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10.チャチャ姫

 怪しげな器具が並ぶ薄暗い地下室で、一人もぞもぞと動く人影がある。

 ランプの明かりに照らし出された姿は不気味にゆらゆらと揺れている。


 ガタン、とビンが一本倒れた。中に入っていた赤い液体がぽたりぽたりと床に垂れ、赤いしみを作る。

 気づいたのか、件の人物はそこらにあった布で液体を拭き取った。布は見る間に真っ赤に染まる。手前の壺には何やら虫の死骸がびっしり。


「……姫様」


 姫と呼ばれたその人物は、無言でゆっくりと振り返る。凹凸の少ないのっぺりとした顔だ。

 ドア付近にメガネをかけた見慣れた家臣の姿を認めると、少年のようにも聞こえる声で尋ねた。


「なんじゃ、わらわの研究を手伝いに来たのかえ」


 家臣の青年は、とんでもない、というように肩をすくめた。


「陛下がお呼びになっております」


 姫は鼻先でふん、と笑う。


「説教ならば聞き飽きた。親父殿にはそう伝えよ」

「そんな、私が陛下に叱られます。お願いします姫様。とても大切な要件らしいので来てください」


 姫は無視して壺の中の虫を乳鉢に放り込むと、ゴリゴリと()りだした。こうなったらこの姫はてこでも動こうとしない。真面目そうな家臣は一息つくと、後ろから姫を羽交い締めにした。


「無理矢理にでも、お連れ、しますから、ねっ!」


 結局自分では一歩も歩こうとしない姫を、この気の毒な家臣はずるずると引きずっていく羽目になった。廊下を行き交う同僚が同情の眼差しを向けてくるが、誰も手伝おうとは言ってこない。いつものことだ。


「へ、陛下……ゼェゼェ……姫様を、お連れ、いたしました……ゼェゼェ」

「大儀であった、ユーゴ・ロー。ほれチャチャ、さっさとここに座らんか」


 ズレたメガネを直しながら、青年は一礼して部屋の隅に控える。

 ようやく観念したのか、チャチャ姫は不機嫌そうに大股で進み椅子に腰を掛ける。いわゆる姫らしい優雅さとは無縁の振る舞いだ。


「実はお前の縁談の件なのだがな。内偵によると、どうもマイクロフト王子が失踪したらしいのだ」


 ルロチャ国王は深刻な口調で切り出した。が、チャチャ姫は興味が無いのか他人事のように、ふうんと答えるだけ。


「まったく……! お前の結婚のことなのだぞ、少しはことの重大さを認識せんか!」


 チャチャ姫は芝居っ気たっぷりにホホホ……と笑った。


「何を申されまする親父殿。わらわの結婚と仰るが、親父殿とヤザト国王殿が勝手に決めてしもうたことにござりませぬか。マイクロフト王子? ホホホ、逃げるだけのそのような御仁、このチャチャには釣り合いませぬ」


 ツン、と顔をそむける。


(そりゃ、姫様に釣り合う男なんざどこを探したって見つかりませんよ。気の毒なマイクロフト様)


 失踪が逃亡と結びつくあたり、チャチャも己のことをわかっているらしい。家臣のユーゴ・ローは隣国の見知らぬ皇太子に同情を寄せる。


「チャチャ、何度言わせる気だ。お前はマイクロフト王子と結婚するのだ。命令だ」

「いなくなった男とどうやって結婚しろと? お話はそれだけでござりますか。部屋へ戻る。ついてまいれユーゴ・ロー」

「姫様っ」


 ユーゴ・ローが軽く咎めるも、今は娘とこれ以上話しても無駄なのは国王自身よくわかっていた。チャチャの頑迷さは一筋縄ではいかない。国王は退出を許した。


 おそらく、チャチャがその気になればマイクロフト王子を見つけることは可能なのだ。あれは魔法とは異質の、なにか不思議な力を持っている。だが本人にその気もその自覚も無いのが問題だ。

 二人のいなくなった部屋で、国王はひとりつぶやいた。


「チャチャ、お前はなんとしても結婚せねばならぬのだ。もう残された時間はわずかだというのに」


 どこか、憂いを含んだ表情だった。


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