「書庫で読んだことがあるよ。確か、食べれば願いが叶うという黄金のリンゴだ」
「そうです。正確には願いが叶うっていうよりは、食べた者にとってその時に必要なことが起こるんだ。たとえば願いは仕事の成功だったとしても、結果として出てくるのは持病の治癒だったり、子宝だったり」
「すごいねぇ。あたしは財宝が欲しいけどそれも食べてみなけりゃわからないってことだね」
「それじゃあもしマイク様にとってその結婚が必要だった場合には……」
「うん、結婚することになるだろうね。でも心配いらないんじゃないかな、あの実は食べたものを不幸にするようなことはないから」
まるでそのリンゴを実際に知っているかのような口ぶりだ。
「それって伝説じゃないの。本にも言い伝えって感じで出てた」
ララベルンは大丈夫と断言した。「おおっぴらにはできないんだけど」と前置きして
「聖なるリンゴは実在するよ。俺の一族……本家筋が昔からその番人をやってるんだ。もう何百年も前からね」
「ええっ」
思いがけぬ展開に、まさかミカ・ムーラさんが何か関わっているんじゃ……とメウは一瞬疑いかけてぶんぶんと首を振った。どうもミカ・ムーラとララベルンを疑うのが癖になってしまっている。
「ただ、手に入れるのはかなり大変だ。聖地に入るには番人に認められなきゃいけないし、たどり着くまでの道が厳しい。一帯が魔法が使えない場所なんだ」
「魔法が使えないって……どこよ、それ」
稀に結界によって魔法が禁じられている場所はある。ただそれは宗教的な施設だったり、牢屋だったり、ごく狭いエリアでの話だ。
ララベルンは壁に地図を見つけると、その一部を指差した。
「場所はここ。ナイガラガラの滝のあたりだ。途中までは魔法も使えるけどね、聖地に近づくにつれて段々と使えなくなってくる」
国北部の山岳地帯の奥深くにその滝はある。鬱蒼とした原生林地帯で大型の野生動物も多く、夏は霧、冬は雪に閉ざされ、雪解け水は川となってやがて首都にまで流れ着く。峠を越えた先に住む人は少ない。
「王子どうしますか。話を出した以上は俺が現地まで案内しますが、無駄足に終わる可能性もあります」
「行く、行って聖なるリンゴを手に入れたい。今の僕にはそれしかできない」
「もう一度言いますが、別の結果になる可能性もあります。それとチャンスは一回きり。聖地への立ち入りが認められない場合は二度と聖地に入ることはできなくなります」
「くどい。決めたったら決めたんだ。このまま何もしなけりゃいずれ父上に見つかって結婚させられてしまう。だったらダメでもともとだ。聖なるリンゴに賭けてみる!」
揺るがぬ決意。
マイク王子に力を貸すことでもしかしたら罰せられる危険もある。だが、同情もあれど、それ以上に不思議と力になってあげたくなる人徳をこの少年は持ち合わせている。メウも覚悟を決めた。
(素敵よマイク様、一段と輝いて見えるわ!)
セリアンヌがときめいている。
いつも読んでくださってありがとうございます。
主要人物は大体出揃いました。
このあたりがストーリー全体の折り返し地点です。
書き直しをしているので文章量は膨らむかもしれませんが。